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「自己理念」をコーチングのテーマにしている理由

2022年4月に独立して9月末で1年半が経ちます。東京での12年間の新聞記者生活を終えて、コーチとして独立し仕事をしてきました。

この記事では独立後、この1年半の仕事の変化と、なぜ「自己理念」をコーチングのテーマにしているのかをお伝えしたいと思います。会社員から独立して仕事をすることはどんなことか知りたい方や、コーチングに興味のある方の参考になればと思います。

精神的どん底の34歳の転機

独立前、私は新聞記者として12年間仕事をしていました。東京の霞ヶ関の記者クラブ担当として、官僚や政治家、企業経営者、団体職員など多くの方に取材する機会をいただいてきました。

転機になったのは34歳の時です。私は20代のころ悩みがちな面があり「このままの人生でいいのだろうか」とわけもなく不安に駆られる時がよくありました。34歳の誕生日の少し前ちょっとした事が引き金になり、人生の方向性が突如として見えなくなりました。

精神的にどん底に陥り、週末はベッドの上から一歩も動かずにただひたすらに眠りこけました。仕事はかろうじでこなしていたものの、頭の中では過去への後悔が渦巻き「今の道は間違っていた」と自分で自分を罵倒し続けました。生きているのか死んでいるのかわからないうつ状態でした。

9ヶ月ほどそうした日々が続いた後、一つのことを悟りました。「この人生の延長上に自分の幸せはない」ということです。社会的に立派に見えることが、自分の幸せにはつながらないことがはっきりしたのです。

自分をゼロから知り直さないことにはこの先はないという確信だけがあり、インターネットで偶然見つけた自分を知り直すプログラムを受けました。3ヶ月、自分を洗いざらい見つめ直しました。わらをもすがる思いでした。

自分の価値観が初めてわかり、ビジョンと言えるものも見えました。その時に、偶然知ったのがコーチングです。自分の価値観やビジョンにも合っているように思いました。「悩んでいた自分を生かせる道かもしれない」という直感がありました。

そこから1年間、記者の仕事をやりながらコーチ養成機関でトレーニングを積みました。コーチとしてやれるだけの力を身につけて、2021年春、新聞社を辞めて新しい道に踏み出しました。

企業理念作りからスタート

そこから1年半、コーチとして仕事をしてきました。仕事内容は独立当初からほとんど変わっていません。コーチングを通じて理念を言語化する仕事です。

企業理念作りからスタートしました。記者時代に多くの経営者を取材する中で、理念の大切さを感じていたからです。過去の取材先や講演を通じて出会った経営者の方など、独立1年目は3社の理念づくりに携わってきました。従業員200人超の小売企業の理念づくりでは、経営者の方のコーチングに加えて、従業員の方へのヒアリングも交えて半年以上かけて理念の言葉を一つずつ作りました。

経営者向けに講演の機会もいただきました(福島県会津若松市)

理念とは、経営者の思いを端的かつ印象的な言葉で伝えたものです。この仕事ができるのは、新聞記者経験にほかなりません。

私が新聞社に入り最初に配属されたのは、整理部という紙面編集の部署でした。整理部の最大の仕事は見出しをつけることです。決められた文字数の中で、現場の記者が書いてきた原稿の内容を端的に要約する仕事です。特に大きな見出しは11文字という字数が厳格に決まっています。新聞社の中でも、最も言葉に厳しい部署と言っても良いかもしれません。

この部署で「お前の見出しはわからない」「初めからやり直せ」と紙面を目の前でゴミ箱に突っ込まれたり、鉛筆を投げられたりして、悔しくて時に腹立たしい思いをしながら3年間もがいてきたことが今、最大の財産になっています。明治時代から続く新聞業界で培った経験を、コーチという21世紀の新しい職業で世の中に活かしたいという思いが私の原動力です。

個人からの理念作りの依頼が増える

企業理念を作る仕事をしているうちに、予想していなかった声がかかるようになりました。個人からの理念作りのご依頼です。最初は、ある士業の方からのご相談でした。「自分の軸となる理念を作りたいんだけど、新聞記者の観点から言葉を見てくれない」というお話でした。作り途中の理念の言葉を見せていただきました。

並んだ言葉を見て、私が記者の観点からいくつかお伝えしました。「ここは少し分かりづらいので、こんな表現はどうですか」「こんな言葉を加えると分かりやすくなりますよ」といった助言です。そうしたやりとりを、その方はとても喜んでくださいました。新聞記者として毎日当たり前にやってきたことが、思いもよらず価値があることを知ったのです。

次第に個人事業主や会社員の方からも依頼をいただくようになりました。「自分のミッションやビジョンを見つけて言葉にしたい」といったご相談です。「コーチングで思いを聞き、記者の視点から伝わる言葉にする」といった独立当初に考えていたことが、実現できる道が見えてきました。

コーチングを通じて出てきた言葉から理念を作ります

コーチングを初めて見たときの疑問

「コーチングを言葉にする」というコンセプトは、私がコーチングを初めてみた時の疑問からきています。

コーチングは1セッションあたり1時間ほどです。記者の対面取材とだいたい同じ時間です。

コーチングセッションの動画を初めてみた時、私はいくつもの疑問を感じました。疑問のひとつは「話して終わり」であることです。なぜなら、新聞記者の場合は1時間話を聞けばほとんどの場合は記事にするからです。

