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ショートショートその12『東京おれんじ』

僕は出張で東京にいる。
お土産は帰りの羽田空港でまとめて買おう。
東京のお土産と言えば、やはり東京おれんじ。
オレンジの形をして、中にクリームが入っている、アレだ。
東京おれんじは割高だ。
職場の人全員に買っていくにはかなり金が飛ぶ。
東京おれんじの向かいに陳列されている、どこにでもあるようなサブレの方がリーズナブルでいいように思う。
でも職場のみなさんにお世話になっているから、東京おれんじのバージョン違い計4個を買う。

あとはあの娘に。
僕が想いを寄せるあの娘に。
僕の職場の近所で働くあの娘に。
本当は銀座のブランド店でアクセサリーでも買いたいのだが、まだそこまでの仲ではないので、あの娘にも東京おれんじを買おう。
きっと喜ぶだろう。
以下、僕とあの娘とのLINE(一部抜粋)。

僕「これから東京から帰るところ」
あの娘「お土産買ってきてね」
僕「もう買った」
あの娘「え、なんだろう?」
僕「それは帰ってからのお楽しみ」

東京おれんじは職場の人には大好評で、4種類の中から好きなのを選ぶシステムが受けたみたいだ。
よかった!
サブレにしなくて良かった!
あとはあの娘に。
僕が想いを寄せるあの娘に。


……
………
…………
……………

あのアマ、何様のつもりだ!
俺がわざわざ買ってきてやった東京おれんじを「いらない」とぬかしてけつかる!
以下、思い出すだけで腹立たしいが、LINEのやり取り。

俺様「東京おれんじ買ってきた。食べる?」
あのアマ「いらない」

俺様の好意をなんだと思ってやがる!
執心していたこっちが恥ずかしい!
恥ずかしや ああ恥ずかしや 恥ずかしや
男をATMとしか思っていない商売女ですらもちっとマシな断り方をするだろう。
それをたった平仮名4文字で!
しかもその4文字のうち50パーセントを「い」しか使わずに断りやがった!
省エネここに極まれり!
S D G sもここまでくれば立派なものだ。
アクセサリーの方が良かったのだろうか?
いやいや今さらそんなことを言ってもしょうがない。
東京おれんじは自分で食べよう。
その夜食べた東京おれんじは、少しばかり塩気がした。
僕はなんと、泣いていたのだ。

ただ東京おれんじを食べるだけではなぁ。
僕はインスタントコーヒーを淹れた。
東京おれんじに合わない。
近くの自販機に売っている全ての種類の缶コーヒーを買ってきて飲んでみた。
東京おれんじに合わない。
コーヒー豆専門店からいくつか買ってきて、淹れてみた。
東京おれんじに合わない。
僕はいろいろコーヒー豆のブレンドを試みた……

「……というのが、マスターが東京おれんじに合うコーヒー専門店を開くきっかけですか」
「いやぁ、お恥ずかしい……」
「こんな南九州で東京おれんじを食べられて、しかもそれに合うコーヒーを飲める店というのは珍しいですね」
「いやいや、これでもなんとか3年潰れずにやってます……」
「でも、今となってはその東京おれんじを断った女性に逆に感謝じゃないですか?」
「感謝するわけねぇじゃねぇか、ボケナス! いつか時効が来るなんて、死んでも思うんじゃねぇぞ、このタコスケ!」
「ギャース!」

【糸冬】

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