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短編小説『金太郎侍』

江戸の廻船問屋・越後屋の一室。
今宵も越後屋の主人と旗本・松田某とが悪の謀議を計っていた。
「越後屋、お主も悪よのう」
「松田様にはかないますまい」
江戸の夜のしじまに、悪の高笑いが鳴り響く。
その悪の高笑いを打ち消すように、
「待てい!」
「何やつ!」
越後屋と松田某の目線の先には、赤地に○に金の字の腹掛けの男が。
「お主らの悪事、足柄山にも風の便りに聞こえてくるわ! マサカリ担いだ金太郎侍、お主らを成敗してくれる!」
「ええい!であえい、であえい!」
越後屋が雇い入れた用心棒や、松田某の家来どもが駆けつけ、抜刀する。
「今宵もこのマサカリが悪の血に飢えておるわ」
金太郎侍が、マサカリをぶん回しての大立ち回り。
剣のようにスマートではないから、障子から柱から、マサカリでぶっ壊すぶっ壊す。
悪の死体に血の華が咲き、木片が花粉のように舞い散った。
「ふわははは、金太郎侍も、この短筒にはかなうまい!」
越後屋、最後の悪あがきとばかりに、短筒の鈍い黒光りを金太郎侍に向ける。
金太郎侍、絶体絶命!
「旦那、危ない!」
越後屋の背後の壁をぶち破って現れたのが、家来の熊五郎。
金太郎侍にも負けぬ筋骨隆々の拳で越後屋の手首を掴み、力任せにへし折ると、逆の手で越後屋の頭を掴み、俺の握力とどまるなかれと言わんばかりに、頭蓋骨ごと握りつぶした。
この様を見た松田某、小便漏らして戦意喪失。
持ってる刀をパタリと落としその場にへたり込む。
その松田某の頭上にマサカリ振り上げ金太郎侍、
「成敗つかまつる!」
振り下ろしたマサカリは、松田某の体を真っ二つ。
左右に分かれた体からお代官の臓腑が生臭い臭いとともに零れ落つ。
「これにて一件落着」
金太郎侍と熊五郎、ボロボロの屋敷に散乱する惨殺だらけの死屍累々の中で愉悦の勝ち名乗りを上げる。



金太郎侍の話題は、その翌朝には巷間に鳴り響いていた。
「ちょいと、聞いた聞いた? また金太郎侍が悪を懲らしめたってさ」
貧乏長屋では、また金太郎侍の話題で持ちきり。
金太郎侍の世を忍ぶ仮の姿こと、素浪人・北条金次郎は素知らぬ素ぶりでた包丁と大根を手に表へ出てきて、
「おみっちゃん、また金太郎侍かい?」
「そうなの、もう痛快!」
「おいらだって負けないほど、いい男だぜ?」
「金次郎様、マサカリ持てるの? せいぜい包丁が関の山でしょ」
「おっとこいつは、おみっちゃんに一本取られたな」
和やかな長屋の朝の風景に、ある町人風の男、歳の頃は四十を少し超えたばかりか、
「もし、おたずねしますが、こちらに金太郎という方はお住まいじゃないでしょうか?」
「金太郎? 金次郎じゃなくて?」
おみっちゃんが答える。
「いえ、金太郎という方ですが」
「おいらが北条金次郎と言うが、他に似た名前の者などおらぬがな」
「そうですか、これはあいすいませんことで」
男は丁寧に頭を下げると、立ち去った。
「金次郎様、またどっかで悪さしたんでしょ」
「なんでおいらが」
「金次郎って名乗れないから、金太郎ってとっさに名乗ったんでしょ」
「そんなこと、しやしないよ」
「じゃ、なに、あの人」
「さあね」
と、とぼけた金次郎の目は笑っていない。



