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目指せ!サステナブルな教師#8|教師期待効果(ピグマリオン効果)を再考する!

1 教師期待効果

今回は、教師期待効果(ピグマリオン効果)について、改めて注目してみたいと思います。「改めて」と書いたのは、恐らく大学の教職課程で一度は聞いたことのある概念だと思うからです。

なぜ、このトピックを選んだかと言いますと、実はピグマリオン効果が示唆するものは、教育者の条件と密接に結びついていると思うからです。今回のメッセージを最初に述べると、「ピグマリオン効果の概念をメタ的に理解して、子どもを信じる力につなげよう」ということになります。

さて、まずはピグマリオン効果について復習してみましょう。これはローゼンタールさんと、ジェイコブソンさんの実験によって有名になりました。端的に言えば、教師が特定の子どもに何らかの期待を抱いていると、その子どもは実際に、教師の期待に沿う方向に変化するというものです。これは、教師ー子どもの関係以外でも観察されるようなので、より一般的に「人が、上位者の抱く期待に沿う方向に変化していく現象」と説明してもいいでしょう。

実験の内容を確認しましょう。ローゼンタールさんらは、まず実験対象者の子どもたちに知能テストを実施します。次に、その子どもの担任の先生には、嘘をついて将来能力が伸びる子どもを見つけ出す「ハーバード式学習能力予測調査」を実施した、と伝えました。そして、実際の能力とは無関係にランダムに選んだ子どもたちの名簿を示して、「この子たちが予測調査の結果、将来能力が伸びることが分かりました」と偽って伝えました。半年後、子どもたちに改めて知能テストを実施してみると、教師に「将来伸びます」と伝えられた子どもたちは、そうではない子どもたちと比べて、実際に知能指数が伸びていた。これが実験の概要です。

期待しただけで生徒は成長する、という実験結果は、1968年に発表されたとき、心理学会にはかなりのインパクトがあったようです。今回は、ここに改めてフォーカスしたいと思います。

2 子どもの悪口を言ってしまうことがありませんか?

さて、この実験結果から、考察を進めてみましょう。なぜ、教師が期待しただけで、子どもの成長が生じたのか。ピグマリオン効果が伝える私たち教師への示唆は何か。この二つの問いを考えます。

まずは前者の問い、「なぜ、教師が期待しただけで、子どもの成長が生じたのか」については、教科書的には次のような説明になります。教師が生徒に期待を抱くと、その生徒にはより多くの称賛、微笑み、うなずき、あるいは活躍の場を提供する。さらに、期待する生徒が良い成績を示した場合、教師はその原因を能力や努力など、本人の特性にあると考える傾向が強い(期待していない生徒の成功は運や問題の易しさなど本人以外に原因帰属しやすい)。こうした教師の期待に基づく行動が、生徒の動機づけを高め、学習の深化をもたらす、といった具合です。

またピグマリオン効果は、いわゆる「予言の自己成就」の概念との関連で理解すると良いと思います。予言の自己成就とは、期待したことが実際その通りになる、といった意味ですが、別の表現である「行動的確証」の方が分かりやすいです。つまり、人は対象に何らかの期待をすると、それが真実かどうかに関わらず、行動・やりとりの中で確証を得ていくことが知られているのです。ある実験で、男性に女性と電話で会話してもらって後でその女性の印象を聴くというものがあるのですが、話している女性が美人だと事前に偽りの写真で思い込まされた男性は、会話のやりとりを通して、実際にその女性に好印象を持つことがわかりました(電話の女性は美人ではなくても)。男性は、会話の中で、「この人は魅力的だ」という確証を得にいくような質問をしていたのです。

つまりピグマリオン効果のメカニズムを整理すると、①生徒に期待する、②生徒に積極的・肯定的な働きかけが増加する、③その中で「やっぱりこの生徒は能力がある」と確証する、④生徒は勇気づけられてより努力し成長する。このようになるでしょう。

さて、次に「ピグマリオン効果が伝える私たち教師への示唆は何か」です。ここが重要なところです。もちろん、教科書的には、「無意識のうちに私たちは期待した特定の生徒だけに資源を投入してしまい、他の生徒の成長を意図せず阻害してしまう危険が常にある。全ての子どもを信じ、期待をかけることが重要だ」ということでしょう。しかし、実際にはどうでしょう?

私たちはついつい、職員室で子どものことを悪く言ってしまうことがありませんか?あるいは、「あの子は、そういう子だから」などと子どもの能力を決めつけてしまっていることがありませんか。

子どもの能力を決めつけ、ディスカウントする態度は、子どもに伝わるでしょう。「決めつけられた子ども」は、自分の能力の限界を自分で決めつけるようになるでしょう。「自分はタカが知れている」と。結果的に成長が阻害されてしまう、これをゴーレム効果と言います。

生徒のダメ出しをすることほど、教師にとって愚かしいことはないはずです。生徒のダメ出しは、そのまま力量が無かった自分に向けられたもの、あるいは学校組織の力不足を知らせるものなのですから。それでも僕たち教師が時として子どものことをディスカウントしてしまうのは、成長しない原因を生徒に帰する方が楽だからでしょう。人のせいにしてしまえば、教師は自分の自尊心を守ることができます。

さて、ここで新しい問いをおいてみます。私たち教師、つまり教育者の条件とは何でしょうか?私たちの使命は、子どもたちの成長を支援することだという点は、恐らくズレがないでしょう。子どもの成長に寄与できなければ、プロの教育者とは呼べません。さて、その成長の支援はどのように実現可能かと言えば、ピグマリオン効果が示すところでは、子どもの成長を信じ、期待することとなります。ですから、教育者の一つの条件は、子どもの成長を信じられることと言えそうです。逆に、子どもをディスカウントしているようでは、「先生」と呼ばれても教育者ではないと思うのです。僕はこのことを声を大にして伝えたいと思います。

