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新千夜一夜物語 第33話:断捨離とグッズの霊障

青年は思議していた。

先日の話の中で、“霊媒体質”の人物が拾った“念”が、身近な物に“転写”されたことについてである。(※第32話参照)
日々“念”を拾っている“霊媒体質”の人物の多くが“お祓い”を受けていないとすると、“念”が転写されたグッズの存在に気づかず、そのまま断捨離する人がほとんどだと思われるが、問題ないのだろうか?
三次元的な儀式や行為は霊的に意味がない以上、どんな捨て方をしても変わりはないと思うが、何も考えずに断捨離をすることによって、ひょっとしたら取り返しのつかないことをしているのかもしれない。

一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。


『先生、こんばんは。今日は断捨離とグッズの“霊障”について教えていただけませんでしょうか?』

「ふむ。前回の続きじゃな。して、具体的にどういったことを聞きたいのかの?」

『以前(※第15話参照)、グッズの“霊障”を無害化する必要があると仰っていたと思いますが、グッズの“霊障”を無害化せずにその物を捨てた場合、どうなるのでしょうか?』

「基本的な話として、物を捨てたり、燃やしたところで、それによって対象物に憑いていた“霊障”が霧消することはない。それどころか、行き場の失った“霊障”が本人に戻ってくることがほとんどなので、よけい問題が大きくなってしまうと考えるべきかの」

『なんと! 断捨離して、不要な物と一緒に“霊障”も手放せると思ったら、逆に状況が悪化してしまうのですね!』

そう言い、前のめりになる青年を片手で制しながら、陰陽師は口を開く。

「前回も説明したが、SNSの投稿や“呪い”のように、“念”にとって距離は関係ない。そのあたりを詳しく説明するために、“霊障”についてそなたなりにどこまで理解しているか、前回の復習をかねて聞かせてもらえるかの?」

陰陽師の言葉に対して青年はうなずいてみせ、口を開く。

『霊障には大きく分けて四つあり、一つ目が霊脈と血脈という先祖霊の霊障、二つ目が対面やSNSなどを通じて他者から受ける“念”や、心霊スポットなどで拾う地縛霊の霊障、三つ目がグッズの霊障、そして四つ目が魑魅魍魎と念、つまり、雑霊や人の念による霊障となり、二つ目と四つ目が“お祓い”の対象となります』

「そなたなりに、ちゃんと整理がついておるようじゃの」

青年の回答に満足げに頷きながら、陰陽師が口を開く。

「ところで、先祖霊の霊障にはいくつか種類があるが、そのあたりのことをもう少し詳しく説明してもらおうかな?」

『承知いたしました』

青年は、一瞬、自分の考えをまとめるために口を噤んだが、すぐに口を開いた。

『霊脈の先祖霊とは、魂の種類1〜4に関わらず、本人と同じ種類の地縛霊化した先祖のことで、血脈の先祖霊とは、魂の種類が異なる地縛霊化した先祖のこととなります。従って、武士である僕の場合は、霊脈の先祖霊は武士霊となり、血脈の先祖霊は武士霊を除く、1:僧侶霊、2:貴族霊、3:武将霊、4:諸々霊となります。また、地縛霊化している先祖が本人にかかっていようといまいと、魂の種類が同じ先祖を“霊統”、魂の種類が異なる先祖のことを“血統”と呼びます』

「うむ、基本はしっかり押さえておるようじゃな」

青年の回答に満足げな表情を浮かべながら、陰陽師が先を続ける。

「そなたの回答を踏まえて、もう一度だけ、霊障について整理しておくとこのようになる」

そう言いながら、陰陽師は紙に霊障の種類を書き記していく。


《霊障の分類》
・先祖霊(魂の種類1〜4):霊脈、血脈、霊統、血統
・地縛霊(魂の種類1〜4):かかる子孫が途絶えた魂
・土地/法人の霊障(地縛霊)
・グッズの霊障
・念