その数日後、江戸の縮緬問屋・相模屋の屋敷には血の匂いがたちこめ、惨殺死体が転がっていた。
その中心で唯一元気なのが、金太郎侍と熊五郎で、今宵も「成敗つかまつる!」と、金太郎侍が悪の親玉の相模屋をマサカリで真っ二つ。
金太郎が勝ち名乗りを上げる。
「これにて一件落ちゃ……」
「おい、そこにいるのは誰だ!」
それを遮って、熊五郎が駆け出す。
まもなく熊五郎が連れてきたのは、数日前に長屋に訪ねてきた、あの町人風の男。
「旦那、こいつが覗いていましてね」
「おぬしは確か」
「こいつをご存知なんで?」
「以前、長屋に訪ねてきた」
「おい、てめえ、こそこそ覗きやがって、一味か?」
「待て」
男の頭蓋骨を握り潰さんとする熊五郎を制し、金太郎侍は男に訪ねる。
「おぬし、何者だ?」
「わしは、お前たちに殺された、武蔵屋で奉公していた者だ」
武蔵屋は、半年前に成敗した、木材問屋だった。
「その者が、なぜここに?」
「お前たちに言いたいことがある」
「何だ?」
「武蔵屋の旦那様は確かに悪事を働いた。それは私も知らなかったことだ。命を奪われても仕方のないことだったかもしれない。でも、私らまで罰を受けることなのか?」
「罰?」
「そうだ。私ら末端の奉公人は悪事には手を染めていない。だが、奉公先を失った。別の奉公先を見つけようとも、あの武蔵屋の奉公人ということで、どこでも奉公させてくれない。主人の悪事に気付かずに奉公していたのが罪だと言うのなら、その罰は甘んじて受けよう。あの時、武蔵屋にいた者は丁稚や飯炊き女に至るまで、連帯責任で皆殺しにすれば良かった。今の後ろ指刺されるよりかははるかにましだ」
「そんなことを言うな。命は大事にしろ」
「そのセリフを、こんな惨い殺し方をするあんたが言うかね。あんたらは良いよ。悪を成敗して悦に入れればそれでいいから。残された者のことを考えたことはあるのか? あんたが悪を成敗したその数十倍の数、何の落ち度もなく生きるのに苦労する者もいる」
「わしにどうしろと」
「金を渡すなり、奉公先を斡旋するなり、面倒を見てもらいたい」
「旦那、こいつ、ただのたかりですぜ」
熊五郎が息巻く。
「殺すなら殺せ。そっちの方が気楽でいいわい。だがな、さっき言ったように、わしみたいなの者はまだたくさんおる。そして、横の繋がりがある。わしが惨い死に方をしたと知れれば、それこそあんたらの命を狙いだすだろう。あんたらは、わしらみたいな弱いもんの復讐をいっこいっこ潰していくのか? あんたらは強いから命を取られることはないとして、それで心は痛まんのか?」
「わかった。考えよう」
金太郎侍は、そう言うしかない。



しかし、「考えよう」と言ったところで、何をどうすればいいのか。
口入屋でも開くか。
長屋で寝転び、ぐるぐるぐるぐる考えがまとまらない。
悪事を働いた者の下で働いていたもののことなど、考えたことがなかった。
悪は成敗すればそれでいいとだけ考えていた。
末端で職を失う者がいるということすら、思いもよらなかったことだ。
「いっそのこと、同業者に相談しましょうよ」
思案に暮れる金太郎侍を見かねてか、熊五郎の提案だ。
「同業者?」
「ちょっと小耳に挟んだんですがね」
熊五郎にが言うには、南町奉行所に勤める同心に、金太郎侍と同じく密かに悪を成敗している者がいると言う。
「しかし、奉行所と言うのは」
悪を成敗するとは言え、金太郎侍がやっていることは惨殺皆殺しだ。
露見して捕まっては元も子もない。
「大丈夫。そいつの子分の亀吉というのを知ってますから」

熊五郎が案内したのはとある船宿。
「ごめんよ」
「すいやせん、生憎、船頭が出払ってまして」
「いや、船を仕立ててくれと言ってるのではないんだ。亀吉という船頭を探している」
「亀吉という船頭は、生憎うちにはおりませんで、隣の船宿ではないでしょうか?」
「そうか、すまなかった」
そこへ2階から
「百両欲しいよー」
「あの声は?」
「あいつには関わらない方がよろしゅうございます。強欲な奴ですから」

