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人類征伐・第二話 扇動

●②扇動
 「マッチングアプリで出会ってから、今日で3回目のデートだね。咲来って意外と時間にせっかちだな」
若い男は地下鉄の出口を駆けあがって来たばかりであった。
「なんでよ。時間にルーズなのが好きなの」
スマホを手にしていた咲来は、地下鉄の出口近くの街路樹の所に立っていた。
「それは困るけど、それで今日はどこへ行くんだ」
「あたしのとっておきの場所を案内するからね。まぁついて来てよ」
咲来は若い男の前に立ち歩き出した。

 サンシャイン・シティ近くの公園を抜けると、できたばかりのモダンな教会があった。咲来は若い男の手を引いて、教会の中に入ろうとしていた。若い男は躊躇していた。
「どうしたのよ。さぁ入りましょう。楽しい仲間もいるし、ためになる話も聞けるのよ」
「でもさ、ここって怪しげな新興宗教じゃないの」
「何言ってるのよ、ちゃーんとしたサークルよ」
咲来は若い男の手を強く握り、中に引き入れていた。

 教会の中は、キリスト教の教会風だが、所々に東洋的な宗教の雰囲気も漂い、教祖の肖像画が掛けられていた。信徒席には、既に10数人が座っていた。その一番端に座る咲来たち。
「咲来、お前まさか、初めから宗教の勧誘のためにマッチングアプリを利用していたのか」
「そんなことはないわよ。いいから静かにして。教祖様がいらっしゃったから」
咲来が囁いていると教祖が二人の所に近寄ってきた。
「そなたかな。新たな仲間になりたいというのは。まずはお寛ぎくだされ」
教祖は若い男の方を見て微笑んでから、礼拝檀の方へと向かって行った。
「でもさ、俺、こういうのは、苦手なんだよ」
「あたしたちの恋愛を教祖様が祝福してくれるのよ」
「ぁ、でも嫌だ。帰らせてくれ」
若い男が立ち上がると、周りの信徒たちがじろりと見た。若い男はすがりつく咲来の手を振りほどき、出口に向かって歩き出した。すると礼拝檀の裏に控えていた屈強な男性信徒たちが、駆け寄り、若い男を取り押さえた。
「おい、よしてくれ。何するんだ」
若い男はもがいていたが、咲来の元に戻されていた。
 観念した若い男は、一通りの儀式を終えて、入信の誓約書を書かされようとしていた。
「さぁ、ここに住所と名前、生年月日を書いてくれる」
咲来は若い男の傍らに立っていた。周りは男性信徒に囲まれていた。
「あぁ、ちょっと緊張しちゃって、小便をしたくなっちゃった。トイレはどこかな。漏れそうなんだ。教会を小便で汚したくないので行かせてくれよ」
「仕方ないわね、あっちよ」

 ジェンダーレス・トイレなので、個室の前では咲来と男性信徒が待っていた。若い男は、個室の小窓を開け、体がすり抜けられるかどうか確かめていた。
「ねぇ、まだなの」
「咲来ご免、大の方もしたくなったから」
若い男は、そう言ってから、小窓から外に這い出していった。
 しばらくすると、咲来は個室のドアを蹴り飛ばして開ける。小窓からそよ風が吹き込み、中は空であった。
「これでマッチングアプリの危険性をアピールできるわ。アプリでの出会いは激減するでしょうね」
咲来はニンマリとしていた。
「咲来…、いやバギ、まだまだ数をこなす必要がある。明日は大阪でやろうな」
男性信徒に扮していたメドは、変装メイクを拭っていた。

 CM明けのテレビ画面には『鳥川モーニング・ワイド』のロゴが浮かんでから、司会の鳥川の顔がアップになっていた。
「それでは引き続き、マッチングアプリの危険性についてお伝えします」
鳥川は説明ボードの前に立っていた。
「このように宗教の勧誘に使われることが多く、多額の現金を要求されることもしばしばです」
「手口としては、当初は自然な雰囲気があり、サクラの女性が非常に魅力的なので、ついつい引っかかってしまいます」
専門家の解説が入った。
「どうですか玉木さん」
司会者はコメンテーターに振っていた。
「とにかくアプリを利用しないことですよ」
男性コメンテーターはもっともらしい顔をしていた。
「もしくは安全が確認できるまで恋愛を控えるのが一番かもしれませんね」
女性コメンテーターが付け加えていた。

 「マスコミは我々の思い通りに勝手に取り上げてくれるから、便利なものだな」
ゴルデズは執務デスクの前のテレビを見ていた。
「はい。この他、新聞でも取り上げられ、ネットでは、『マッチングアプリ 危険』や『恋愛控え』「結婚控え』
が検索ワードの上位になっています」
テミンゾ補佐官は、56度銀河製の多目的端末で確認していた。

