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三浦春馬くんとインスタグラムでの二年間

今日は、時折陽が差して風もなく、穏やかな一日で少し汗ばむことを除けば、至って平和な僕の部屋。

そして、今日も僕はまた文を書く。

生まれてこの方、二年もの間まるで新聞の連載コラムの如く、毎日誰かが読むことを前提に、文章を書き続けたこと自体、初めてのことであり、彼が今も生きていたら、僕は彼に寄せて毎日何かを書くことは、間違いなくなかったと思うし、これからの人生に於いても、多分ないこと、そう言い切れるのではないかと思うのだが。

結果、それによって多くの人の目に留まり、自分の書いたものを読まれる日が来るということは、考えもしないことだったし、今もそれは不思議に思っているが、そんな日々も明日で一区切り、と思うと心なしか寂しさもあるけれども、同時に今は無事に終われるかもしれないという、安堵の思いが正直強い気がしている。

この二年間、僕の書いたものを読み去っていった人もいれば、ずっと留まり読み続けて下さっている方もいる。

離れて行った方は、どうか彼のことは気持ちの整理がつき、僕の文章がもう必要なくなった人でありますように。

そして、今も読んで下さっている方は、これからどこかで離れて行く時が来るかもしれないけれど、それまでは三浦春馬くんの存在を超えた処でも、僕の書いたものが心に届きますように。今はそんな思いでいっぱいだ。

明日は祈りの日。

様々に思うことは沢山あれど、そのうちの嘘でも本当でもない正直な僕の気持ちを、一つだけだが記そうと思っている。

2022年7月17日付・インスタグラムより転載。

【追記】
結局、8月18日にまたアカウントは消されてしまった。アカウントがあるうちに、三回忌を迎えられて本当に良かった。

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