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悟空の気持ち

このタイトルだけでピンとくる人は何人いるのでしょうか。知らない人のために、簡単に説明しますと、「悟空の気持ち」というのは予約待ちが51万人もいると言われているヘッドスパの専門店。「絶頂睡眠」を味わうことができるという触れ込みで一躍ブームになっているお店です。

に、行ってきたんですよ先日。

なんの気なしにHPを開いたら、あらまぁ出てるじゃないですかキャンセルが。19:20〜のピンポイントでひと枠が。

コースは三つくらいあるんです。
一番スタンダードな60分のコースでも7000円する。
「金に糸目はつけないよ、あたいに絶頂睡眠とやらを持ってきな!!」と、ドーラおばさんもさながらの(伝われ!)語気をまとって、予約ボタンをシバきました。こういうのはスピード命です。

余談ですが、流れ星に願いを三回唱えたら叶う的なアレあるじゃないですか。アレってほんまは、流れ星が見える、その一瞬に反射的に即答できるくらい普段からその夢について常々考えているのだとしたら、そら叶いますよ。ということらしいですよ。要は、三回言えた願いが叶うんじゃなくて、突発的に即答できるほどその願いを最優先に、強く、常に考えてるくらいじゃないと願いは叶いまへんで、というわけらしいです。

そういう意味で言うと、私の悟空の気持ちに行きたい想いは凄まじく、7000円とコストパフォーマンスを天秤にかけるスキもなく、空きの枠を見つけるなり、光の速度でiPadの画面を叩きました。私が「予約ボタンを押そう」と脳が意識した瞬間にはもう予約ボタンは押されており、すでに予約が完了していた。そんなスピード感です。

それからというもの、その週の私ときたら、それはもう強かったですね。何が降りかかってきてもその週末には絶頂睡眠が待ってたわけですから。無敵とはあのことでした。いかなるストレスを仕事で感じても「どうせ週末には絶頂睡眠がすべてを精算してくれるのだから」という、大船に乗った気持ちでした。

そんなこんなで当日。

期待に胸をふくらませ、心斎橋の店舗へ。まず普通のマッサージ屋さんにも行ったことのない青年が、そんな流行りのヘッドスパなぞ緊張しないわけもなく。

期待と緊張の混在する心臓を、ミナミの街の喧騒で溶かし、冷たい風と無愛想なコンクリートの道をなぞりながら気持ちを落ち着かせる。たどり着いたそこは「え、マジで?」と思うような雑居ビルでした。悟空の気持ちは4階。予想外の外観に戸惑いながら、エレベーターに運ばれる俺。1週間待ちに待ったリラクゼーションが近づく。初めての緊張感がバレないように、常連ですよという顔を作った。出せるだけのこなれ感を演出した。そしてエレベーターが開く。するとすぐに受付が。

「……シャ-マセ」

それはもう、ほぼ言ってないくらいの小声で出た
“いらっしゃいませ”だった。それもそのはず、ここは睡眠を商売にしているのだから、と再認識し、逆にその作り込まれた世界観に、普通に感動を覚えた。

スタッフは皆女性で、タイに旅行に行ったバカな大学生が揃って買うような薄いふわっとしたズボンをはき、上は白いTシャツのみといった清潔感と世界観をうまくミックスした装い。全員が絶妙に吹奏楽部の一番モテる女みたいな顔立ちであった。普通に緊張する。

「nカノサマ、本日は…ンダードコースでお間…か?」

世界観を大事にしすぎてものすごく柔らかい話し方をするスタッフさんが話しかけてきた。囁きすぎてちょっと何を言ってるかわからなかったが、文末の尻上がりのアクセントから察するに疑問文だったので「あ、はい」と言っておいた。お姉さんは続ける

店員「お着替えはどうなさいますか?」

これはちゃんと聞き取れたのだが、今度は内容がよくわからない。え、着替え?