※以下、神の眷属や動物霊など
・龍神
・龍霊
・稲荷
・狐霊
・熊手/狸霊
・雑霊/魑魅魍魎:動物霊/天狗・座敷童・麒麟(似非神様)


納得顔でうなずきながら紙を眺める青年に、陰陽師は声をかける。

「一口に霊障と言っても、このように様々な種類に分類できるわけじゃが、今回はグッズの“霊障”なので、その対象は魑魅魍魎や雑霊と人の“念”ということになる」

陰陽師の説明を聞き、青年はしばらく黙考した後、口を開いた。

『今まで(※第15話、32話参照)教えていただいた内容から判断すると、人の“念”の場合、所有者がグッズに対して直接“念”を送るパターンと、所有者が拾ってきた“念”が、所有者の意思に関係なくグッズに転写されてしまうパターンの二つ、という認識で合ってますでしょうか?』

陰陽師の説明に対し、青年は納得顔で頷きながら口を開く。

「概ね、そなたの言う通りじゃ。特に、一つ目のパターンとしては、某新興宗教団体の御本尊がわかりやすい。おそらくどこかで大量に印刷された御本尊は、信者に配る前に特定の場所で保管されているのじゃろうが、仮に御本尊の流通に携わる人の中に霊能力持ちがいて、ご本尊を運ぶ際に“これは非常にありがたい御本尊だ”などと考えただけでも、念が入ってしまうことがある。そのような場合、“2+”、すなわち、グッズ自身が“妖気”を発するようになってしまうことさえ起こりうるわけじゃな」

『なるほど』

陰陽師の説明に、青年は真剣な表情でうなずくと、あらためて口を開く。

『と言うことは、たとえ霊能力持ちではなかったとしても、一般の人間が特定の物に対して過度な執着心や愛着心を持った場合であっても、グッズに“2”、すなわち、“念”が宿ってしまうことがあるわけですね』

「その通りじゃ」

青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいてから、口を開く。

「同様の構図は、件のご本尊に限らず、巷で売られているあらゆる日用品にも適用されるわけじゃが、中でも特に偶像、お札/お守り、神具の類には特に注意が必要じゃ」

そう言うと、陰陽師は紙にペンを走らせる。


偶像:仏像、イエス・キリストなどの像
お札:神社などで販売されている木や紙
神具:お寺の木魚・鉦(かね)や、キリスト教で使用する様々な神具


『いかにも多くの人々が私利私欲の祈りをしそうな品々ですが、最初はただの“工芸品”やただの“板切れ/紙切れ”に過ぎない物が、人々のそうした祈りによって“念”を集めてしまうわけですね』

「まあ、そういうことじゃ。それに、これらの品々には、人の“念”のみならず、眷属や魑魅魍魎がかかることもあるから、細心の注意が必要となる」

『なるほど。人の“念”のみならず、眷属や魑魅魍魎までもがかかるのですね』

感心したようにうなずく青年を見ながら、陰陽師はさらに言葉を続ける。

「次は、持ち主が拾った“念”が転写されるグッズのケースじゃが、その中でも特に、直接肌に身に着ける物には、格別の注意が必要じゃ」

そう言い、陰陽師は再び紙にペンを走らせる。


《“転写”によって“念”が憑きやすいグッズ》
数珠や宝石系のブレスレットなど、腕に巻く物
寝具
下着


陰陽師が書いた文字を読み、青年はあごに手を当てながら口を開く。

『数珠や宝石系といった腕に巻くグッズの中には、所有者を災いから守ってくれ、身につけているとなんらかの恩恵があると聞きますが、やはりよくないのでしょうか?』

「そなたが言う通り、水晶をはじめとした宝石には眷属や魑魅魍魎の霊障、さらには、人の“念”といった邪気を吸い取る性質があり、身に着けることで一定のメリットはあるわけじゃが、それはたとえるなら紙パック式の掃除機のようなもので、紙パックの容量限界までゴミを吸い取ったら交換しなければいけないのと同様、定期的に無害化する必要がある」

