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まいにちショートショート1『倉庫のひみつ』

【倉庫のひみつ】


以前、倉庫作業のバイトをしたことがある。

そこは「〇〇ドラッグストアの物流拠点」であり、お菓子や日用品といった品物をドラッグストアの各支店に何個何個と仕分けする仕事、だと求人誌に書いてあった。

それまで無職で退屈な日々だったが、ただひたすら作業するだけなら「それなら気軽でええわい」と申し込んだのだった。

面接前日、緊張からか頭痛がおさまらなかった。

俺はその〇〇ドラッグストアで頭痛薬を買って飲んだら、当日の朝、頭痛はきれいに引いた。

面接は〇〇ドラッグストアの支店の一室で行われた。

倉庫長と名乗る中年の男が面接官で、

「秘密は守れますか?」

と念を押された。

「守れます」

と都度俺も答え、採用。

初出勤の日、いよいよ初めて倉庫の中に足を踏み入れたら驚いた。

倉庫の中にずらーっとプリンタが並べられていたのだ。

その数、100台以上はあろうか。

「ここはプリンタ専用倉庫ですか?」

俺は案内してくれた倉庫長に聞いた。

「違う、これ全部、3Dプリンタ」

「これで品物をコピーして……」

「そう、ドラッグストアに発送するの」

「バレませんか?」

「君はうちのドラッグストアで頭痛薬を買ったことはある?」

「あります、昨日」

「複製品だとわかった?」

「いいえ。今朝、きれいに頭痛が治りました」

「そういうこと。言うじゃない。スパシーバ効果って」

それを言うならプラシーボ効果だろ。スパシーバはロシア語で「ありがとう」だ。


実際の品物を仕入れて仕分けるよりも、3Dプリンタで複製する方が効率がいいことはわかった。

私の仕事は3Dプリンタから複製された品物を効率よく受け取り、効率よく箱に詰め、効率よく出荷する仕事だ。

1ヶ月もするとようやく慣れてきたが、倉庫のある一角が気になり出した。

開かずの扉があるのだ。

誰かが入っていく様子も、出る様子もない。

倉庫長に聞いてみたが、

「あの扉は?」

「ああ、じきにわかる」

と教えてくれない。

そんなある日、倉庫の入り口が騒がしい。

聞くと、クレーマーが来ているらしい。

彼曰く「ここの薬は効かない」と。

「ここに来られても困るんだけどな」

倉庫長は頭をかきながら、あの開かずの扉に向かって、

「お願いします」

と声をかけた。

扉が開いた。

黒服の男が9人駆け出して、クレーマーを取り囲むとみっちりと肉団子のように密集してしまった。

しばらくはクレーマーの声が聞こえていたが、やがて小さくなって途絶えてしまった。

黒服の男たちがようやく肉団子を解くと、クレーマーがぐったりと動かない。

「死んだんですか?」

「わかんない」

黒服の男たちはクレーマーを抱えて扉の中に帰ってしまった。

「あの人たちは、クレーマー対策係なんですね」

「そう。倉庫の秘密を守るためにね」

「あのクレーマーはどうなるんですか?」

「複製の材料になる」

「まさか!」

「嘘だよ。人肉使ったら、味でバレるだろ」

「……人、食ったことあるんですか?」

倉庫長は何も言わずニヤリと笑った。


そんな黒服集団でも絶対に勝てるわけではないようだ。

作業員の1人が「バラしてやる」と暴れ出した。

黒服集団が出てきた。

作業員の撹乱も業務範囲内らしい。

撹乱の作業員は刃物を振り回しているので迂闊に近寄れない……

……こともなかった。

黒服の1人が平然と刃物に吸い込まれるように刺さりに行くと、他の8人が取り囲んで肉団子になって、しばらくして肉団子が解かれると、作業員と1人の黒服が動かない姿で発見された。

黒服は、2つのぐったりを抱えてまた扉の中に戻っていった。

その扉に入ろうとする瞬間、隙間から俺は見てしまった。

人間大の3Dプリンタを。

「知ってしまったようだな」

倉庫長が俺の背後で言った。

「消される!」

「消しはしない。君には今まで通りに働いてもらう」

「あっちでも3Dプリンタで何か複製していたとは」

「そうか、君は考えが結びつかない男なんだな」

「何を複製しているんですか?」

「勘づいていないなら、いい」

「黒服を複製しているんですか?」

「勘づいているじゃないか」

「人間を複製してしまうとは」

「人類は、いや、うちのドラッグストアでは、もうここまで技術が進んでいるのだ」

「しかし、普通の倉庫作業員も複製すればいいじゃないですか」

「複製したあいつらとは秘密を共有できない。秘密を共有したいので、作業員は外部から来てもらっている」

倉庫長の口元がニヤけた。

私も、命拾いした安堵感と秘密を共有した仲間意識とで口元がニヤけた。


ただ、私は口が硬い割に欲張りなので、こうして筆記することによってこれを読んでいる貴兄諸君とも秘密を共有することにする。

黒服にいつ消されるかわからないと言うスリルも相まって、以前のような退屈な日々が嘘のようだ。


【糸冬】

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