This is startup - スタートアップと大企業の違い -

はじめに


講演の依頼を受けるときに決まって「スタートアップx知財」や「オープンイノベーションxスタートアップ」というお題を頂く。

その度に拭い去れない違和感があった。

スタートアップという言葉は定義されているのだろか?

先日、大企業の知財部門の方が集う会合に招待されたときに行った講演でも、資料作成中に同様の危機感を覚えた。

「大企業」の方に向けた話の中で「スタートアップ」という異質組織の定義を怠ったならば、もう何の話をしているのかわからなくなる。

例えば、東大IPCのウェブサイトには、以下のような解説がある。

スタートアップとは、急成長をする組織のことです。わずか数年間で数千億円の価値評価が付く会社や、数十年で世界を変革するような事業を行おうとしている会社などをさします。急成長をする組織であれば、組織の規模や設立年数などに関わらず、スタートアップに該当します。

中にはスタートアップを「起業して間もない会社」と解釈する意見もありますが、スタートアップの要件に起業時期は含まれないことから、これは間違いです。

「スタートアップとは?ベンチャーとの違いを解説【図解あり】」,東大IPC(2021/10/18)

また、弊ブログでも、スタートアップx知財というテーマの記事を書くにあたって、スタートアップとベンチャーの定義を試みたことがある。

一定期間内の急成長を求められた会社がスタートアップである。

「This is startup - スタートアップx知財 -」,弊ブログ(2023/01/22)

「急成長」がキーワードであることは間違いない。

しかし、「急成長しないことを目指す組織」なんてものが存在するのだろうか?

これだけ技術進歩が激しい現代において、求められる成長速度は20世紀のそれとは比べ物にならないはず。
これはもう、企業属性で片付けられるものではなく、社会トレンドだと思う(一部の領域は除くとしても)。

つまり、成長に求められる「急峻性」だけでは、大企業とスタートアップの違いを大企業の方に伝えることはできない気がする。

端的に言って「しっくり来ない」のだ。

結論=大企業とスタートアップの違いは「ランウェイ」

あれこれと思考を巡らせた結果、大企業とスタートアップの違いを「ランウェイ」で語ることが最もしっくり来る、との結論に言った。

東大IPCのウェブサイトでは、「ランウェイ」についても解説がある。

しかし、ビジネス(とりわけ​​スタートアップ)の分野におけるランウェイは、「企業がキャッシュ不足に陥るまでの残存期間(月数)」を意味します。

「ランウェイとは?ビジネスにおける意味【図解あり】」,東大IPC(2021/12/28)

本記事では、大企業とスタートアップの違いを「ランウェイ」に置くに至るまでの思考プロセスを綴っておく。

2つの疑問(時間と速さ)

「実体験から見たスタートアップ」から生じる疑問=時間?

僕に期待される講演、それはつまり「日々の実体験に基づく話」ということだ。

では、「日々の実体験」って何だろう?

  • 忙しい。

  • いろいろ振ってくる。

  • 迷ってる余裕がない。

これらに共通するもの。
それは「時間」だ。
時間に追われているんだ。

では、「時間」って何だ?

「大企業から見たスタートアップ」から生じる疑問=速さ?

オープンイノベーションの文脈ではしばしば「大企業よりスタートアップの方がスピードが速い」と評される。

特に、「意思決定のスピードに差がある」と言われることが多い。

確かに、スタートアップにいると「速いことは良いことだ」と意識することがしばしばある。

しかし、落ち着いて考えて欲しい。

スタートアップの大半の社員は大企業出身者だ(もちろん、大企業と言っても十人十色であるが、この記事では「大企業間の差異」は無視している)。

つまり、スタートアップの社員は、大企業における昨日までの経験をベースに今日の仕事に向き合っている。
この点は大企業もスタートアップも変わらない。

要するに、社員の脚力は同じだ。
このことを、大企業の方に説明すると「確かに!」という反応が返ってくるところを見ると、盲点なんだろう。

それでも大企業から見ると「速く」見えるらしい。
なぜ、「速く」見えるのだろうか?

速さの計算式

速さを数式で表すと、次のようになる。

  • v = d / t

    • v: 速さ

    • d: 距離

    • t: 時間

「速い」ということは、vの値が大きいということだ。

そして、「vの値が大きい」ということは、次の少なくとも1つの条件が成立することになる。

  • (条件1)距離(d)が長い

  • (条件2)時間(t)が短い

距離(d)の定義

ここで、距離(d)とは何だろうか?

大企業とスタートアップが同じレースを走ることを考えてみると、距離(d)とは、スタートからゴールまでの長さだ。
これを事業に置き換えると、「新規事業をゼロから作って、プロダクトをローンチするまでにやるべきこと(以下「事業化アクション」という)と言えるだろう。

時間(t)の定義

次に、時間(t)とは何だろうか?

大企業とスタートアップが同じレースを走ることを考えてみると、時間(t)とは、スタートからゴールまでの目標タイムだ。
これを事業に置き換えると、「新規事業をゼロから作って、プロダクトをローンチするまでに与えられたリードタイム(以下「事業化リードタイム」という)と言えるだろう。

速さの秘訣

速さ(v)は、事業化アクション(距離(d))と事業化リードタイム(時間(t))の関数であることがわかった。

そして、「vの値が大きい」ということは、次の少なくとも1つの条件が成立することになる。

  • (条件1)事業化アクション(距離(d))が長い

  • (条件2)事業化リードタイム(時間(t))が短い

では、どちらに差があるのだろうか?
それは、事業化リードタイム(時間(t))だ。

そもそも、事業化アクション(距離(d))は、事業化の実施主体に依存することなく決まるものだ(実際には、マーケット環境や事業領域に依存するだろうが、本記事ではこの点も無視している)。
要するに、新規事業においてやるべきこと(走るべき距離)は、大企業もスタートアップも変わらない

差があるのは、事業化リードタイム(時間(t))だ。

ここで強調したいことは、「なぜ、スタートアップの方が速いのか?」が論点なのではなく、「なぜ、スタートアップの方が事業化リードタイム(時間(t))が短いのか?」が論点であるということだ。

この論点に対する解が冒頭で述べた「ランウェイ」。

ずいぶん周りくどい言い方になったが、言い換えるとこうなる。

会社の余命が短いから、事業化リードタイム(目標タイム)が短くなる
事業化リードタイム(目標タイム)が短いから、ペース(速さ)が上がる
ペースが上がるから、大企業(事業化リードタイムが長い組織)から見ると、速く走れるように見える

まとめ

冒頭の講演では、大企業の方にこうお伝えした。

僕たちは、大企業より速く走れるわけじゃないんです。
ただ、命が尽きる前にゴールしようとしているだけなんです。
あたなたたちと同じ足を必死で回しているだけなんです。

講演の後の名刺交換では、たくさんの大企業知財部門の方とお話する機会を得た。
僕の伝えたかったこと(大企業もスタートアップも大きな違いはない)が伝わっていたように感じた。

そして学ばせてもらった。

スタートアップで働くということは、「ランウェイと向き合う」ということなんだ。

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