This is startup - 広報も知財だ!(後記「企業内弁理士が知財と広報を「兼務」して見えた一致点&相違点~知財はマラソン、広報は100m走!」(Toreru Media))
【要約】
はじめに
Toreru Mediaさんからオファーを頂き、「企業内弁理士が知財と広報を「兼務」して見えた一致点と相違点~知財はマラソン、広報は100m走!」というテーマで記事を執筆させて頂いた。
僕は、「広義の知財」というポジションを取っている。
「広義の知財」とは、企業内に存在するできるだけ多くのものを「知財」に含めて捉える考え方ようにしている。
それは、「知財」を再定義したい(そうでないと、知財のポテンシャルを最大化できないと思っている)からだ。
このような捉え方をするときに必ず行う思考プロセスが「一致点と相違点の認定」だ。
この思考プロセスを通すと、ただ広報業務を行っているときには味わえなかった多くの発見があった。
本記事では、ToreruMediaさんの記事には書けなかった裏側も紹介したい。
広報
広報の定義
広報はPRとも呼ばれる。
PRの正式名称は、PRomotionではない。
Public Relationsである。
お恥ずかしながら、広報に携わるまでこのことを知らなかった。
(知財業界の知人にこの話をすることはあるが、「そんなの知ってるよ」という人には今のところ出会っていない)
公との関係構築。
広報(PR)の意味はこれだ。
知財家から見た広報の世界
知財家から見た広報業務を紹介する。
(注:まだまだ勉強中の身が故に、ヌケモレや浅はかさが多分にある上、僕自信やりきれてないものも含みます)
リリース
業務内容
ニュースリリースやプレスリリースを発信する業務。
狭義のPRで考えると、広告のような創作性(PRomotion要素)は求められない。特許業務に例えると
特許出願業務に相当する。
メディアリレーション
業務内容
メディア(例えば、新聞記者)との関係を構築する業務。
メディアは公知のニュースには関心がない(この点は、新規性のない発明に特許を付与しない特許実務と似ている)。
未経験者にとって最も高い壁である。特許業務に例えると
審査官面接に相当する。
リアクション調査
業務内容
リリースやメディアによる記事に対する社会(人)の反響を調べる業務。
反響が多いほど、自社への関心が高いことになる。
その意味で、PRにはブランディングの要素も含まれる(このことが、広報と広告の境を曖昧にしているのだろう)。特許業務に例えると
サイテーション調査業務(公開された特許の引用件数を調べる業務)に相当する。
広報企画
業務内容
蓄積したメディアリレーションを活用して、メディアが「社会に届けたい」と思うニュースの素材を創作する業務。
時代の変化と共に、広報と広告の境が曖昧化してきているので、ここに創作性が求められるようになった。
メディアリレーションとの相関が高いという意味で、ここも未経験者にとって高い壁になる。特許業務に例えると
発明発掘業務に相当する。
但し、発明発掘とは異なり、「客観的な基準」はない。
つまり、審査基準も自ら創作しなければならない。
これだけ見ても、知財と広報の間に一致点と相違点が混在していることが見て取れるのではないだろうか。
広報も知財だ
「知財と広報の一致点と相違点」を考えた先に見えたのは、広報も知財である、という世界線だ。
広報は、抽象概念を言語化する仕事であり、言語化した成果物を公に広める仕事であり、その成果物に対する第三者の反応によって価値が決まる(つまり、リリースしただけでは価値を産まない)仕事である。
僕にとってこれは知財そのものである。
広報責任者になって、多くの広報業界の諸先輩方(広報担当者やメディア)と会う機会に恵まれた。
広報のピッチイベントに出たときには、自ら広報を務めるCEOともお話する機会があった。
「少しでも自分たちのことを知ってもらうために」という想いで、それぞれの経験とセンスを駆使して発信されている人ばかりだ。
そして、彼らからは共通して、「自分が届けるべきだと思ったニュースを社会に知ってもらいたい」というあくなき欲求を感じた。
何人かの広報家の方に「知財と広報の一致点と相違点」の話題を投げたことがある。
つまらなそうな顔をされるかと思いきや、多くの方から「面白い!」という反応が返ってきた。
広報家も、自問自答を繰り返しながら広報という知財と向き合っているのだろう。
広報には、KPIの設定が難しい。
そのためか、広報家には、自分自信で「広報の価値基準」を作っている方が多い(少なくとも僕が出会った広報家の方は例外なくそうであった)。
ここまで読んで頂いた知財家であれば、共感してくれる方がいるのではないだろうか。
それって知財じゃないですか。
むすび
これは、前回投稿した記事の抜粋だが、この文が生まれた背景には、広報に携わった経験がある。
広報業務をしているときは、ただただ純粋に「目の前の情報に少しでも価値を与えられないか」ということを考えているからだ。
そして、経験の浅さが故の葛藤も同居している。
絶対に価値をつける道があるはずなのに見えない悔しさ。
この悔しさから逃げないためにも、広報という未知の世界を知財という既知のフィルタで必死に濾過しているのが、今の僕である。
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「企業内弁理士が知財と広報を「兼務」して見えた一致点&相違点~知財はマラソン、広報は100m走!」[Toreru Media](木本大介, 2023/11/★)
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