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デザイン教育のデザイン:カリキュラムの改訂

はじめまして。遠藤大輔と申します。

フリーのグラフィック・デザイナーをしつつ、プラット・インスティテュートという美大のコミュニケーションデザイン学科にてデザインのクラスをいくつか教えています。

学科のカリキュラムの改訂に伴い、2020年1月からグラフィックデザインの卒業論文のコース(英語では、Graphic Design Senior Thesis)を初めて指導することになりました。卒論を教えることも初めてですし、新しいコースを一から立ち上げるというのもあまりない機会なので、準備段階からその運営までを記録しておきたいと思いノートを初めて書いてみることにしました。宜しくお願いします。

といっても、非常勤講師歴10年にも満たない一個人の経験ベースの話で、教育論や教育哲学に裏打ちされた話というわけでも、デザイン教育の将来を鋭く示唆する話でもありません。美大の授業ってこんな感じなんだー、ぐらいに思って頂けたら幸いです。

ということで、まず今回は、そもそも新しいコースを立ち上げることになった経緯からご説明したいと思います。


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プラット・インスティテュート正門

カリキュラムの改訂

プラット・インスティテュートは、ニューヨークのブルックリンにある美術大学です。1887年に設立された私立大学で、建築、インテリア・デザイン、インダストリアル・デザイン、ファッション、コミュニケーション・デザイン、ファイン・アーツといった学科があります。現在は学士・修士合わせて4800人ほどの学生が通っています。ちなみに、日本の武蔵野美術大学と姉妹校提携をしています。

僕の在籍するコミュニケーション・デザイン学科では、2016年9月に入学した学生たちからカリキュラムが新しい内容に切り替わりました。この新しいカリキュラムは、数年かけてカリキュラム・コミッティーとよばれる教授陣によって構想が練られ、政府機関によって承認された教育課程です。

プラットでは、一年目は全員共通の基礎課程を履修し、二年目からそれぞれの専攻のクラスが始まります。この新しいカリキュラムへの切り替えは2017年度から始まり、まずは2年生のカリキュラム、2018年度は3年生のカリキュラムといった具合に変わってゆき、今年度で学科全体のカリキュラムが新しいものに入れ替わることになります。今回教えることになった4年生の卒業論文のコースは、このカリキュラム改訂の最終ステージということになります。

この新しいカリキュラムでは、「タイポグラフィー」や「グラフィック・デザイン」といった典型的なデザインのコースが少なくなりました。(ちなみに、以前はタイポグラフィーのコースだけで4コマありましたが、現在は1コマしかありません。)かわりに、デザイン・リサーチや、クロスプラットフォーム・デザインなど、デザインをより「統合的」に扱うコースが増えました。デザインの包括的な役割を認識した上で、戦略的にタイポグラフィーを活用したり、メディアを選択することができるように、ということなのでしょう。


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プラット・インスティテュート、キャンパス

成長痛

特にメディアとの関連が深いコミュニケーション・デザインという分野は、インフォーメーション・テクノロジーの進歩によって、可能性が広がったり、求められる能力が劇的に変わってゆく分野です。これまでも、(ちょっと大げさですが)グーテンベルグによる活版印刷の発明や、テレビ、コンピュータ、インターネットといった新しいツールやメディアの登場により業界自体が何度も改変されてきました。さらに近年では、イノベーションやリサーチの分野でもデザインが思考ツールとして活用されることが増えており、情報を視覚化することを専門にするコミュニケーション・デザインの分野でも、デザインの役割が拡張されてきました。そして、それに伴ってデザインの教育(そのコンテンツや方法論)もアップデートされる必要が生じてきたわけです。

しかしカリキュラムがアップデートされたといっても、新しいデザインの分野を専門的に教えらえる教師(新しいデザインの分野を研究・実践しているデザイナーで、教育者としての素養がある人材)の数はまだ限られているため、これまで古いカリキュラムを教えていた教師たちが新しいシラバスをベースに試行錯誤しながら新しいコースを作ってゆくことになります。つまり、基本的に、カリキュラムのアップデートと、教師たちのアップデートは同意義なわけです。