『なるほど』

青年は一つ頷くと、言葉を続ける。

『ちなみに、邪気がいっぱいになったままにしておくと、どうなってしまうのでしょうか?』

「今話した紙パック式の掃除機同様、それ以上邪気を吸い取ることはできなくなるだけではなく、新たに吸い寄せる邪気が所有者に跳ね返ることになる」

『ということは、宝石の効果を知らずに、ファッション感覚で身につける人物や、数珠やパワーストーンのブレスレットを何本か腕に巻いて愛用している人は、巻いている数だけ、そうとは知らずに邪気を集め続けていることになるわけですね』

「まあ、そういうことじゃな。よけいな物を身につけた挙句、無用な邪気を拾い集め、それを自身にかからせているわけじゃな」

『つまり、せっかく神事を受けてパフォーマンスを100%にしても、妖気を発する“2+”のグッズが家にあれば、また仕事や異性などの障害が生じてしまうこともあるのですね?』

「そのとおりじゃ」

青年の言葉に一つ頷いた後で、陰陽師は言葉を続ける。

「ちなみに、数珠や宝石に限らず、日用品であっても扱い方次第で“2+”になることも、よく頭に叩き込んでおくようにの」

『承知いたしました』

陰陽師の説明を聞いた青年は、しばらく腕を組んで黙考した後、口を開いた。

『ところで、飲食店の入り口などでたまに盛り塩を見かけますが、あれも効果がないのでしょうか?』

「もちろんじゃとも。魔除として盛り塩や塩風呂などに塩を使う人がいるが、幽霊は壁を通り抜けるし、触れることができないことから考えてもわかると思うが、三次元の物質である塩の効果はまったくない」

陰陽師の説明を聞き、青年は苦笑しながら口を開く。

『なるほど。ということは、盛り塩など、初めから置かない方がよさそうですね』

「まあ、そういうことじゃな」

『ちなみに、寝具や下着の“霊障”からは、どのような影響が想定できるのでしょうか?』

「まずは寝具の霊障についてじゃが、枕および枕カバー、ブランケット、シーツ等、直接肌に触れるものは、どうしても、霊障がかかる可能性が高くなりやすい。また、寝具には所有者が寝ている間に所有者が拾った“念”を吸い取る効果がある反面、やがて寝具が“念”を吸い取れる容量の限度に達した後は、所有者に不眠や悪夢や寝つきの悪さといった睡眠障害を起こすようになるのは、水晶のブレスレットと同じメカニズムと考えて差しつかえあるまい」

『なるほど。睡眠の質は健康度や日中のパフォーマンスに大きく影響を与えるので、寝具はとても重要な役割を果たしているわけですね』

青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずき、続ける。

「特に、何らかの病気を患っているクライアントには、最低週に一度、重篤な患者には週に二度は寝具の無害化の神事をすることを推奨しておる」

『学生時代の僕は寝つきが悪かったのですが、霊障による精神疾患の項目に“7:不眠”は該当していませんでしたので、間違いなく、寝具の“霊障”の影響で不眠になっていたのでしょうね』

「寝つきの良し悪しは就寝前の行動で左右されることもあるが、その可能性は極めて高いじゃろうな」

陰陽師の言葉に感嘆の息を漏らしている青年を横目に、陰陽師は続ける。

「今度は下着の話に移るが、たとえば女性の場合、通常よりも生理痛がきつかったり、特に思い当たることがないのに下痢や腹痛が頻発する場合、下着類の“霊障”の可能性を考えた方がいい。また、肺や心臓の疾患や乳癌を患っている人物は上着も気をつけた方がいい」

『病気を患っている人は、病気の部位に近い衣類に気をつけないといけませんね』

「そなたの言う通り、数珠にせよ、寝具にせよ、下着にせよ、特定のグッズを身につけた日に心身の不調が現れないか、よく心身の様子を観察することが大事じゃ」

陰陽師の言葉を聞き、真剣な表情でうなずいた後、青年は口を開く。

『そういえば、電子機器との相性が悪い人物を相当数見かけますが、そういった人物も、本人が拾っていた“念”が電子機器に転写しているのでしょうか?』

「電子機器の場合は少々特殊で、霊障と電磁波の波動が近いことから、そもそも“霊障”が憑きやすいわけじゃが、電子機器自体の“霊障”が所有者に行く一方で、所有者が日々拾った“念”が電子機器に転写されることもある」

