具志堅さんの蒔いた種

先週の金曜日、「何やノドの調子がようないな」と思った私は、その日の業務予定をひっくり返し、アホみたいにエクセルとパワーポイントでデータを整理しまくる内勤の日に切り替えていた。

というか、上司も有給で、珍しく目の前に座るパイセンも朝になって急に休みを取ったので、4人で回しているうちの部署では誰かが内勤に切り替えざるを得なかったという事情もあった。

最近の私はというと、こたつを布団がわりにしてリビングで寝落ちして朝を迎えるという、最悪で最高な夜の越し方をしていた。そら、暖房を切るのも忘れているわけで、起きれば空気は乾燥しまくっていて、毎朝起き抜けはイノシシみたいな声しか出ない。そんな日をまじで4日ほど繰り返した挙句の、喉の調子の悪さだった。

「イノシシは、声っていうか、あれは、鼻やろ。鼻をフガっと、言わせてんねやろ」

句読点の打ち方が独特な三つ上の先輩に、昼休みにその話をすると、そんな風に言われた。「鼻をフガっと」と「言わせてんねやろ」のあいだの間の取り方が一番嫌いだった。

喉の不調を引きずる私は、金曜日ということもあって、さっさと帰る気満々で、すごいスピードで事務作業を処理していた。凡人には目に留まらぬ速さだったので、速すぎてもはやスローに見えていたのだろう、「え、起きてる?」と二回ほど事務のおばちゃんに声をかけられたりもした。

そんなこんなで17時。あと30分で定時だ。
もうこの時にはあらかた、今日のTODOも終えており、私は帰る気満々で最後の詰めにかかっていた。
いわゆる、帰る気満々マンというやつだ。

しかしそんな折、総務部長から呼び出しを食らった。

「おい、そこのやる満々マン、ちょっと来て」

なるほど、私の器用でスピーディーな手捌きを、こいつはやる気満々と受け取ったようだ。しかし残念、私はただの帰る気満々マンでしかない。ざまあみろ、と思いながら会議室へ向かった。

「体調は大丈夫ですか?」

「ええ、まあ」

「よかったです。実は、具志堅さん(仮名・パイセン)が検査を受けたらコロナで陽性だったと連絡がありまして」

「え、まじすか」

「症状は軽いようです。保健所の定義によれば、通常業務をしているレベルであれば濃厚接触には該当しません。しかし、会社判断で来週より自宅待機としてもらえますか」

ということがあり、この月曜日から在宅勤務をしている。

***

金曜日、会社から帰るその足でPCR検査を受けた私は、
土曜日の夜に「陽性です」と言われるなどして、元気をなくしていた。

症状はほんのりと微熱があり、多少咳が出る程度。
ハタから見たら、ただのやる気減退マンだ。

PCRの検出率は60%〜70%とも言われる。
ただ、国のスタンスとしてはこれだけではまだ"疑陽性"
で、医師の診断を受けなさい、それでやっとお前は陽性ということにしてやる、というわけだ。

私も仕事で品質保証的なことをやっているのでわかるが、要するにサンプリングする唾液の抜き取り方とか、検査の仕方一つ、人的な要因も相まってなんぼでも検査結果はブレる。正確な値を掴もうとすれば、検体数は多ければ多いほどいいわけで、逆に一発検査しただけの結果なついてはほんまかいな?と疑ってかかるのはむしろ正常なスタンスだと思う。

しかしである。

「あ、すいません、市でやってる無料のPCR検査で陽性出たんですけどね、これ病院で診察受けろって言われてるんですけど、いけます?」

「あーえーっと、陽性出てんすよね? で、病院で検査もっかいするってことですよね?」

(知らんて)

「ですかね?医師から確定の診断受けなさいよーみたいな感じで書かれてます。」

「なるほど。症状はどのような感じですか?」

「鼻水と咳が多少あるくらいで、あとはびっくりするくらい微熱です。」

「なるほど。いわゆる軽症の部類になるかと思います。当院では今〜」

要は、予約がいっぱいです。ということで断られる。
これが病院何軒電話かけても続くのだ。「逆にいつやったらいけます?」と聞こうもんなら、「いやー予約がいっぱいでしばらく予約は・・・」という具合で、なかなか病院にありつけない。

