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新千夜一夜物語 第29話:SNSと雑霊の脅威

青年は思議していた。

今回は、SNSを介した誹謗中傷を苦に、自ら命を断ってしまった木村花についてである。
もともとプロレスラーとして活躍していた彼女が、番組を盛り上げるためにそのキャラクターを買われ、テラスハウスという番組に出演していた。ところが、番組中のとある場面をきっかけとして、ツイッター上で誹謗中傷コメントの集中砲火を浴び、それを苦に自殺した。

今回のように、加害者と被害者の間に面識がない関係、つまり赤の他人からの行為によって、彼女のような有名人が亡くなることは、かつての日本では稀な出来事であった。
しかし、SNSというツールがこの世に存在する限り、こうした誹謗中傷による事件は今後も起こりえるに違いない。
あるいはまた、彼女が命を断った背景には、霊障が絡んでいたのかもしれない。

一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪ねるのであった。

『先生、こんばんは。本日は木村花とインターネットのコメントについて教えていただけませんか?』

「ほう、それは少々変わったテーマじゃな。して、具体的にはどういった出来事があったのかの?」

青年は木村花の人となりと、事件の経緯について説明した。陰陽師は指を小刻みに動かした後、青年に問いかけた。

「ちなみに、そなたなりには木村花の鑑定結果に対し、どのような見立てを立てておるのかな?」

突然の問いに、青年はかすかに黙考した後、答えた。

『おそらく、彼女には先祖霊の霊障か天命運に“5:事故/事件”の相がある、あるいは魂の属性が3(9)−3で、スポーツ・芸能・芸術世界の厳然たるルールに抵触したのではないかと』

青年の答えに対し、陰陽師は小さくうなずいてから紙に鑑定結果を書き記していく。鑑定結果を見た青年は、表情を曇らせながら口を開いた。

木村花


『やはり、木村花はスポーツ・芸能・芸術世界の厳然たるルールに抵触する属性でしたか…』

「どうやら、そのようじゃな」

小さく頷きながら、居住まいを正す青年に、陰陽師が問いかける。

「質疑応答を始める前に、そなたの理解度の確認も兼ねて、魂の属性2−3−5−5…2に関するこの世のルールについて、今一度、そなたの口から説明してもらおうかの?」

『はい』

青年は、考えをまとめるように、一瞬黙り込んだ後で、口を開いた。

『プロのスポーツ・芸能・芸術世界を生業にできる人物は、魂の属性が2(4)-3−5−5…2か2(7)−3−5−5…2、つまり輪廻転生の回数が240回代の“小山”か270回代の“大山”の魂3:武士・武将階級であり、基本的気質と具体的性格の上段の数字が共に“5”で、魂の特徴の最後の数字の上段の数字が“2”に該当します』

そう言うと、青年は一息つき、陰陽師の補足がないことを確認した上で、ふたたび口を開く。

『また2(4)はスポーツと芸能、2(7)は芸術全般に従事する人物となります。なお、一部の例外としてオネエやセクシー女優といった、個性を売りにしてデビューした人物、あるいは、功成り名遂げた後でヌードをさらす女優などは、2(3)−3−5−5…2という属性となりますが、こちらもルール上はセーフとなります。結論として、この世には、2(3)、2(4)、2(7)という差はあるものの、大きくいって2−3−5−5…2という魂の属性を持った人物だけがこれらの世界で働くことができるという、この世の厳然たるルールが存在しています』

青年のここまでの説明に対し、陰陽師は小さくうなずいてから口を開く。

「今回の木村花を含め、この世のルールに抵触してしまい、排除命令の対象となる人物の魂の属性については覚えておるかな?」

『転生回数が190回代で運気が“大々山”である3(9)−3−5−5…2や、芸術関係に限定されますが転生回数の十の位が70回代で運気が“大山”である370回、1(7)−3−5−5…2があり、転生回数期が早すぎても遅すぎても排除されてしまいます』

「あとひとつ、それ以外の条件も覚えておるかな?」

陰陽師にそう問われ、青年はあごに手を当てて黙考した後、口を開く。

『あとは、転生回数が第二期であっても、2(4)―3−7−7…2や2(4)―3−5−5…1といった、一部の数字が異なるだけでも排除の対象になってしまいます』

「うむ。しかと勉強しているようじゃな」

青年の回答に、にこやかに頷いた後で、陰陽師は言葉を続ける。 

「木村花の鑑定結果を鑑みるに、仮に彼女がプロレスに専念していたとしても、いつの日か排除命令によって何らかの事故に遭うか再起不能の大怪我を負って引退していた可能性が高かったわけじゃが、加えて、先祖霊と天命運に“5:一般・事件・自殺”の相があったことを伏線として、テラスハウスに出演したことが決定的な要因となり、排除命令が早まってしまったのじゃろう」