「なんで話したことを言葉にしないんだろう」ということが2年半前に始めてコーチングを見た私の疑問でした。

同時にそこに、新聞記者出身の私にとってはチャンスがあるように思えたのです。記者として当たり前にやってきたことをコーチとして活かせば、新しい道をひらけるのではという直感でした。

コーチングを記事にする」というコンセプトは、この先も変わることはないと思います。自己理念作りはまさにその道を歩きながら見えてきたものでした。

クライアントの声を洗い出す

クライアントと一緒に理念を作るコーチとして1年半。これまで経営者、士業、個人事業主、会社員など20人以上の理念作りをご一緒させていただきました。1年半の節目を迎え、改めて自分は仕事で何を求められているのかを整理しようと考えました。

これまでご依頼いただいたクライアントの課題や悩みを洗いざらい書き出しました。100にのぼりました。

クライアントの悩みを100個書き出しました


これを大学院1年目の前期で学んだKJ法という分類法を使って分析しました。すると、次のような悩みがあることがわかってきました。

まずは「自分自身のことがよくわからない」「このままでいることに不安」といった漠然とした悩みから始まります。そこから「仕事や人生の軸を持ちたい」「自分を伝える言葉をもちたい」といったはっきりした課題感になります。そこから「伝えたいことがきちんと伝わるようになりたい」「つながりたい人とつながりたい」といった願望に変わり、最終的には「自分を最大限活かして生きていきたい」という自己実現に向かいます。

コーチとしての私に求められているのは、こうした課題や悩みに応えることだと明確になりました。こうした悩みは、会社員時代の私の悩みとそのまま重なります。「自分の軸を見つけ、明確に言語化し、自分を最大限活かして生きる」ことを私のコーチングの軸に定めました。

コーチングの尽きないふしぎ

コーチという仕事を始めて1年半、私はこのコーチングという仕事をずっとふしぎだと思い続けています。「なぜ、人は対話によって変わるのか」という問いは尽きません。

なぜこれをふしぎに思うかと言えば、対話という「人と人とが話すこと」は誰もが毎日当たり前にやっていることだからです。もちろん「人と人とが話すこと」には色々な種類があります。例えば新聞記者の場合の「取材」も対話の一つかもしれません。しかし取材のやりとりを通じて人生が変わったという人を私は聞いたことがありません。

しかし、コーチングを通じて人生が変わったという人は確かにいます。私自身もそうですし、私のクライアントの方も行動や意識に確実な変化を生み出されています。

繰り返しになりますが「人と話をする」ことは、誰もが毎日当たり前のようにやっていることです。しかし、対話することで人が変わるのであれば、人と人とが話を聴き合うことには、実は大きな可能性があるように思えるのです。

私自身、人と話すことに長く苦手意識を持っていました。しかし、どん底の私を救ってくれたのもまた対話でした。対話によって可能性が開かれたように、私もまた誰かの話を聴くことで力になっていきたいと考えています。

コーチングは「新しい道をひらくこと」

一人ひとりの理念を見つけて言語化する仕事をしていると、常に私自身の理念と向き合わざるを得なくなります。自分のミッション(使命)について、繰り返し考えるようになりました。

自分のミッションを言葉にするために「自分が大事にしたいこと」「自分ができること」「相手になって欲しい姿」の3つの輪でまず考えることをお勧めしています。私もこれに当てはめて考えています。

私が大事にしたいことは一人ひとりの「内なる思い」です。これは自己理念とも言えます。記者出身コーチの私ができることは「聴くこと」「伝わる言葉にすること」です。そして相手になって欲しい姿は「新しい道をひらくこと」です。

なぜ自分が「自己理念」をテーマにコーチングをしているかというと、新しい道をひらいていただきたいという願いがあるからです。

私は34歳の時に人生に完全に行き詰まった時に、初めて自分の価値観や理念と向き合いました。それをきっかけにして、まったく新しい道がひらきました。

仕事や人生に行き詰まりを感じている人が、自分の内側と向き合うことで、自分を生かす新しい道を見つけてほしい。それがコーチという職業を選んだ私の最大の願いです。

新しい景色を見たい

私は20代のころ、深い山を歩くことが好きでした。誰も通ったことのない道を歩いてみたいと思い、地図のないエリアをコンパスを頼りにさまよったこともあります。「初めて見る景色」にいつも心ひかれていました。

なぜ「初めて見る景色」に心ひかれるのか、最近気づいたことがあります。それは私が男3兄弟の次男に生まれたことが根底にあります。私には3歳上の兄がいます。私の道は、いつも兄が通った道でした。誰かの見た景色を、私はいつも後から見ている。私は二番煎じの生き方しかできない。そう心の深くで思い続けてきました。

東京の大学を選んだのも、新聞記者になったのも、兄の影響でした。34歳の時の精神的どん底は「誰かの後を追う生き方をやめろ」というあらん限りの心の叫びでした。

コーチとして独立して生きる日々は、本当に毎日が新しい景色です。まるで稜線連なる山々を縦走をしている感覚です。世界がこれほどまでに豊かで色鮮やかだったとは、知りませんでした。

新しい景色は、自分が変わることで誰に前にも必ずひらかれます。それが34歳で生きているのか死んでいるのかわからない状態に陥り、そのどん底を越えた私が同じ悩みをもつ方々に確信を持って伝えられることです。

誰も見たことのない景色を、誰かと一緒に見たい。クライアントの方とともに挑戦を続けていきたいと思います。


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