米光講座@プチ専門その1

〇 はじめにごあいさつ
初のnote投稿となります。いとうだいすけと申します。
「米光講座」シーズン11回生として勉強させていただいております。

前職での職場環境での経験もあり、なぜか「ワーカホリックな人(仮)」に
関心を持ってしまった私。世の中で働き方改革やらなんやらと議論されて
久しいですが、本当に仕事ばかりが楽しくて仕方ないって方が、
結構多いのではないかと思ったのが理由です。

とはいえ「ワーカホリックってどう定義するん?」「職業や環境で
だいぶ違くない?」という疑問もあります。そのため、一所懸命に
お仕事に打ち込まれているであろう人、もしくは同じ位働いていても
ネガティブな感情を持ってしまう人に何の違いがあるの?という視点で
手にした書籍をいくつか取り上げていきたいなと、思います。

〇 仕事大好きといえば広告マンの人だろう…説

画像1

今回買わせて頂いたのはこちら。
前田将多さん著「広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?」
を選んでみました。(毎日新聞出版)


購入した理由としてはシンプルに「電通に10数年在籍した人からも、
広告業界が無法地帯に見えるのか!」という感想からでした。
前田さんはこの中で「電通の人間は基本的には仕事が好きで、楽しいことを実現したいと思っていて、やめろと言われても仕事をするような人たちだ」と書かれており、今回のテーマにも合致しそうと感じました。

私も多分に実感があるのですが、誰かに喜んでもらえたり、
もしくは自分が誰かに称される期待や自信を持って仕事していると、
周りの声がシャットアウトされていくんですよね。その状態まで自分を
持っていけると、時間や作業量という概念から自分を切り離せる気がします。この状態に入ろうとするかどうかがワーカホリックの分かれ目なのか。


一読して、自分の中にこれまで根拠なくあった「電通さんはネームバリューの力でお仕事してるのではないか?」というイメージが消え去りました。
むしろ、普段から数々の企業が心がけている様々な顧客への心遣いや、
案件で求められる対応力のルーツが、電通さんの仕事の要所要所に詰まって
いるのだなと感じました。誤解していてまことに申し訳ありません。

〇 ワーカホリックの「たずな」

しかし、新卒社員として入社した女性社員が超過勤務で自殺してしまう、
という痛ましい事件が起きたのは事実。この事件をきっかけに、
働き方改革論調は勢いを増した様に思います。

何をすべきか、まず誰かから聞き学ばなくてはならない新卒社員が
長く働きすぎ、心身を害してしまう結果となった点は繰り返してはならない。しかし、これらの問題の根っこにあるのは機械的な労働時間の管理でなく、職場や同僚を「味方」と思わせることだったのではないでしょうか。

本著で、前田さんの後輩の方がこの様に言っていました。
「労働時間が長いだけでは人は死なない。(中略)鬱病にかかる前にも後にも、無茶苦茶な先輩の一人や二人はいたし、理不尽なんて言い出したらキリがないくらいある。それでも、踏み止まれたのは『逃げ道があった』からです」

ワーカホリックになってしまうという現象が良いものではないと思うけど、
少なくとも誰かが弱っていた時に助けてもらえる、負傷したら前線を退ける
環境があってこそ、仕事に専念できるものと思います。それが誰かから
与えられたミッションをロボットの様に処理することを求めたり、仕事を
振る側が何をさせたいのかを明確にしていない限り、この様な悲しい事件は
なくならないのではないでしょうか。ワーカホリックは求められることではない。自分でたずなを持ち、乗りこなすのを楽しむものだ。

〇神は細部に宿る、だがしかし

読み進めていくと「『仕事が趣味』と公言する雇われ人ほど、うさんくさくてハタ迷惑な存在はない」とも書かれていた。まさにこれ、少し前までの私もそうでした。

また、前田さんは本の中で社会全体の「不寛容さ」についても論じています。確かに、メールやクラウドサービスなどのデジタル技術や、通販やバイク便などリアルなモノを届ける商売が便利になることで、我々の許容度って
どんどん下がっていく気がします。

何が言いたいかというと「自分もこれぐらいやっているんだから、他の人も
これぐらいやって当然!」という考え方は危うい、ということ。

今回の本でもジャパンプロダクツや日本人のきめ細やかな「ええ仕事」の
良さが多々述べられていますが、これらをbetter、bestと評したとしても
「must」にすると、どこかにストレスや軋轢が生まれるのではないかと
思います。

〇 ワーカホリックとは何なのか?

まだ研究も駆け出し状態なので、大層なことは語れませんが、
本著を読んで思えたことは「自ら志願して戦地に行った人」です。
けして、ワーカホリックと呼ばれる人は、仕事でめいっぱいな毎日を
100%楽しいとは思ってないと思うのです。でも、自ら決めた道であったり、行った先で「こうなりたい」と思える先達と出会えたから、
いつしか「仕事をしていること」を忘れてしまうのではないでしょうか。

逆に、仕事をお金を稼ぐための一手段と割り切って考える人からすると、
こういった志願者が「仕事中毒の人」に映るんだと思います。
この間のギャップが、ワーカホリックという像を映している、
のかもしれない。

10年ほど企画・マーケティング関連の会社にいました。 その時の激務で出会った仕事やすごい人々のお陰で今の自分がいるので、本noteでもよりよい仕事や働き方について模索していければと思います。