春の恵み
都会のど真ん中で暮らしているわけでもないのに、山や川がない中途半端な土地で暮らしているせいだろうか。自生している季節の食材には敏感である。
蕗が山のように生えている家の前を通ると、その家より蕗のことが気にかかり、また数日して同じ家の前を通りかかっても蕗を収穫した痕跡がないと、何て勿体ないと口が卑しいのか食い意地が張っているのか、そんなことをつい思ってしまうのである。
そうかと思えば、税金対策のためか家一軒建つような広さの畑でキャベツや白菜やネギなどを育てている家もあるが、そんな畑の中で白菜としてこの世に生を受け、漬物なり水炊きなりその白菜としての役目を果たせぬまま、見るも無惨に朽ち果てて行く姿を目にすると何ともやりきれないのである。
自生している春の植物で、私が毎年楽しみにしているのが「からし菜」である。
前に住んでいた町では、ずっと端の方へ行くとセリも生えていたが今の町に引っ越してからは、からし菜しか食べられなくなってしまった。
この時期になると、私の母は春の恵みであるからし菜を取りに町外れの人が余り通らない秘密の場所へ、自転車を漕いで出かけて行く。
私は「もうそろそろ時期じゃない?」と声をかけるのと食べるのが役目だが、毎年、この鼻をツンと抜けるような舌の痺れるような辛味を含んだからし菜を食べると、何ともホッとするような幸せな気持ちになるのである。
ただ単に、からし菜を食べられたのが良かったということではなく、またこうして親も元気でからし菜を取りに行けるだけの気力体力があり、そしてそれを調理して食べることの出来る頑丈な胃袋があることに喜びを感じるのである。
我が家のからし菜の調理は三つ。
おひたし、油炒め、漬物である。
今年のからし菜は昨年よりも辛かった。
おひたしはそれ程辛くはなかったが、普段食べ慣れているおひたしとは違い、辛味が何とも爽やかである。
炒めものはさっと茹でたからし菜をサラダ油で炒め、醤油とだしの素を適量加え味をつける。
塩漬けはさっと湯通しした後塩で揉み、一夜漬けにする容器に入れて半日漬ける。
私は炒めたのがいちばん好きだったのだが、今年は塩もみの浅漬けがピリッと辛く口の中に広がり、後味も爽やかで、炊き立ての白米と一緒に頂いたら最高だった。
これを焼き海苔で巻いて一緒に食べるのが私のお気に入りである。
旬のものを食べると長生きすると昔の人はよく言ったが、言い換えればもしかしたら旬のものを食べるために長生きしているのかもしれない。
また来年、この辛さを楽しめたらこんなに幸せなことはないと、今年も春の恵みから感じるのだった。
2023年2月9日・書き下ろし。
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