『それに加えて、PC、タブレット、スマホなどは単体で存在しているわけではなく、インターネットを通して全世界とつながっており、さらにSNSなどを経由して“霊障”が伝播されやすいことから、特に、魂の属性3の人間が電子機器を使用するのはかなりのリスクが伴っているのですね』

青年の説明に対し、陰陽師は小さくうなずいて口を開く。

「電子機器が“念”を拾うと、それ自体のパフォーマンスが著しく低下したり、機器がネットワークに繋がらない・繋がりにくくなるといった症状が出たり、最悪、機器自体が故障することすらあり得る。かく言うワシも、何台PCやタブレットをダメにしたか、わからぬくらいじゃ」

そう言って笑う陰陽師を見ながら、青年が言葉を続ける。

『なるほど。僕も電子機器を毎日使っていますが、動作や反応が遅いと困りますので、仕事でパソコンやスマートフォンをよく使う人物にとっては、悩ましい問題ですね』

「ワシのクライアントの話になるが、最近のデジタル時計は現在時刻を確認する以外にも電子機器に準ずる機能を備えていることから、時計だけの機能を持つデジタル時計よりも霊障”が宿りやすい。ゆえに、時計が1、2分ずれだしたら無害化をするようにと申し伝えてある」

青年が陰陽師の説明を黙って聞き、続きを待っていることを確認し、陰陽師は続ける。

「ちなみに、定期的に無害化を行なった結果、今までは数ヶ月で使い物にならなくなっていたデジタル時計が、一年以上もつようになったという声もある」

『なるほど。ちなみに、いわゆる、ポルターガイスト現象も“念”と関係があるのでしょうか?』

「もちろんじゃとも。ポルターガイスト現象の場合、土地にかかっている“地縛霊”や眷属の“霊障”によって異変が生じる場合もあるが、大方のケースは、所有者が跳ね返した“念”が部屋にあるグッズに転写されて生じる」

『ほう。ポルターガイスト現象と言うと、一般的には目に見える形で現れる印象が強いですが、グッズの“霊障”の場合、所有者が知らない間に運気が下がったり、心身が不調になっていたりと、気づきにくいのが問題ですね』

青年の言葉に陰陽師はうなずいて見せ、口を開く。

「ここまで話した総括として、ワシはクライアントに対し、生活必需品ではない神具と風水グッズをできるだけ片づけるように伝えておる」

陰陽師の言葉を聞き、青年は首を傾げて少しうなってから口を開く。

『捨てるのがダメならプレゼントを、と思いましたが、プレゼントした物が“霊障”を発していたとしたら、むしろ贈った相手の迷惑になりますよね』

「おぬしの言う通りじゃな。よく聞く話なのじゃが、大事な人を想ってお守りをプレゼントする場合、贈り主の“念”がお守りに憑く可能性がある。その前段階として、件の御本尊と同じように、お守りを作る人物が何らかの“念”を発しながら作っていた場合、“念”が憑いてしまっていることもじゅうぶんあり得る話じゃ」

『なるほど。よかれと思ってプレゼントした物が、むしろ逆効果になることがあるのですね』

そう言い、青年は湯呑みの茶を一口飲んでから続ける。

『とは言え、パワーストーンや“お守り”には“念”を吸い取る効果があるわけですから、容量がいっぱいになるまでは持っていてもいいのではありませんか? 初詣で古い物を納めて新しい物に買い換える習慣もあるわけですし』

青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頭を振ってから口を開く。

「優秀な“霊媒体質”の人物の場合、本人が日々拾う大量の雑霊や“念”がグッズに“転写”され、一年と経たずにそれらが“霊障”を発するようになるじゃろうな」

『なるほど。それに、よく考えたら、お焚き上げをするお坊さんに“霊能力”がなければ神社仏閣に収めても意味がありませんから、結局、“霊障”は強くなって戻ってきてしまうわけですね』