隣の船宿には、目的の亀吉がいた。
いかにも亀のように鈍臭そうな男だ。
客のふりして亀吉を雇い、金太郎侍と熊五郎は船の上だ。
「あんた、ナントカ侍の子分なんだろ?」
「ナントカ侍だ? お客さん、誰かと間違っちゃいませんか?」
「誤魔化さなくてもいいじゃないか。こちらも同業者なんだ」
金太郎侍が「金」の腹巻を見せる。
「まさか、金太郎侍様とはね」
亀吉も、鈍臭そうな船頭の表情を捨てる。
「で、あっしに何の用ですか?」
「お前の主人に聞きたいことがある」
「あっしの主人というと、浦島太郎侍ですか?」
「浦島太郎侍と言うのか?」
「手前味噌ですけど、今、巷で金太郎侍よりも有名ですよ」
「どんな奴なんだ、浦島太郎侍は?」
「最初は釣り糸で縊り殺してたんですがね、どっかの三味線屋から『あれは俺のだ』と苦情が来ましてね、今は釣竿を尖らせまして、それを目の玉に刺しまして、力任せに一気に肛門まで貫通させるという」
「ひええ」
「旦那、ひいてますがね、旦那のマサカリ真っ二つも大差ないですよ」
「お前はどうするのだ、亀吉」
「私は喉笛に噛みつきます」
「ひえええ」
「意外と噛み付く力はあるのですよ、亀という生き物は」
「それでだ、私が困っているのは」
金太郎侍は、亀吉に一連のことを話した。
「なるほどね。そのことに今頃お気づきになった、と」
「浦島太郎侍殿は、いかがしている?」
「旦那もご存知かと思いますが、うちの主は、南町奉行所の同心でございますので、その伝手で、職を斡旋しております」
「私はどうすればいい?」
「失礼ですが、旦那は普段は何を?」
「素浪人をやっておる」
「それじゃ、むつかしい。どっかの殿様の仮の姿とか、そういう氏素性はないんですか?」
「ないな」
「それでよく悪を成敗しておられますな。みなさま、そういった斡旋のあてを作った上で、悪を懲らしめておられるのです」
「そうだったのか」
「今からでも遅くはありません。なんか、お考えなさい」
「何がいい?」
「私に聞かれましても。口入屋でも始められてはいかがです?」
「やはりそうなるか」
金太郎侍、微かながら光明を得たとばかりに微笑みを浮かべた。



「手前どもにそういうことを言われましても」
「いいから、口入屋とはどのように開けばいいのかと聞いておるのだ」
口入屋の中の騒動が、表まで聞こえてくる。
そこへ通りかかったひとりの同心、釣竿を抱えた奇妙な姿で口入屋の中へ入る。
「おい、どうした?」
「これは島浦の旦那、いや、この御浪人がね、いきなり口入屋を開かせろとうるさいんでさ」
「そこの御浪人、どういう事情かはわからぬが、このように困っているのだ、それくらいで勘弁していただけぬか」
「拙者、北条金次郎と申す。訳あって素浪人をしているが、これはいかんと、口入屋をやることを思いついた。それで、こうやって聞いているまで」
「それなら、それがしがどうにかしてやりますゆえ、とりあえず店の外へ」
同心と北条金次郎とは表へ出た。
「お主の志、よくわかったゆえ、ここは引き下がられよ。そうだな、三日後に南町奉行所の島浦を訪ねて来られると良い」
「南町奉行所?」
「もっとも、釣りばっかりしておりますから、どこかの川なり海を探した方が早いかもしれぬが」
「島浦の旦那!」
そこへ、下っぴきが勢いよく駆け込んでくる。
「殺しですぜ」
「殺し?」
「それが妙なんでさ、頭蓋骨が潰されてやがる」
「頭蓋骨が?」
島浦は北条金次郎に軽い会釈をしたあと、下っぴきとともに駆け出していった。
北条金次郎こと金太郎侍はいやな予感がした。
島浦のあとを追いかけた。

