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人類征伐・第一話 差別

●①差別
 「あたし、心が女性でレズなの。エヘヘ」
股間を膨らませた女装の男が便所の個室から出てきた。偶然その個室の前を通過していた若い女性は、手をつかまれて悲鳴を上げていた。
「ねぇ、ちょっと待ちなさいよ。良いことしましょう」
「やめてよ、変態」
若い女性は男の手を振りほどこうとしていた。
「あら、性的マイノリティーへの差別よ。大人しく受け入れなさい」
女装の男はしっかりと若い女性の手を握っていた。
「あんた、レズだかなんだか知らないけどね、いきなりの乱暴は良くないわよ」
鏡の前でメイクを直していた中年女性が割って入った。
「オバサンは黙ってなさい」
「あんた、出て行きなさいよ」
中年女性はその男の服をつかんで外に出そうとしていた。
「あら差別よ。誰かぁ」
「よしなさい。性的マイノリティーの方への理解が足りてないのではないですか」
別の個室から出て来たスーツ姿の男性が中年女性を手をつかんだ。
「あんた何よ。この変態の仲間なの」
中年女性はスーツ姿の男性を睨んでいた。たまたま巡回していた婦人警官がトイレに入ってきた。
「どうしました」
婦警はその場に居合わせた、女装の男、若い女性、中年女性、スーツ姿の男性を見ていた。少し遅れて男性警官も入ってきた。
「あたしを差別するんですけど、もう気にしないから良いわ」
股間の膨らみがなくなり、大人しくなった女装の男は、さり気なくトイレを出ていく。
「まだ日本は性的マイノリティーへの理解が乏しいようですな」
スーツ姿の男はそう言って、トイレを出ていく。
「あなた、大丈夫なの、おまわりさんに言うことはないの」
中年女性は若い女性の肩を優しく擦っていた。
「こういう世の中ですから、仕方ありません。それにあたし急いでいるんで」
若い女性は腕時計を見て小走りにトイレから出て行った。
「なんか、余計なことしちゃったみたいね」
中年女性はちょっと気まずそうにしていた。
「最近、見分けがつかないことが多くて、我々も苦慮しています。でも、まぁ、何事もなくて良かったです」
婦警はそう言うと、男性警官と共にトイレを出て行った。
 
 スーツ姿の男性は、総司令官席に座った。背後には窓越しに新宿センタービルが見えていた。
「ゴルデズ総司令官、視察の手ごたえはどうでしたか」
「テミンゾ補佐官、ジェンダーレスや性的マイノリティーの差別撤廃を流布し仕掛けたことは順調に進んでいるようだ。愚かな人類の混乱ぶりが垣間見れて良かったよ」
スーツ姿の男は細い目をより一層細めてニヤニヤしていた。
「提言したロンミョに褒賞でも与えましょうか」
「いや、それはまだ時期尚早だ。まぁ、とにかく、ごく少数のために大多数が不便で迷惑となることでも異議を唱えにくい風潮にし、従来の社会インフラを作り直す。些細な事だが、余計なコストをかけさせることにより、本当に必要なことにカネが回らなくなるので、人類征伐には効果的と言えよう」
ゴルデズはデスクの地球儀を見つめていた。

 人類征伐総司令部の作戦会議室には、主だった参謀が集まっていた。
「人類に結婚や生殖を忌避させる方策には、少数派の同性愛者をトレンドとして奨励することも効果的ではないでしょうか」
インテリジェンス参謀のロンミョはゴルデズに向かって静かに提言していた。
「奨励か。それにはまず、手始めとしてレズやホモを主役とした映画などのコンテンツを大量に作ろうではないか。普通の恋愛ものが時代遅れという風潮にしてな」
「異性愛者を性的マイノリティーにするわけですか。それは痛快だ。人類征伐が早められます」
テミンゾ補佐官は嬉しそうにしていた。ゴルデズもにんまりしていた。
「コンテンツの方はチソニ宣伝参謀が人類の協力者を利用して進めてくれ」
ゴルデズが言うとチソニは恭しくうなづいていた。
「我々56度銀河人類と5000年は遅れている地球人類とは基本的に同系統の人類でありますから、我々の制度と正反対のことをするのが効果的だと思います」
モロログ生物学参謀は、女性らしいエレガントな座り方をしていた。
「奴らはせいぜい100年程度の寿命だが我々はその5倍だし同系統というのは、いささか不快だが…」
ジョメグ科学技術参謀は不満げな表情を浮かべていた。
「つまらんことにこだわるな。見た目はほぼ同じだし進化の段階が違っても人類は人類だ」
ゴルデズがたしなめる。
「ですから生物学的に男性と女性は機能に違いがあり、完全に平等にするには無理があります。違いを認めて役割分担をすることが肝要なのですが、奴らはわかってない。引き続きここを攻めましょう」
モロログ生物学参謀の言葉に異議を唱える者はいなかった。
「我々の女性は子供を産み育てることに一時期専念し、男性は女性が安心して子育てできる環境を作っています。決して男性に女性の子育ての真似ごとをさせませんし、女性に男性的な働き方を求めません。それに子育て専念期を障害とは考えていません」
きっぱりと言い放つモロログ生物学参謀。
「この考え方の違いというか、価値観の違いは奴らには理解できないだろう。だから今の所、子育て平等同一分担という策が順調に進んでいる。人類は育児休暇という生産力低減に導かれていることも知らずにな」
ゴルデズは満足げであった。
「我々には子育て専念期を挟んだからと言ってキャリアが中断することはない社会規範があり、また専念期を挟んでキャリアが消滅するようでは、もともと才能がなかったことになります」
モロログ生物学参謀は噛み締める様にゆっくりと言っていた。
「君、それを人類のフェミニストに言ってみたまえ、発狂するぞ」
400才を越えているメド実力行使参謀は白髪交じり髭をさすって笑うと、一同もどっと笑っていた。
「立場が違うから乳も出ないのにね」
60才という若輩者のバギ環境参謀がようやく口を開いていた。
「俺のようなごつい手でやたらに赤ん坊を抱っこしたり、髭面で頬ずりはしないのが我々です」
メド実力行使参謀は身振りをしながら言っていた。
「赤ん坊の立場に立ったら、ぞっとするわね。やはり女性の柔らかい手で抱っこされたいですよ」
バギ環境参謀は自分の手をちらりと見ていた。
「だから我々の生殖に関してはいびつな状態にならないことは確かだ。何か他に提言していたことはあるかな」
ゴルデズは作戦会議室の一同を見回していた。