想像に難くないと思いますが、これは実務的にも精神的にもかなりの大仕事で、教師たちにとって相当なストレスになります。これまで馴れ親しみ、ある程度実績を残してきたカリキュラムに対する未練、そしてほとんど経験のない分野のコースを教えることに対する不安、さらに道義的責任(経験のないことを教えて良いのか?)を巡って逡巡します。また、教師が抱く不安は学生たちにも反映され、学科全体に大きな負荷がかかります。学科全体がひっくり返るほど、というと大げさですが、カリキュラム改訂というのは、喧々諤々の議論をくぐり抜けて、何年もかけてどうにか形になってゆくプロセスのようです。(もちろん、全カリキュラムを三年で一気に変えるのではなく、より選択的で漸進的なアップデートもあったと思いますが、一気に変えてしまうところがアメリカ的ですね。)

もちろん贅沢を言えば、業界の変化を追う形ではなく、むしろ先端をゆくのがデザイン学科としての理想形なのだろうと思います。デザインの可能性を拡張するような研究が行われ、卒業生がその成果を業界に持ち込むという形になれば素晴らしい。常に先端を行っていれば、全カリキュラムをアップデートする必要すらないわけです。ただそれは、デザインを基礎から学ぶ必要のある学士レベルではとても難しい。実際、修士レベルであっても、デザインの新領域を開拓するような実験的なコースを継続的に運営し実際に成果を出してゆくのは至難の業でしょう。ゆえに、少し後追いにはなりますが、デザイン学科としてレレバント(時代に即した)な状態を保つためにある程度の周期でカリキュラムのアップデートが行われるわけです。

自分の立ち位置

さて、このカリキュラムの改訂に伴い、僕自身もこれまで5つの新コースの立ち上げと運営に携わってきました。(上の表の黄色くハイライトしたクラスをこれまで担当しました。)

コミュニケーション・デザインの基本(コンテンツとフォームの関係によって意味を作る)は変わらないものの、これまで一方通行だったコミュケーションは、プラットフォームの進化で双方向的でより複雑なものになりました。これまではメッセージをどのように視覚化するかということを主に考えていればよかったのが、そこに時間軸や機能が加わり、会話が生まれる環境だったり、エクスペリエンス全体を扱わなければいけなくなりました。例えば、アプリのインタフェースをデザインする場合、スマホの機能や様々な使用シーン、さらにスマホ中毒といった倫理的な問題も併せて考える必要があるでしょう。結果、前述のように自分の専門を超えた内容を授業で扱う必要が生じ、この数年必死に勉強しながらなんとかコースを立ち上げ、運営してきた感じです。

ただ常に変化する業界に合わせて、常に最先端の情報を教えるというのはそもそも物理的に不可能なので、自分の教育スタイル自体がアップデートされてきたようにも思います。つまり、自分が知っていることを学生に教える(知識のトランスファー)スタイルから、新しいことを学生と共に学ぶというスタイル(ファシリテーション)に変化してきました。つまり、特定の知識や技術を教えること以上に、いかに将来の不確実性に対応する能力(つまりクリエイティビティー)を培うか、いかに常に学ぶ姿勢を身に着けるかということが、教師にとっても学生にとっても、教育のテーマになってきたように思います。

シラバスの準備

ということで、冬休み前にキックオフ・ミーティングがあり、コース内容が説明され、新学期までに自分のクラスのシラバスを準備するようにとコース・リーダーから宿題がでました。もちろん、基本的なシラバスはすでにあるので、それをベースにどのようにクラスを運営するかを決めてゆきます。

以上、今回はカリキュラムが改訂されることになった経緯と、それに伴うチャレンジや自分自身の教育スタイルの変化についてお伝えしました。次回は、コース内容も含めて、より具体的なコース作りのプロセスをシェアさせてください。


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