青年の言葉に陰陽師は小さくうなずいてから、口を開く。

「そう言えば、以前、ワシのクライアントに強度の顔面神経痛にかかって言葉が喋れなくなった仏教の僧侶がおってな。病院の検査では原因不明。精神安定剤の類を処方されたものの一向に改善せず、幾人かの霊媒師や新興宗教の教祖のところを回った末に、ワシの元を訪れたわけじゃ」

『話せないということは、筆談でやりとりしたのですか?』

「いや、同席した奥様から話を聞いておったのじゃが、当の僧侶は高級スーツに高級腕時計を身につけており、乗ってきた車を霊的に見たら、ベンツのAMGじゃった」

『坊主に似つかわしくない姿形ですね。まさに、生臭坊主(※第8話参照)といった印象です』

青年のやや辛辣な言葉を意に介さず、陰陽師は続ける。

「ブッダは生産と生殖を禁じ、私有財産の所有を認めなかったわけじゃから、そなたの印象はあながち間違いではない。とは言え、ブッダと仏教の話は長くなるから別の機会にするとして」

陰陽師の言葉に同意するようにうなずく青年を横目に、陰陽師は続ける。

「彼の病気の原因は“霊障”だったのじゃが、病気に至った経緯を丁寧に説明したうえで、出家もせず家族を持ったことはともかく、外車を乗り回したり、クラブで酒を飲むといった行為を厳に慎み、それによって捻出されたお金を“地域社会貢献の一助に使っていただくこと”を約束していただいたうえで、霊障を取り、体を元に戻してさしあげたわけじゃ」

陰陽師の言葉に対し、神妙な表情でうなずく青年を横目に、陰陽師は続ける。

「帰り際、今のような生活をしていると将来かならず病気が再発することと、その際には“カミ”は助けるなと言っているので、くれぐれも約束は守ってほしいと“釘を刺させていただいた”」

『なるほど。やはり、行動を改めないと、次は助けてもらえないのですね』

「そこは件の坊主に心根を入れ替えてもらうための方便じゃから、厳密な話をすると、かならずしもそうとは限らぬのじゃが」

暗い表情で言った青年に対し、陰陽師は小さく笑いながらそう言った。
陰陽師の様子を見て安心したのか、青年もかすかな笑みを浮かべて口を開く。

『それならよかったです。とはいえ、そのお坊さんのように“霊能力”がなく、自分が“霊障”で苦しんでいる人物がお焚き上げをしたところで“霊障”は解消されませんし、以前(※第7話参照)も説明していただいたように、修行や読経自身には霊的に効果がないということが、あらためてよくわかりました』

「物が増えればそれだけ執着の原因も増える。それ故、できることであれば、神具やパワーストーンといった類の物は、買わない、もらわない、譲らないのが一番じゃ」

『ちなみに、すでに家にあるグッズに対しては、どうしたらいいのでしょうか?』

「既に所有している神具等については、“念”を無害化して捨てればいい。ただ、仏壇や会社に設置されている神棚などは簡単には捨てられぬじゃろうから、少なくとも半年に一度は定期的に“霊障”が憑いていないか鑑定し、“念”が憑いていたら無害化の依頼をしてもらうことは大事じゃろう」

陰陽師の説明を聞き、青年は小さくうなずいた後、控えめに口を開く。

『とは言うものの、この世は魂磨きの修行の場であり、地上天国や現世利益を軸にした社会的な観点からの幸福を得るために我々は生きているわけではないことは理解していますが、人間は己の欲には抗い難い生き物ですし、精神を安定させるために何かにすがりたくなるのはしかたない気がします』