『つまり、テレビ番組に出演することも2−3−5−5…2の領域ですから、ルール違反が二つになってしまったと?』

「さよう。わかりやすく言うと、合わせ技一本というわけじゃな」

陰陽師の回答を聞き、表情を曇らせて顔を伏せる青年。ふと、顔を上げて再び口を開いた。

『確か、木村花の母親もプロレスラーでしたが、彼女は属性的に問題はなかったのでしょうか?』

「鑑定しよう。少し待ちなさい」

そう言い、陰陽師は指を小刻みに動かして鑑定を始める。
青年は食い入るように結果を見つめ、やがて口を開いた。

木村響子

『なるほど。木村花の母である木村響子は、プロレスラーに適した属性だったのですね』

青年の言葉に陰陽師は小さくうなずいて見せ、再び鑑定結果を書き記していく。

「気になったからついでに鑑定してみたが、木村花は父親とソウルメイトだったようじゃな」

木村花の実父

『たしかに数字が似ていますが、魂の属性は血液型のように、両親の属性を受け継ぐものなのでしょうか?』

「受け継ぐという言い方が適切であるかどうかはともかく、基本的にはそなたの言う通りじゃ。ただし、ソウルメイトの範囲は両親だけに限らず、祖父母、あるいは曽祖父母の14名となる」

陰陽師の補足に対し、青年はうなずいて納得の意を示し、口を開く。

『実父はインドネシア人で既に離婚しているとネットに書かれてありましたが、先祖霊の霊障と天命運に“8:異性”の相があるだけではなく、両親共々とも恋愛運が7と低いことから、そのあたりの事情は納得といったところですね』

陰陽師が、黙って首を縦に振るのを確認した後で、青年は続ける。

『木村花が母方の魂の属性を受け継いでいたら…とは思いますが、木村花も今世の役割を果たすのに適した属性と環境を選んで転生して来ているのでしょうから、そのような意味では、今回の件はしかたないと考えるしかないのですね』

「彼女が地縛霊化していたことから、それは何とも言えんな」

『えっ、そうなのですか。今世の彼女に、他の選択肢が残されていたのかもしれないとおっしゃるのですか』

そう言い、腕を組んで眉間にシワをよせる青年に、陰陽師は問いかける。

「今回の事件の発端としては、ネットによる誹謗中傷の影響も大きいということは理解しておるな?」

『とおっしゃいますと?』

「ワシの元に日々数え切れないほどの雑霊のお祓いの依頼が来ていることは、そなたも知ってのとおりじゃが、この雑霊、そして生きている人間の“念”というものは、実は、インターネットの周波数と非常に似通っておるんじゃ」

陰陽師の説明に対し、青年は目を見開き、身を乗り出しながら問いかける。

『ということは、木村花への誹謗中傷コメントを書き込んだ人間の念が、我々が想像している以上に、インターネット上のコメントを介して木村花を自殺に追い込む影響力を持っていたと?』

怪訝な表情で問う青年に対し、陰陽師は小さくうなずいて口を開く。

「ワシのクライアントの中でも霊媒体質のスコアが高い人物に対しては、インターネット、特にSNSの使用をなるべく控えるように言っておる。というのも、投稿者が負の感情をぶつけるような投稿をした場合、それを偶然読んでしまうことで、その投稿が当人に向けられたものでなくても負の感情を拾ってしまい、心身に不調が出ることがあるからじゃ」

『僕も攻撃的な投稿をする人物の文章を読んだ際に、なんだか胸のあたりがモヤモヤすることがあるのですが、それもそうとは知らずにその人間の念を拾っていたのでしょうか?』

「その可能性は極めて高いじゃろうな。以前(※第15話)も話したが、人間の念にはポジティヴ・ネガティヴの両面が存在することから、たとえ発信者が良かれと思って投稿している内容にも注意が必要なんじゃ」

『あなたに幸せエネルギーを送ります、などといった投稿をよく見かけますが、実は、あれも念の一種なのですね』

青年の言葉に陰陽師はうなずいて答え、口を開く。

「そうした一見ポジティヴな念を拾い、一時的に気分がよくなった気になるかも知れんが、実は、それらは非常に危険な行為なんじゃ」

『え、そうなのですか。しかし、なぜ?』

「そのような行為は、ワシに言わせると、ある意味、覚せい剤を使用し、一時的に気分を高揚させているのと何ら変わりはない。さらに危険なのは、それらの行為に、麻薬同様、習慣性があることじゃ」