橋の下で死んでいたのは、金太郎侍に詰め寄った、あの相模屋のもと奉公人だった。
「ということは」
金太郎侍は熊五郎の元へ急いだ。
熊五郎は家で項垂れていた。
「熊五郎、お前」
「へへ、旦那、やっちまった」
「なぜ殺した!」
「あいつが来たんだよ。うるさく付きまとうからよ、追い払おうとしたつもりが、つい」
「あの男が言っておったであろう、あの者が死んだら、あの者と同じ境遇の者がわしらを狙い出すと」
「そんなもの、いっこいっこ、潰していくよ」
「わしらが悪になったのだぞ」
「俺らがどんだけの悪を成敗したと思ってんですか。これくらいやったって、釣りが来らあ」
「逃げろ、熊五郎。とりあえず、上方へ」
「旦那は?」
「わしもじきに追いかける」
渋る熊五郎を無理矢理旅に出し、金太郎侍も一緒に旅に出ればいいものを、貧乏長屋に戻った。

「おみっちゃん」
「あら、金次郎様、どうしたの?」
金太郎侍こと北条金次郎の突然の来訪は珍しいことではなかったが、この時の金次郎はいつもと違っており、その切羽詰まった表情には見ているこちらが息苦しさを感じるほどだ。
「ここに金がある。これで口入屋を開いてくれ」
「何よ、急に」
「頼む。職に困った連中の力になって欲しいんだ」
「待って、金次郎様、訳を聞かせて」
訝しがるおみっちゃんに無理矢理金を渡し、金次郎は長屋を飛び出した。

金次郎はこのまま奉行所に名乗り出るつもりだった。
悪を退治するためとはいえ、たくさん人を殺しすぎた。
許されるわけはない。
そして、その悪者退治のとばっちりを食らい、職を失った男の命までも奪ってしまった。
あの男は言っていた。
自分のように、職を失った者はまだたくさんいる。
自分に手をかけたら、その者たちが黙ってはいない。
おそらく、それは真実だろう。
その復讐の牙に黙ってかかるべきなのだろう。
しかし、ちゃんと裁きを受け、死罪になるべきではないのか。
自己の正当化の文言が頭の中にぐるぐる渦巻いている間に、あの角を曲がれば奉行所というところまできた。
同心がこちらに歩いてくる。
島浦だった。
「島浦殿」
 神妙に語りかけた時、島浦は、
「お前の悪事、竜宮城の乙姫様も嘆いておる」
 持っていた釣竿の先端が鋭く尖る。



おみっちゃんが北条金次郎の死を知ったのはその翌日のことである。
細く鋭いもので目から肛門までひと突きにされていたらしい。
おみっちゃんはそれを聞いた時、にわかには信じられなかった。
長屋の大家が死体を引き取りに行き、本当に蓆をかけられた金次郎が長屋に無言の帰宅を果たした時、おみっちゃんは失神した。
目が覚めた頃には、金次郎は棺桶に入れられて、弔いの準備は整っていた。
「金次郎様は、浦島太郎侍にやられたんだ」
大家がポツリと漏らした。
「浦島太郎侍って、悪を懲らしめる人なんじゃないの? 金次郎様は悪者だったの?」
「それはわからん。ただ、わしらの知らない金次郎様の顔が、あったのかもしれん」
「実は私、金次郎様から金を預かっています。口入屋を開けって」
「口入屋?」
「なぜ口入屋だったのかしら?」
「わからん。ご自分に職を欲しかったのだろうか?」
「私、どうすればいいの? このまま口入屋を開けばいいの?」
「おみっちゃんはどうしたいんだい?」
「だって、私、金次郎様に託されるほど親しかったと言われればそうでもないし、もちろん、死んでしまったのは悲しいし、かと言って、口入屋をやるほど思い入れがあるのかと言えば、そうでもないし」
「その金で、金次郎様のもう一つの顔を探ってみるかい?」
「そうして見るわ」