 ロサンジェルスのダウンタウンでは、デモ隊がゆっくりと行進していた。デモ参加者たちは、レインボーカラーの旗を振り、女性解放、女性の地位向上、男女平等、ジェンダーレス、性的マイノリティー・ファースト、性的マイノリティーをマジョリティーに、などと書かれたプラカードを手にしていた。しばらくデモ隊が進むと、ダウンタウンの別の横道からキリスト教保守派のデモ隊が現れた。彼らはキリスト教世界の冒涜、伝統的家族制度復活、人類存続の障害は排除、行き過ぎた平等、男性差別、などと書かれたプラカードを手にしていた。双方を先導していた警官隊は、それぞれ警戒し嫌そうな顔をしていた。
 デモ隊は互いに進みたい道を譲らず、それぞれの主張を怒鳴り合っていた。警官隊がなだめようとするが、双方共に聞き耳を持たず、ヒートアップしてきた。
「こいつら、悪だ。悪魔の手先だ。人類を滅ぼす敵だ。やれぇ」
キリスト教保守派を率いるマーチン・スミスは、叫び自らジェンダーレス派のデモ隊の中に乱入し、レインボーカラーの旗を振った中性に殴り掛かった。スミスは素早い動きで、たちどころにジェンダーレス派の人間を叩きのめしていた。
 「保守派の暴力に反対。進化や新たな価値観を受け入れられない野蛮人よ」 
ジェンダーレス派を率いるエマ・ヨハンソンは、自ら進んで保守派のデモ隊の中に入り、無抵抗の態度をとった。しかし相手を完全にバカにした言葉をあらんかぎりぶつけていた。保守派の怒りは頂点に達し、今まで手を挙げなかった保守派も暴れ出し、ジェンダーレス派を血まみれにしていた。警官隊が止めに入り、威嚇射撃をした。それをきっかけに大乱闘になった。
 この大乱闘の最中、マーチン・スミスとエマ・ヨハンソンはパルクールのような動きで飛び跳ね、その場を立ち去った。
 
 翌日の世界各国のニュースではジェンダーレス派の死体が転がっているショッキングな映像が放映されていた。ネット上には『ジェンダーレスの価値観を世界標準に』『暴力を好まない性的マイノリティーを優遇せよ』『古い価値観の人間は子孫を作るな』「異性恋愛が暴力の源泉」『男性は暴力の象徴』『人間は女性だけで良い』などの言葉が躍っていた。
 ホテルの一室でニュースを見ているメドとバギ。
「これでキリスト教保守派や従来の価値観を大切にしている者が差別を促す当事者として世界にアピールできたかな」
メドはニュース画像のマーチン・スミスを見ていた。
「性的マイノリティーは、弱い立場で常に差別や暴力のターゲットになるという印象付けはできたと思います。それに男性は暴力の象徴ということにもできましたよ」
バギはニュースの画像の風になびくエマ・ヨハンソンの金髪に視線が行っていた。
「武器を用いない惑星占領は、手間と時間がかかるな」
「でも、ゆっくりと進行するから、人類は誰も我々の存在を気付かないんじゃないの」
「それもそうだな。しかしマーチン・スミスの俺ってイケメンじゃないか」
「それを言うなら、エマ・ヨハンソンのあたしの方が美人じゃないの」

 渋谷のスクランブル交差点に停車している選挙カー。それを注目し、歩みを止めている通行人が多数いた。選挙カーの側面には衆議院選東京第七区候補者・神崎史郎の横断幕がラッピングされていた。
「全女性の皆さん、社会の犠牲となり出産することはありません。世の中が女性優先社会、男性育児の義務化社会が実現するまで出産をボイコットしましょう。社会整備が整ってからの出産は女性にハッピーをもたらすのです」
選挙カーの屋根にある特設演台ステージには、『社会平等党党首』と書かれたタスキをかけた神崎が立っていた。
「我が党では女性議員枠50%、性的マイノリティー議員枠20%をあらゆる手段を講じて実現します。現状、例え適任者がいなくても、とにかく人数をかき集め当選させ、実地経験を積めば立派な議員なれるのです」
神崎の言葉に熱心に拍手を送る者が、一般の聴衆をはさむように立っていた。
「また世界平和についてですが、過去を振り返ると男社会だから戦争を生んできたと言えます。男性の闘争本能が原因ではないでしょうか。ですから世界平和のために男性は去勢されるべきなのかもしれません。それでこそ男性優位の腕力を抑えることができ、筋肉量においても真の男女平等が実現されます」
神崎は聴衆がポカンとしていても、全く気にしていなかった。現場のマスコミのカメラが神崎を捉えると、カメラ目線になり軽く微笑んでいた。
「女性と性的マイノリティーが元気に活躍すれば、男性も意欲的に働けます。ぜひとも、投票所では神崎史郎、比例に社会平等党とお書きください。それで女性の未来、性的マイノリティーが共存する明るい日本築けます」
神崎は自信たっぷりに演説をしていた。選挙スタッフが特設ステージに駆け上ると、神崎に何か耳打ちしていた。神崎の視線の先には、卵を投げつけようとしている男が硬直したまま立っていた。
「以上、神崎候補の選挙演説でした」
脇に立っていた選挙スタッフが言うと、神崎は特設ステージ下りて行った。

 「あいつだけか。俺に危害を加えようとしていた奴は」
神崎は選挙カーのスライドドアが閉まるとすぐに言い出した。
「ゴルデズ総司令官、卵だけでなく、それとは別の奴が本屋の方から火薬式の粗末な銃器を向けていました」
選挙スタッフを演じているテミンゾが車窓の外を注意深く見ながら言っていた。
「加速式やビーム式ではない低レベルなものだな」
「はい。我々の日本人を装った警護員が神経麻痺ビームで神経をズタズタにしましたから、動けるようになっても翌朝には、原因不明で死に至ります」
「我々が関与している痕跡は残すなよ」
「はい。抜かりはありません」

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