『つまり、気分が落ち込んでいる時に、そうしたサイトにアクセスを繰り返すことで、本人にも気づかぬうちに習慣化してしまうと』

「まあ、簡単に言うと、そういうことになるかの」

青年の言葉に、小さく頷いた後で、陰陽師は言葉を続ける。

「そのような行為を繰り返しいるうちに、ネットの世界が精神の安定に必要不可欠だと勘違いし、暇さえあればネットを使用するようになってしまう。そして、その結果、アクセスするたびに他人の念を拾うという悪循環に陥るわけじゃな」

『なるほど。そのような過程を経て、本人も気づかぬうちに、ネット依存症になっていくわけですね』

「もっと正確に言うと、万人にネットに依存するなと言っているわけではなく、そもそも、“幸せエネルギー”なぞという怪しげなものに反応してしまう魂の属性3の人間は、そのようなサイトに近づくべきでないと言っているわけじゃ」

腕を組んで陰陽師の説明に思考を巡らせていた青年だったが、ふと顔を上げ、慌てた様子で口を開いた。

『しかし、“アクセスするたびに”ということは、例えば、SNSのように双方向のやりとりを必要としない、ウェブサイトを訪問するだけでも、訪問者は影響を受けてしまうのでしょうか?』

「そなたは、生き霊が相手のことを思い浮かべただけでその人物に飛んでいくことがあるのは理解しておろうな?」

『はい。怒りや憎しみといった負の感情だけでなく、例えばアイドルに向けられる好きという気持ちといった、一見正(のようにみえる)の感情のようなものも、念/生き霊になり得ると理解しています』

「うむ。そなたの言う通り正の感情は一見、無害のように思われるが、親から子への過干渉などの例をみればわかるように、受け取る側からすれば、よいものばかりとは限らないものなのじゃ」

『モテすぎて困っている友人がいましたが、ストーカーも、行き過ぎた正の感情による念と考えると納得がいきます』

そう言い、腕を組み直す青年を横目に、陰陽師は再び口を開く。

「さらに、もう一つ危険なことは、ウェブサイトを訪問した時点で、相手の念が自由に行き来できる霊的な道(霊道)を自ら作ってしまうことなんじゃ」

『なるほど。自分が認識するしないにかかわらず、そのような影響を受けてしまうとは…。いずれにしても、好奇心で怪しいウェブサイトにアクセスしない方がよさそうですね』

顔を引きつらせながらそう言う青年に対し、陰陽師は大きくうなずいて続ける。

「生きている人間の念/生き霊も含めてワシは雑霊の霊障と呼んでおるのじゃが、そなたのような霊媒体質である魂3の人物は、自身が想像している以上に心身が悪影響を受けていることをしかと頭に叩き込んでおくことじゃ」

『かしこまりました。霊障の影響を受けない魂7の人々の方が圧倒的に多いため、世間では霊障に関する話題も“気のせい”と一蹴されてしまう風潮がありますが、魂の属性3の僕は魂の属性3の基準で生きようと思います』

真剣な表情でそう言った後、青年は鑑定結果が書かれた紙を再び覗き込む。

『木村花も魂の属性3ですから、やはり誹謗中傷コメントから影響を受けていたのですね…』

そう言い、顔を伏せる青年をいつもの笑みで見守る陰陽師。少しして、陰陽師はふとした疑問をつぶやいた。

「ちなみに、木村花への誹謗中傷はどういった内容かわかるかの?」

『アカウントが削除されて今は確認できませんが、調べてみます』

陰陽師の言葉に顔を上げた青年は、スマートフォンを手早く操作し始める。該当の内容を見つけると、青年はツイートを読み上げる。
青年が読み上げたツイートを聞いた後、陰陽師は鑑定結果を紙に書き記していく。

“お前がいなくなればみんな幸せなのにな。まじで早く消えてくれよ。”

けんけん

鑑定結果を見た青年は、小さくため息を漏らしながら口を開く。

『頭が2で、魂の属性が2−4の人物でしたか。何となく予想はしていましたが…』

「いつも言っているように、人間は複雑な要素が重なって構成された複合体なわけじゃから、頭が2で魂2−4の人物だからと一括りにしてはいかんぞ」

陰陽師の言葉に対して青年は小さくうなずいて見せ、再び口を開く。

『はい。この人物の場合、魂7ですから、自分が発した念がコメントを介してダイレクトに木村花に影響をあたえ、今回のような事件を起こす引き金になるとは思いもよらなかったでしょうね』

