This is startup - IPランドスケープはスタートアップに何をもたらすのか?
【要約】
はじめに
2024年度から2年間にわたって、INPIT(独立行政法人 工業所有権情報・研修館)が行う「IPランドスケープ支援事業」の委員を拝命した。
正直に言うと、僕は、「IPランドスケープ」という言葉を避けてきた。
少なくとも「その言葉」の必要性を今もなお感じていない。
一方、情報の調査と分析は、スタートアップに限らず、事業活動に貢献するための最重要スキルであることは間違いない。
(大学に戻る機会があれば、一番取りたい授業は分析の授業だ)
そうであるならば、自らの専門領域である知財において、調査と分析の領域で一定のプレゼンスがある「IPランドスケープ」なるものと無縁の場所に留まり続けるのもどうか。
そんな思いと、同い年の飲み友達である野崎さん(イーパテント)が座長を務めるということもあって、重い腰を上げることにした。
本記事では、第1回委員会の開催前の僕の所感を綴っておく。
委員会で議論を重ねるたびに、僕から見える「IPランドスケープ」の姿がどのように変容していくのだろうか。
僕自身、楽しみにしたい。
「IPランドスケープ」とは
「IPランドスケープ」の定義
特許庁が公開した資料には、次のように定義されている。
一方、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(MUFJ-RC)では、次のように定義している。
これらを総合すると、その要件は次のように分解できる。
(要件1)経営戦略や事業戦略の立案のために行うこと。
(要件2)分析対象に経営・事業情報と知財情報の両方を含むこと。
(要件3)企業活動(経営活動・事業活動)の意思決定者に分析結果を共有すること。
逆に言えば、次のような成果に留まるものは「IPランドスケープ」ではないことになる。
(要件1違反)目的が知財戦略の立案であるもの。
例えば、意思決定の内容が「特許出願を年間50件出しましょう」というものであれば、経営戦略や事業戦略の立案に繋がらないため、IPランドスケープではない。
(要件2違反)分析対象に経営・事業情報を含まないもの。
経営・事業情報と知財情報を別々に分析しただけのものも、IPランドスケープにおける分析ではない。
(要件3違反)企業活動の意思決定者に共有されないもの。
例えば、責任が知財領域に限定される知財部長に共有されるのみでは、IPランドスケープではない。
上記を端的にまとめると、次のように言える。
「IPランドスケープ」とは、「経営・事業情報と知財情報の統合的分析の結果を企業の意思決定者に伝えること」である。
言い換えると、ある企業の意思決定者が、「IPランドスケープ」を実施する前と、「IPランドスケープ」を実施した後とで、意思決定の結果(又は、意思決定するまでの議論・検討のプロセス)が変容していなければならない。
忙しい経営者に余計な情報を与えることは罪である。
こうやって書くと、かなり重いテーマであることを再認識した。
「IPランドスケープ」の「IP」のスコープ
弊Blogでは再三再四唱えているし、最近の知財セミナーでは僕の鉄板ネタになりつつある「広義の知財」。
この「広義の知財」を唱える背景には、「知財」≒「特許」という抗えない社会バイアスがある。
「IPランドスケープ」の「IP」は、「Patent」(特許)に限定されているのではないか?(つまり、「Patentランドスケープ」が正しい表現なのではないか?)
これが僕の現時点仮説だ。
「Patentランドスケープ」であることに問題は感じない。
企業の意思決定には、できるだ多様な情報があった方が良いことから、経営者が特許情報を意思決定の変数とすること自体は歓迎すべきことだと思っている。
しかし、特許情報以外の知財情報(特に、特許庁に出願されない知財の情報)を無視して「IP」と名付けているのであれば、もはや僕にとっての「広義の知財」と「IPランドスケープ」の「IP」が違うものになる。
この点は、立場上、僕が社会に合わせなければいけないと思う一方、「Patentランドスケープ」という極めて狭いスコープの情報分析の先に企業(特に、スタートアップ)を救う意思決定に繋がるかどうかは、現時点では疑問を感じている。
スタートアップの成長に必要なものは何か?