 「各国の人口推計を見るのは実に愉快だ。この調子で少子化が進めば、人類は自動的にゼロになり絶滅する。我々は武力を一切使わずに、たった37人で地球が占領できる。これが達成されれば、我々は多額の報奨金と栄誉が手にできるぞ」
ゴルデズは執務デスクの前にわざわざ購入した地球製のテレビを置き、地上波のニュースを見ていた。
「ゴルデズ総司令官の情報操作策が功を奏しています」
テミンゾ補佐官は傍らに立ちテレビの画面を見ていた。
「武力よりインテリジェンスの方が役に立つのだ」
「愚かな人類は、いろいろと少子化対策にいろいろとカネをかけていますが、男性の育児休暇など全てが見当はずれなので、歯止めはかけられません。行き過ぎた男女平等が原因なことは知る由もないでしょう。そこに来て
性的マイノリティーの台頭とくれば、人口減に拍車が掛けられます」
「5000年前に我々も全てを平等にしようとして絶滅しかけた。未開な人類な程、権利や平等などを履き違いやすい。目先の権利や平等に捉われ、社会全体の未来像が見えなくなるからな」
「しかし後進国の人口増は捨て置いてよろしいのですか」
「放って置け、食べ物がなくなり餓死するだろうし、それに公衆衛生の概念が乏しいので、ちょっとウィルスを撒くだけで一気に人口減にできるからな」
「ウィルスは我々に免疫があるものでも、変異する可能性がありますから、完全に無害化するべく改良を加えています」
「よろしい。いずれにしても長寿の我々は急ぐ必要はない。あぁエアコンの温度は32℃にしてくれ、30℃だとちょっと涼しいのでな」
「承知しました」