青年がそう言った後、陰陽師は湯呑みの茶を一口飲んでから口を開く。

「そなたは、“小欲知足”という言葉を知っておるかな?」

『欲望を小さくし、今持っているものでじゅうぶんに足りていると気づくといったような意味だったと記憶しています』

「この言葉を言葉通りに受け取るとその通りなのじゃが、この言葉には過去と未来という概念が含まれているのがわかるかな」

『とおっしゃいますと?』

「まず、そなたは過去のすべての事象に対して満足しておるかな?」

『そうですね…』

陰陽師の問いに対し、青年は腕を組んでしばらく黙考してから、口を開く。

『神事を受ける前は理不尽な体験がいくつもあったので、さすがに、過去のすべての事象に満足しているということは難しい気がします』

「神事を終えてパフォーマンスが100%となった今でも、そう考えておるのかな?」

『もちろん、辛い体験をいろいろとしたからこそ先生と出会えたわけですし、人事を尽くしていたからこそ、塞がれていた相から解放され、起きる出来事が大きく変わり、神事の効果を実感できたのだとは思っています』

「そうじゃろう。すべての過去の事象は決して無駄な体験ではなく、現在の自分を自分たらしめるにあたり必要不可欠な学びだったと捉え、すべての過去の事象に満足し、感謝する心の在り様が“知足”と、ワシは思う」

真剣な表情でうなずく青年を横目に、陰陽師は続ける。

「そして“小欲”じゃが、そなたはどんな未来をも受け入れる腹積もりができておるかの?」

そう問われ、再び青年は腕を組んで首を傾げた後、口を開く。

『なるべくそうしようと日々考えては思いますが、実際には、その場になってみませんと…』

ばつが悪そうに言う青年を励ますように、陰陽師は微笑みながら口を開く。

「たしかに、今すぐそこまでの境地に達するのは難しいだろうが、今まで通り精進を続けていけば、いつの日にかはそなたもそのような境地に到達するはずじゃ。ともかく、今現在を精一杯生き、努力した事象への結果は、感謝を持ってすべて受け入れることじゃ」

『今のお話は、未来に過度の期待してみたり、希望を抱いてはいけないという意味でしょうか?』

青年の問いに対し、陰陽師は小さく首を左右に振ってから、口を開く。

「そうではない。人間のすべての希望/欲望は、すべて現在を起点としておるのは確かじゃが、たとえどのような結果になろうと気にならないくらい、今この瞬間に全力を尽くし、出てきた結果を“天の思し召し”として受け入れること、そんな姿勢こそが、“小欲”の意味だということを理解してほしい、と言っておるだけじゃ」

『なるほど。この世は、人間の“思議”でははかることのできない“不可思議”な力が働いている以上、日々の努力は努力として“その結果は天に委ねる”という心づもりが必要というわけですね』

「さよう。この世の事象は我々の思い通りには動かないし、一見成功に見える事象が失敗/破滅の萌芽を含んでいたり、逆に、一見失敗に見える結果の中に、成功の萌芽が隠れていることもあるわけじゃから、あらゆる結果に対し、我々の“思議”に基づき一喜一憂することにはあまり意味がないというわけじゃな」

『今思い出しても辛いと感じる出来事に対しても、感謝できることはないか探し、目先の出来事に一喜一憂することなく、これから起こるすべての出来事を受け入れることが天命だと肝に銘じ、歩み続けていくつもりです』

「うむ、その意気じゃ」

満足げに小さく頷く陰陽師に、青年は言葉を続ける。

『また、神具やパワーストーン系が持つ効果にあやかるのも、見えない存在にすがるという行為も、元を正せば、自分に自信を持てないからであって、パフォーマンスが100%の状態であればそれらに頼る必要もないのだと、何となく納得できました』

青年の言葉を聞き、陰陽師は満足そうに微笑みながら壁時計に視線を向ける。
それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

「気をつけて帰るのじゃぞ」

陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。


帰路の途中、青年は無闇に人から物をもらうことと、自分の物を他人に譲ることの危険性を痛感していた。
不要な物は“霊障”の無害化を依頼してから手放すことにし、必要な物、特に寝具と電子機器は定期的に無害化を依頼することを決意するのだった。
そして、今やるべきことに全力で取り組み、過去や未来に対する執着も手放していくのだった。

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