これを聞いて皆さんがどう思うかだが、
私はこれもむしろ正常だと思っている。

普通に考えてPCRで陽性でんねん、と言われてしまえば、病院で外来を受け入れるのは憚られるだろうし、そもそもにしてPCRで陽性が出て、そのタイミングで多少なりとも体調に異変があるならもうそら陽性でっしゃろ、と私でも思う。

まとめると、陽性と分かってる人に陽性を言い渡す、のが医師のミッションになるわけだが「そんなん意味ありまんの?」とは誰も言えないので、「予約いっぱいで」とやんわり断るハメになる。つまり、行間を読むと
「自分で判断してくれ」ということだ。

ちなみに、ゴリ押しで病院に行けたとしても、待ってるのはPCR検査をトゥワイスするだけである。ほんで、検査結果を待って、挙句、「陽性です」と言われる。なんじゃそりゃという気持ちでいっぱいになるだろう。こんなに医療従事者の手も検査キットも足りてない情勢なのである。そらそうだ。

***

「ーで、君は病院行ったのかね?」と上司が社長に聞かれたのだという。まわりくどいが、病院いけよ、という意味だ。一方で、私のボスも私と同じ立場で、病院行くだけ無駄というか、もったいなくないか?と思っている。

しかし、大ボスが言うのだから、行かざるをえない。

そこで、ホームページを漁っていて、こんなのを見つけた。
「検査キットには限りがあります。症状があり、家庭で、一番最初の感染者と疑われる人にのみ、検査の対象とします」

「(厚生労働省大臣の発表を引用し)医師は臨床症状、また、感染者との接触の有無などの状況証拠など総合的に考慮し、コロナの診断が可能」

冷たく、かつ、胡散臭く聞こえなくもないが、実際言ってることは間違っていない。すごく自分を持っているタイプの医師やなぁ、と思い興味半分でそこへ行ってみた。電話もすんなり受けてくれ、問診はそのまま予約の電話で実施。(聴くと、病院の滞在時間を短くするため)この時点でかなり合理的だ。

エレベーターで登ると、エレベーターホールに全身防護服を着た医師が1人。最低限の問診だけして、コロナ陽性の診断を受けて終了。曰く、陽性者と接触して、PCR受けて陽性で、熱と咳が出てたら、ねぇ?とのこと。
私も「ですよねぇ?笑」とちょっと笑い。

事務の方も出勤を止めて一人で回しているそうだ。
会計も"預かり金"としてお金を渡し、悪いけど後日またお釣り取りに来てくれる?とのことだ。要は源泉徴収みたいなシステムである。これも合理的だと思う。

薬を処方するときも「コロナの薬はありませんから、医師が出せるのは結局症状に対しての薬のみです。なんの薬がほしいですか?」と言われ、気になる症状に対してカスタムメイドしてもらった。とても合理的だ。

そして最後、

「病院で診断した方は保健所に報告しなければなりません。ただし、軽症で、なおかつ年齢的に重症化リスクの低い若い方は、保健所からの連絡が相当後回しになります。もしかしたら来ないという可能性も否定できません。ですので、自分で身を守る行動を取ってください。食事を支給するサービスもありますし、症状悪化した時のダイヤルも県のHPに乗っていますので、大変だと思いますが、保健所もパンク状態なのでご理解ください。よろしくお願いします。」

と、退院間際に言われた。

この医師のスタンスをどのように捉えるか、たぶん賛否両論あると思うが、私は大いに賛成している。

最近読んだビジネス書に、「日本人は兵士にしたら世界でトップクラスだが、軍を指揮させると三流」みたいなことが書いてあった。誰かの判断に従って行動するのは得意だが、判断の権限を持たされると途端にパニックになる、ということらしい。特にその判断の責任がそのまま自分に返ってくるような場合は顕著だ。なるほど。

パニックになってる暇があったら、情報収集して判断の質を挙げる努力をしなさい、ってことかぁ。と、鼻をフガフガ言わせながら帰り道に医師の言葉を噛み締めたのだった。

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