 都内のコンベンションホールを貸し切った会場には『男女平等・ジェンダーレス・シンポジウム~東大名誉教授・神崎史郎~北欧に見る最先端女性中心社会』の横断幕が掲げれていた。神崎は大画面スクリーンが置かれている
ステージに立ち、ヘッドセットをつけて聴衆に語りかけている。シンポジウムは後半にかけて徐々に盛り上がってきていた。
 「現在の社会状況において結婚することには何のメリットもないのです。恋愛や結婚といった枠組みは、どちらかが我慢するといった構造になります。双方がハッピーという時期はほんのわずかで、幻想に過ぎないのです。
結局は恋愛も結婚もセックスの口実に過ぎず、そのために余計なお金を使うことは、経済的損出とも言えます。このセックスは曲者で、男性上位というか、男性優先の志向が強く女性には苦労が多く、なかなか快楽が得られないのが現状です。ですから最近の若者は恋愛もセックスにも感心が薄くなっています。これからもこのトレンドは続くでしょう。ここにおいでの方々もこのトレンドに乗ることで、いろいろなことがハッピーにつながります。例えば、女性の快楽をわかっているのは女性なので、レズならば男性とは違った満足が行く快楽に行きつくことができます」
神崎は一呼吸置き、マイボトルのミネラルウォーターを飲んでいた。
 神崎はミネラルウォーターを飲み干すと、聴衆を見回していから再び口を開いた。
「またもう一つ女性のウィークポイントは出産で体型が崩れてしまうことです。これは生物学的に仕方のないことと諦めてはいませんか。そのような必要はないのです。出産しなければ良いのです。一度しかない人生を自分のために存分に使えば体型維持は容易になります。女性の皆さん、子育てから解放されましょう。子育てに自分の時間を取られ、何一つ自由な行動ができなくなる。これからはそれを否定しましょう。育児や子育てといった重労働から解放されなければなりません。それでも子供を持ちたいと言う女性はいるでしょう。ならば自らの体を犠牲にして出産という使命を果たした女性は、育児という重労働を全て男性に任せれば良いのです。男性に科す義務としましょう」
神崎は一呼吸置き、聴衆を見る。女性解放団体の女性代表が、神崎に拍手を送っていた。
 司会の男が時間を気にし始めたが、神崎は構わず話し出した。 
「とにかく結婚し子供を育てることは生半可なことではありません。果たしてそんなことをして、自分の自由を奪われて良いのでしょうか。一人の人間を育てるのに保育所から大学院まで一体どれだけの経費がかかるのでしょうか。公立では教育水準が低くなるので、できれば私立。いろいろな経験を積み世界を知るために海外留学も必要です。一人つに付き6000万円以上はかかります。結婚し家庭を持とうと思った時、このお金はどこから捻出しますか。できなければ、無理して結婚することはありません。それでこそ子育てからも解放されます。自由が謳歌できるのです」
「女性に自由を」
聴衆の一人が叫んでいた。
「さらに男らしさ女らしさを否定し、中性化させることで真のジェンダーレスが実現します。しかしこれでは異性に魅力を感じなくなるのではとお思いになるかもしれません。しかし世の中は進化するものです。従来の価値観を脱ぎ捨て、新たな魅力を追求すれば良いのです」
「あのぉ、神崎先生、お時間を過ぎておりますので、そろそろ皆様からご質問を受けたいのですが、よろしいでしょうか」
司会者がタイミングを見計らって割って入ってきた。
「そうですか。ではこの続きは次回のシンポジウムということにいたしますか」
「ご質問がある方は、いらっしゃいますか」
司会者が呼びかけると、会場の至る所から手が挙がっていた。司会者はマイクを持っている係員の一番近くにいた男性を指さした。
「先ほど、神崎先生は男性は女性のしもべであり奴隷的な存在になるべきだと、おしゃってましたが、そこまでする必要があるのでしょうか。女性は出産のみで、後は全部男性の仕事として義務化しなくても…、女性が女性のヘルパーさんと共に育児と子育てに専念しても良いのではないでしょうか。もちろん妻子を養う環境のために外で稼ぐことは必須ですが。それに誰にも相談できず、育児を苦に自殺することはなくなると思いますが」
「差別する側の男性がそのようなことをおっしゃるようではいけませんな。男性は今までの非を認め、しもべという立場に改めることが肝要です。従来の価値観に戻ろうとせず、新しい価値観を受け入れるべきです。従来の社会的規範は悪と言っても良いでしょう。女尊男卑が正しいのです。また女性は妻や母親という枠に捉われた家族のいち構成員ではなく、一人の人間として自由に生きる権利があります。女性ヘルパーなどいりません。男性がその責務を全て負い、外で稼ぎ家族養うのです」
神崎の言葉に3分の1程の聴衆たちが拍手していた。
「え、男性は外で働いた上に、家に帰ったら育児と子育てですか」
「当然です。それでこそ男女平等が実現するのです。それが嫌でしたら、結婚せず子供も作らないこと方が良いでしょう」
神崎が言い終えるとすぐに司会者は別の女性の聴衆を指さしていた。
「あのぉ、男らしさや女らしさを否定したら異性に魅力を感じにくくなるし、伴侶となる異性を選びにくくなる気がしますが」
「ですから恋愛価値観を変えて女性っぽく、可愛い男性を好む努力をすれば良いのです」
「でも、頼りない男性は好みではないのですが…」
「何を言っているのです。スカートをはいたり、メイクに興味がある男性なんて理想的ではないですか。それが嫌だったら恋愛や結婚をしなければ良いでしょう。これが現代のトレンドですし、ジェンダーレス先進国の北欧ではこの風潮が常識になりつつあります」
神崎が言い終えると、何人かの男性が勢いよく、手を挙げていたが、司会者は無視していた。
「えー、まだまだご質問は尽きないようですが、お時間が参りましたので、今日はこの辺で終了したいと思います」
司会者は恭しく神崎に拍手を送り退場を促していた。神崎は笑みを浮かべて聴衆に手を振り、ステージから下りて行った。

 シンポジウム会場の演者控室にいたテミンゾ補佐官は、神崎が戻って来るとソファに案内していた。
「ゴルデズ総司令官、今日のシンポジウムはインパクトがあったと思います。これでますます人類は結婚や出産へのハードルが高くなったのではないでしょうか」
「そうだと良いが。あぁ、そう言えばここでは神崎ではなかったな」
ゴルデズは苦笑していた。
「それに特に日本人は、東大の人間や北欧を崇め従う風潮があるので、今回の設定はバッチリです」
「講演したらなんか腹が減ったから、豪勢なディナーでも食いに行くか」
「ゴルデズ総司令官、銀座にあるこの上ない店に予約を入れております」

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