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働く教師の疎外と、本来性のワナ

「教師って大変な仕事なんですよね?」

 最近、保護者や生徒にまで「教師って大変な仕事なんですよね?」とよく言われるようになった。以前は社交辞令的なノリで言われていたものが、最近のそれは感情がこもっている。本当に哀れむような、可哀想だという気持ちを込められた言葉を受け取ると、その場に居ても立ってもいられなくなる。
 教師の仕事は大変かもしれない。忙しい。でも、だれかに可哀想と思われるくらい忙しいのかと言われると、そうでもない。というか、そうでもないぞと思いたい。正直、可哀想とか思われたくない、頼むからほっといてくれ笑、と思う。
 たしかに授業や事務作業で息つく暇はない日もある。部活はあるし、何かあれば夜遅くまで働くこともある。けれど、職員室では笑い話は絶えないし、正直、空き時間退屈でぼーっとするときもある。授業でも、疲れてしまったときはちょっと適当にやってしまうこともしばしば。生徒が帰ったあとの職員室は息抜きの時間で、アイスを食べながらついつい長居してしまう。
 しかし学校の外を出ると、目に付く学校の情報は「ブラックな実態」「働き方改革が急務」「誰も教師になりたくない」みたいなものばかり。本当につらい、しんどい職場があるのは事実だろうけど、学校はそんな職場ばかりだと断じるような情報の多さに、ちょっと違和感を感じる。
 そしてそれらの情報が、「こんなにも不幸な現場で働く教師」というイメージを生み、保護者や生徒までもが哀れみのまなざしを自分に向けてくる。同時にそのまなざしによって、「私はあなたのように可哀想な境遇ではない」と、突き放されているような感情も湧いてくる。

つきまとう「教師の本来あるべき姿」

 あともう一つ大きな違和感を感じることがある。それは、「教師の仕事は大変で可哀想」という哀れみの言説と必ずセットになっている、「本来教師の仕事というのは子どもと向き合うことが仕事であって〜」とか「教師らしい本来の仕事ができるように〜」というような、教師の本来あるべき姿を取り戻すことが重要だ、という言説だ。
 そこで提示される教師の本来あるべき姿は、たいていが絵に描いたような、品行方正、真っ当な教師像だ。さらにその真っ当さが、決して否定できない、否定するとかえって批判されそうな空気を生むことになる。
 教師の働き方改革でも、教師の仕事の煩雑さを訴えて改善しなければならない、という言説とセットになって、本来の教師としての理想の働き方が規定される。改善しなければならない、というのは当事者としては有難いのだが、そこにセットで本来の、あるべき姿が提示されることに大きな違和感を感じている。

「疎外と本来性」

 この違和感の正体について、國分功一郎(著)「暇と退屈の倫理学」にヒントがありそうだ。

 疎外された状態は人に「何か違う」「人間はこのような状態にあるべきではない」という気持ちを起こさせる。ここまではよい。ところがここから人は、「なぜかといえば、人間はそもそもこうではなかったからだ」とか「人間は本来はこれこれであったはずだ」などと考え始める。
 つまり、「疎外」という語は、「そもそもの姿」「戻っていくべき姿」、要するに「本来の姿」というものをイメージさせる。これらを、本来性とか<本来的なもの>と呼ぶことにしよう。「疎外」という言葉は人に、本来性や<本来的なもの>を思い起こさせる可能性がある。

國分功一郎(著)「暇と退屈の倫理学」p.192
 
 

 ここで注意しなければならないのは、「疎外」された状態に気づくこと自体が問題ではないということだ。教師の働き方に問題があることは(「教師」や「学校」という一括りにするのはどうかとは思うが)、精神疾患などで離職する教師がいることからも明らかだ。だから私自身も「疎外」に対して敏感であるべきだ。最初に書いたように、保護者や生徒から向けられたまなざしを深読みして、「自分の職場は大丈夫だから関係ない」という態度を取っていても何も変わらない。いつ自分がそういう立場に立つか分からない。
 その上で、その「疎外」された状態の処方箋を、本書でいう「本来性」とセットで求めるような動きは、至る所で起きているということに自覚的であるべきだ。「教師の本来の仕事とは〜」「本来の教師の姿とは〜」という言説が、かえって教師の仕事やあり方を規定することになりかねない。
 実際、「どこまでが教師の仕事で、どこまでが仕事ではないか」というある裁判での判例が以前話題になった。正直私は、それは自分で決めれば良いことで、誰かに決めてもらうことじゃないなあと思っている。

 そもそも、教師の仕事は、何が仕事で仕事じゃないかなんて決まっていない。人を相手にする仕事はみんなそうなんじゃないか。教師の働き方改革は、仕事の内容や余暇の取り方や過ごし方までも、誰かに決めてもらおうとしている気がする。


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