3 子どもを信じる力を高めよう

教育者の条件は、子どもの成長を信じられることである、しかし我々教師は、時としてそれができず、子どもを見限ってしまうことがある。その結果、子どもの成長を阻害してしまう。

この壁を越えていくためには、子どもを信じる力を高めるしかないでしょう。「Aさんは頑張っているから伸びるけど、Bさんは努力しない子だからうまくいかないよ・・・」と、思考停止に陥らず「Bさんはどんな環境なら力を発揮できるのかな?」と思考を進められるか。まさにこれは「力量」であって、どんな状況でも全ての子どもが変化する力を信じられるように、努力する必要がありそうです。

もちろん、昨今では、進化論的な見方・考え方や行動遺伝学の知見が広く知られるようになり、人間の知能やパーソナリティはかなりの部分が遺伝子で決定されるという事実は、前提に置かれるべき知識でしょう。私たち教師は、何でも思い通りに子どもを改変することができる、全ての子どもは頑張れば何でもできるようになる、などと考えない方がいいでしょう。それは、何かにうまくいかなかった原因を、本人の努力不足に帰属させることになり、息苦しい世界観を作り出してしまう。しかし、それでも教育が全くの無力ではないのも確かです。行動遺伝学では遺伝情報は、適切な環境の中でこそ発露するという考え方をするようです。ですから、教師は謙虚に、しかし確かに教育の可能性を信じたい。

さて、では私たちはどうすれば子ども信じることができるのか。ここで僕が大事だと思うのは、「知っている」「納得している」「共感している」という3つの状態を区別することです。この3つは、理解の深さのレベルで区別しています。

どういうことかと言うと、私たちは、ピグマリオン効果を「知っている」状態では、子どもを信じるかどうかは分かりません。ああ、そうか!と「納得している」状態になった時、子どもを信じることを積極的に行うようになるはずです。そして、行動の結果、「確かに大事だ!」と体感的に「共感している」状態になった時、それは自分の信念体系の中に組み込まれ、根付くことになります。つまり、子どもを信じる態度が、永続的なものになるのです。

ですから、子どもを信じる力を高めるために、まず私たち教師がすべきことは、ピグマリオン効果について「知っている」状態を超えて「納得している」状態をつくることです。人がある対象について納得するためには、少なくとも2つのルートがあると思います。一つは、理屈を理解して因果関係を自分でも説明できるようになること。もう一つは、その対象について他の文脈でも言及される経験を得ることです。後者は一種のモデリングと呼べるでしょうか。ある商品について、Aさんが「これ、いいよ」と言っていて、翌日Bさんも「あれ、いいよ」と言っているのを聞くと、その商品を受け入れやすくなりませんか。

さて理屈を理解するという点は、簡単に先ほど説明しました。他の文脈でも言及される経験については、先日、こんなことがありました。ペンシルベニア大学ウォートン校教授で組織心理学者のアダム・グラントさんの著書『GIVE&TAKE』(三笠書房)を読んでいたところ、まさにピグマリオン効果の話が出てきました。この本のメッセージは、GIVE&TAKEという行為に対するスタンスの違いで人間を三つの類型に分けると、他者に進んで与えようとする「ギヴァー」こそが、自己利益を優先する「テイカー」、与えてもらったら与え返す「マッチャー」よりも社会的な成功を収める、というものです。このシンプルなメッセージを、グラントさんは、数多くの事例と理論によって緻密に補強しているのですが、その一つに、大学で会計学を教える教授と、プロバスケットボールチームのスカウトの話が出てきます。

その教授もスカウトもまさに与える人、ギヴァーの事例として取り上げられており、それぞれの道で大きな成功を収めているのですが、共通している特性が「人の可能性を信じる」という態度であると描かれています。他の人が注目しない学生や選手の可能性に目を向け、その人達の能力を引き出していったことでその二人は成功したのです。僕にはそこで描写された彼らが、まさに教育者であると感じられました。考えてみれば、教師という仕事はまさに「ギヴァー」になることであり、それを成立させる心理状態は「人の可能性を信じること」というのは納得できました。

いずれにしても、教師に向けて書かれたのではない書籍で、人の可能性を信じる態度を徹底する人物描写に触れたことは、ピグマリオン効果への納得感を強めました。Amazonのオーディブルで聴き放題対象作品になっていますから、読んでみることをお勧めします。

納得ができたら、次は「共感している状態」につなげることが重要ですが、こればかりはインプットだけでは不可能です。共感している状態は、実際の自分の体験によってのみ得られると考えます。ですから、僕はここでは「ピグマリオン効果をメタ認知的に活用する」というアドバイスをしたいと思います。生徒とのやりとりの場面で、ピグマリオン効果を思い出し、子どもを信じる行動につなげるのです。あるいは、自分の子どもへの接し方をメタ認知して、もし子どもの能力を決めつけてしまったと気づいたら修正します。自分の態度をコントロールし、意図的に子どもを信じる体験を作り出すのです。そしてそれが何度もうまくいけば、自分の信念体系の中に組み込まれていくでしょう。

ということで、今回は、教師期待効果、ピグマリオンに改めてフォーカスしてみました。強調して言いたいのは、「教育者の条件は、子どもの成長を信じられることである。だからこそ、ピグマリオン効果を思い出そう、そして、いつも子どもの成長を信じよう」と言うことでした。いかがでしょうか?

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