スタートアップの成長に必要なものは全てである。
と言ってしまうと元も子もないので、あえて、本テーマに即して絞ってみると、それは、「高速なPDCA」である。
言わずもがな、「失敗は発明の母」と言うように、成功確率を上げるには、失敗回数を増やす必要があるだろう。
そのためのリソース(「人」と「金」)をどのように調達し、どのように配分していくのか。
これがスタートアップの成長戦略であり、成長戦略の実現に必要な兵站の確保である。
IPランドスケープはスタートアップに何をもたらすのか?
上記のとおり、スタートアップの成長に必要なものとして、「高速なPDCA」を挙げた。
つまり、「IPランドスケープ」がスタートアップを救うならば、「IPランドスケープ」は、PDCAの回転速度を上げるものでなければならない。
しかし、「IPランドスケープ」をやっていないスタートアップが「IPランドスケープ」をやるようになると、「IPランドスケープ」に時間が取られる(仮に、専門家に外注するとしても、その外注にかかる時間はゼロではなく、且つ、費用もかかるとなれば、「IPランドスケープ」をやる前よりもPDCAにブレーキがかかることは否めない)。
「IPランドスケープ」は、実施しただけでは、コストが実施前より上がるのだ。
意思決定者は、経営・事業情報の分析は十分に行っているはずだ(仮に、ここが十分ではないのだとすれば、それは「IPランドスケープ」の問題ではなく、企業の意思決定プロセスの問題だ)。
だとすれば、「IPランドスケープ」でしか得られない示唆、それこそが「IPランドスケープ」の価値の源泉なのだろう。
そのような示唆が何なのか。
それは現時点の僕には分からない。
但し、そのような示唆が何かしらあったとして、時間が圧倒的に足りないスタートアップにとって、「IPランドスケープ」をやらなくてもPDCAを高速化する方法はいくらでもあることもまた事実。
「やった方が良いがやらなくても良い仕事」はたくさんある。
スタートアップでは、このような仕事をいかに見極めるかが重要だ(そうでなければ、時間がいくらあっても足りない)。
「IPランドスケープ」がどういう仕事なのか。
これまた現時点の僕には分からない。
まとめ
委員就任前の生の自分を記録したいと思い、現時点仮説を言語化してみた。
「IPランドスケープ」を否定するつもりはなく、委員を務めるうちに、僕の現時点仮説の変容を探りたい、という一心で正直に書いた。
本記事では、「分析」というプロセスの深い議論は割愛した。
(そもそも、僕は「分析」の素人であるし、ここは、野崎さんから学びたいところ)
「IPランドスケープ」に限らず、調査のアウトプットの品質を語るにあたっては、「分析」も無視できないだろう。
今の時点では「IPランドスケープ」が意思決定者に貢献できるとしたら、「IPランドスケープ」でしか得られない示唆からの新規性のある経営・事業の意思決定、というよりもむしろ、「IPランドスケープ」をやらずに立案された経営・事業の意思決定の仮説の検証材料、としての価値があるように思う。
追記
2024/07/13「インド人特許サーチャに聞いたIPランドスケープの定義」
前職の同僚でもあったインド人特許サーチャ「Ram Naresh」(ラムさん)にIPランドスケープの定義を尋ねたところ、次の回答があった。
N1ではあるが、ラムさんの定義を整理すると、次の点が要点になりそうだ。
(要点1)「IP Landscape」≒「Patent Landscape」である。
(要点2)「IP Landscape」の範囲は、通常の特許調査よりも広い。
(要点3)「IP Landscape」から得られる示唆として、成長分野の特定がある。
「Patent Landscape」に振り切ることを許容するならば、違和感はあまりない定義である。
ただ、要点2に挙げた調査範囲の違いをどのように実現するのか。
これは、調査プロセスと分析プロセスの解像度が上がれば見えてくるのかもしれない。
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