「その通りじゃな。さらに、この人物の場合、“大局的見地”と“仁”のスコアが“30”と極端に低いことから、そもそも自分が発する言葉にしてもコメントにしても、相手がどのように受け取るかということを想像することも難しいのじゃろう」

『なるほど』

「で、他に気になるコメントはあるかの?」

陰陽師の問いに青年は小さくうなずき、再びスマートフォンを操作する。
青年が読み上げたコメントに対し、陰陽師は一つずつ鑑定結果を書き記していく。

“「今後は」とか言わずに、今回の件で追跡できるなら徹底してリストアップした上で、なんらかの処罰やペナルティを課すことができないか検討してほしい。人が死んでいることを忘れずに対応してほしい。”

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“誹謗中傷の画像を保存している人はたくさんいるはず。人が死んでいるんです。追い詰めた側には厳しくしてほしい。もちろん、このきっかけとなった番組側への徹底調査もお願いします。”

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『この二つは特に反応が多かったコメントだったのですが、魂4と魂3であることが興味深いです』

「たしかに、魂3の方のコメントは特定の立場の人物を責め立てるのではなく、公正な視点で原因を追求しようとしているのに対して、前者のコメントの場合は、二度と同じような事件が起きないためにどうすべきかというよりは、犯人を探し出し、罰するべきという偏狭な倫理観が先に来ているところが、魂4らしいと言えばそうかもしれんな」

『先日お聞きしましたが(※第28話参照)、犯人を見つけて罰をあたえたらそれで終わりではなく、“罪を憎んで人を憎まず”ということわざにもあるように、今回の出来事から自分は何を感じたのか、何を学ぶのか、それらを糧としてどう生きていくのかといったことを考えることが重要なのですよね』

「さよう。ワシが伝えたことをだいぶ理解してきているようじゃな」

照れ隠しで無言のまま小さく頭を下げた後、青年は次のコメントを読み上げた。

“たぶんプロレスラーとしての行動に対する誹謗中傷には普通に耐えられたのでしょうが、自身の内面やプライベートな部分に触れる非難はきつく刺さったのかもしれません。そういった意味で、テレビで自分を晒すという事の覚悟が少し足りなかったのかもしれませんね。”

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『テラスハウスのようなリアルを謳った番組であっても、実際は台本が存在していると聞いています。木村花は悪役のプロレスラーというキャラクターを買われてあの番組に出たのでしょうから、素の自分を100%晒していたとは思えないのですが』

「番組というのは視聴率が全てといっても過言ではないわけじゃから、出演者のバランスとして、あえてクセのある人物を選び、それらの人物に視聴者がよろこびそうな過激な出来事を意図的に起こさせることなぞは、じゅうぶんあり得るのじゃろうな」

陰陽師の言葉に青年は大きくうなずいてから口を開く。

『Twitterを見るかぎり、普段の木村花の性格は、プロレスや番組上とは違っている印象でした。やはり、自分が番組に選ばれた意図を理解し、ああいったキャラクターを演じていたのではないかと思います』

「さらにじゃ。ああいった番組は、複数のカメラを設置し、回していることから、出演者個々人の24時間全ての言動を放映するわけではなく、そうやって映した膨大な映像の一部を、番組側の意図に沿った形で切り取り編集することで、視聴者の印象操作も行われていたわけじゃしな」

『木村花としても、番組や視聴者のことを考えての振る舞いが、あそこまで叩かれるとは思いもしなかったでしょうし。制作者側の演出意図を理解してもらえなかったこと、素の自分が歪んだ形で解釈されてしまったことを考え合わせると、胸が痛むとしか言いようがありません』

そう言ってうつむく青年を励ますように、陰陽師は優しい声色で語りかける。

「芸能人といっても、しょせんは我々と同じ、血の通った人間じゃ。芸能や芸術が批判されることはあっても、人格まで誹謗中傷される必要はない」

『そうですよね。テレビで放映された内容だけが木村花の人格ではありませんし、画面越しに彼女を見ている人物に彼女の素顔など絶対にわかるはずはありませんから』

そう言い、青年は次のコメントを読み上げた。

“インターネットで匿名で他人をコキ落とせる形ももちろん問題でしょうが、木村さんにも全く問題がなかったわけではないはず。インターネットでの批判は国民の総意ではなく、ごく一部の暇な自制心がない方の意見にすぎないことを自覚して、動揺しないことです。”

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『このコメントを書き込んだ人物は、実際に自分が今回のような誹謗中傷のターゲットになったとしたら、こんな悠長なことを言っていられないと思います』