とは言え、おみっちゃんや貧乏長屋の大家には、それを探るアテはなし。
とりあえず金次郎の部屋を色々漁っては見たものの、金次郎も自分が金太郎侍だと簡単にバレる証拠は残しているべくもない。
金次郎の弔いを出した後、とりあえず、金次郎を殺めた下手人を捕まえるように南町奉行所に願い出たが、そこに勤める同心・島浦は、懇切丁寧に聞くだけで、動き出す気配もない。

南町がダメなら北町だと、北町奉行所に訴えでた。
出てきた北町奉行所の同心・草野は、髷も歪んでいて、羽織もほつれだらけで、無精髭は言うまでもなく伸びていた。
こんな同心がいるのかと、おみっちゃんも大家も面食らったが、さらに面食らったのはその聞く態度である。
第一声に、
「もうよそうよ、めんどくさい」
と言ったまま、ごろんと横になり、のっけからあくびを噛み殺しているのも見え見えで、いかにもめんどくさそうだ。
それどころか、しまいには大きくあくびをした。
これにはおみっちゃん達も呆気に取られたが、それで怒る気は不思議としなかった。
草野は、
「下手人探すのはさ、やめた方がいいと思うよ、めんどくさいし」
と、これまためんどくさそうに言って、おみっちゃんたちを帰してしまう。
おみっちゃんたちも、草野のめんどくさそうな態度にこれまた自分たちも金次郎の下手人探しがめんどくさく感じ始めてきた。



それから数日後、同心・島浦は目を白黒させる出来事に遭遇する。
「もう復讐はやめる?」
相手は金太郎侍に主家を潰され、路頭に迷っていたかつての奉公人たちである。
武蔵屋のもと奉公人が熊五郎に殺されたことで、同心・島浦こと浦島太郎侍に金太郎侍とその子分・熊五郎の殺害を依頼。
金太郎侍は見事討ち果たしたが、熊五郎が行方知れずで、島浦の子分・亀吉がその行方を追っている。
その依頼主たちが雁首揃えて、「もう復讐はいい」というのだ。
「お前たち、それでいいのか?」
「へえ。なんだか、もう、どうでもよくなって」
「何があった?」
「何もありゃしないです」
「何もなくて、どうでもよくなることはあるまい。思い出せ」
「なんか、思い出すのもどうでもよくなってきた」
島浦も意味がわからない。

依頼主たちと別れた後、島浦は夜勤のために奉行所に向かう途中、考えを巡らした。
おそらく、誰かの入れ知恵に違いない。
心当たりはある。
数日前、金太郎侍こと北条金次郎を殺害した下手人を捕らえてくれと訴えてきた、おみつとかいう娘と、長屋の大家。
島浦は自分がその下手人こと浦島太郎侍である手前、その訴えを握り潰すことしかできなかった。
あれから、おみつと大家は、依頼主たちを探し出し、説き伏せたというのか?
そういったことができたのか?
できるとしたら、さらに入れ知恵をした者がいるというのか。

考えがまとまらないまま、あと一つ角を曲がれば奉行所というところまで来た。
向かいから、一人の同心が歩いてくる。
南町の同輩にはいない顔だ。
あれは確か、北町の草野とかいう者。
「もうよそうよ、めんどくさい」
出し抜けに言われた。なんのことか分からなかった。
「復讐なんてするのはさ、やめた方がいいと思うよ、めんどくさいし」」
草野は復讐の一切を知っているのか。
島浦は刀に手をかけた。
斬らねばならぬと思ったが、なんだか草野の顔と口調とで、斬るのも、刀を抜くのさえめんどくさくなってきた。
完全にめんどくさくなる前に、島浦は草野に聞いた。
「お主、ただの同心ではないな、何者だ?」
「わしか。わしはその一切をめんどくさく、どうでもいいことにさせてしまう、ものぐさ太郎侍だ。町娘と大家の訴えを聞き、その復讐の輪をめんどくさくさせに来た」

【糸冬】

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