俺「ん、へ?」

店員「服はいかがなさいますか?」

逆の立場になって考えてみ、お姉さんがもし「服どないしますか?」と聞いてこられてきてたとしたら、絶対に答えられてたと思うか?(真顔) 
とでも言ってやりたい気持ちをぐっと堪えて、子犬のような顔をしてみた

店員「すみませんお客様、本日初めてでしたでしょうか?」
俺「そうなんです」
店員「失礼いたしましたー汗汗。システムご説明させていただきます。汗汗」

エレベーターの中で作り込んだ「常連ですよ」の顔が仕上がりすぎていたのだと思う。

どうやら“期待と緊張の混在する心臓をミナミの街の喧騒で溶かし” すぎたらしい。

自分で書いておいてなんだが、読み返すとこの部分「ほんまに俺か?」と思うくらい文章が気持ち悪い。この「溶かす」が最高に気持ち悪さを助長するアクセントになっていて最高に最高だと思う。
"冷たい風と無愛想なコンクリートの道をなぞり"も大概だと思うが、直前の「溶かし」が強すぎてなんでもないみたいな顔で読めてしまう。消したいけどちょっとあえて置いとくわこの部分。

簡単にシステムと概要を説明して頂いた。冒頭の「服どないします」の件は、着替えれるし着替えなくてもいいよ、とのことだった。たぶん、厚手のパーカーとか着ていくと着替えさせられるハメになるのだと思う。そのお姉さんが本日担当してくださるとのことで、丁寧なお辞儀の後、施術室へ導かれる。「施術室は、5階になっております」とのことで、お姉さんと一緒にエレベーターに乗る。

俺「寒いですねえ今日」

何が「寒いですねえ今日」だ。サラリーマンのあかんところが全面に出てしまった。こんな取引先みたいな会話を仕掛けてくるような客は適当にあしらってナンボだと思うが、お姉さんもプロだ。親切に「いやはや本当にねぇ」みたいな無難な返しをしてくれたが、これまた世界観を尊重しすぎてその「いやはや」は僕の鼓膜までは届かなかった。

俺「やっぱ女性のお客さんが多いんスか」

もうその口を閉じてくれ。変にこなれ感とか出そうとすなお前(俺)。

チン。と5階に到着し、エレベーターが開くと、そこはもう宇宙くらいの光量。全然理由はわからないけど、宇宙船みたいな内観をしていた

悟空の気持ちのHPから拝借した画像だが、まさにこんな感じ。壁面にはところどころ変なもにょもにょしたグラフィックアートが写し出されていた。ちょっとわけがわからなくて「ちょっとわけわからんなこれ」と言ってしまった。

個室に案内されるとこれまた微かにアロマ的な香りが立ちこめていて、心地よい音楽も流れている。もうすでにだいぶ心地よい。王みたいな一人がけのソファに腰掛けるよう言われ、座ると、足元に膝をつき、改めて深々とお辞儀をしてくれる。気分はマジで王だった。

次に、柔らかすぎるくらい柔らかいブランケットを首あたりまでかけてくれる。何かの手違いで上からデミグラスソースでも掛けられたのかと思うくらい、それくらい柔らかいほぼ液体みたいなブランケットだった。あれは一体どこに売ってるのだろうか。

ヘッドスパがメインではあるものの、導入は脚と腕をマッサージしてくれる。はい、既に気持ちいい。続いてデコルテ部分をほぐしてくれるのだが、これが完全に盲点だった。よく考えたら、頭という体重の10%を占める重量を1日に十何時間と支えている上に、神経とかリンパ腺的なものが集約しているのだから、そりゃここをほぐして気持ちよくないわけがない。男性諸君も肩とか腰並みに鎖骨周りにも気を使っていただきたいと思う。

そして肝心のヘッドマッサージ。
これはもう詳述を控えようと思う。
とても私の陳腐なボキャブラリーで説明できるものではなかったし、下手に説明しようとすればそのイメージに傷つけてしまいかねないとさえ思うからだ。それくらいよかった。

ただ一つ言わせてもらうと、「痛くないですか」とか「強さは如何でしょうか」的なコミュニケーションはすべて耳もとでささやかれる。こぎれいなお姉さんが、である。サービスのジャンル上、仕方ないのだとは思うが、これはちょっとさすがになんかアレだと思う。みなまで言わないけどちょっとあれだと思うよ俺は。そういえばエレベーター乗るときに「5階にお手洗いございませんので、施術の前にこちらでお済ませください」と言ってくれたけどあれもよう考えたらソレっぽいよな、と思いました。メンズ諸君、ぜひ行ってみてほしいと思う。

というわけで、

「 悟空の気持ち 心斎橋店」とかけまして、
「その独特なサービス」とときます、
その心はどちらも

「ごかい(5階・誤解)招くでしょう」

お後がよろしいようで。

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