「その通りじゃな」

『自ら体験もしていないことを、上から目線、しかもしたり顔で語ってしまうところが頭が2の2−4らしいと思いますし、ダルビッシュ投手が有名人の誹謗中傷の比喩として用いた、“イナゴの大群が自分の周りを通過している写真”を見ながら、僕が有名人であったとしてもSNSを辞めたくなるだろうな、と思いました』

「たしかに、そなたの言う通りじゃな」

そう言って苦笑いする青年を横目に、陰陽師は笑みを浮かべながら小さくうなずく。やがて、青年は次のコメントを読み上げる。

“中傷されていたことがわかっていたのに、番組も周囲も木村さんを助けようとしなかったのだろうか?悪いのは中傷していた人たちだが、誰も彼女が生きている時に救えなかったのだろうか。”

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『有名人に対する誹謗中傷は日常茶飯事といっても過言ではありませんから、木村花は周囲にヘルプを求めにくかったかもしれませんし、仮に助けを求めても、“気にするな”の一言で片づけられてしまっていた可能性も高いように思います』

「しかも、この投稿者の場合、魂7であることから、霊障の影響も含め、霊的な問題が介在していたとは夢にも思わんじゃろうからわからないのも無理はない」

“こういう時信じるべき人はファンです!どんなに素晴らしい人でもアンチは必ずいます。顔の見えないネットからの誹謗中傷を鵜呑みにしないでください!“

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「この人物のように、励ましの言葉をストレートに表現できる点は、魂4の強みでもあるのじゃろう」

『頭が1で魂の性質が4、魂の特徴がオール1という少ない属性の人物ですね。しかもパフォーマンスが90%と高い! ある意味純真な4−4だからこそ、他者の視線に晒される有名人のアカウントにおいても、このような応援コメントを書けたのでしょうね』

「さよう。いくら魂1〜3が論理ベースであるとは言え、感情がないわけでもないし、感情の一側面である情念なぞは魂3の専売特許であるわけじゃが、気分が落ち込んでしまった時には、こうした頭1の4-4の直球とも言える応援が落ち込んでいる当人にとって、一番の薬なのじゃろうな」

『生前、木村花がこのようなメールに目を通していてくれれば、あるいは最悪の決断を思いとどまったのかもしれませんね』 

「その通りかもしれんな」

小さく頷く陰陽師を見ながら、青年は言葉を続ける。

『ところで、このコメントは、誹謗中傷コメントの次に投稿されていたのですが、人の感情は正よりも負の方が強いのか、木村花には誹謗中傷の念の方が強く残ってしまったのだと思います。SNS、特にTwitterは負の感情が込められた投稿の比率が他のSNSに比べて多い気がします』

「ワシの場合、おぬしと違いそれほど多くのTwitterに目を通しているわけではないが、おぬしの言うように、負の投稿の方が圧倒的に多いことはたしかなようじゃし、誰が投稿したにせよ、Twitterという発信方法が、感情の捌け口として使用されている側面は否定できぬのかもしれんな」

“コスチューム事件はどっちもどっちですが、自分は間違ってないと考えていた花さんにも問題はあると思うし、そこに対しての批判は別に良いと思う。ただ、人格否定や消えろといった誹謗中傷はよくないと思います。”

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『この人物は頭が2の魂3ですか』

属性表を覗き込みながら、青年が言葉を続ける。

『たしかに、世の中には批判と誹謗中傷を混同している人は多いと思いますし、特定の事象を悪として規制や禁止の対象とすれば問題が解決するわけでもないと思うのですが』

「たしかにそなたの言う通り、臭いものに蓋をすればいいという単純な問題ではないのじゃろう。世の中の大多数の人間が我々のようなものの見方をできない以上、決定的な解決策を探し出すのは、かなり難しいのじゃろうな」

「たしかに」

陰陽師の言葉に小さく頷く青年を眺めながら、陰陽師が訊ねた。

「ところで、ここにあるコスチューム事件とはどういった内容なのかの?」

陰陽師にそう問われ、青年は該当する記事をスマートフォンで見つけ、陰陽師に見せる。
一通り記事に目を通した後、陰陽師は口を開いた。

「なるほど。木村花にとっては、コスチュームは職業道具であり、かなりの金額を費やして作成したものなわけじゃな。そして、そんな大事なものを一般の洗濯物と一緒に出した木村花も不注意じゃったかもしれぬが、当該の男性の方も職業道具へのリスペクトが足りなかったわけじゃな」

『それに対し、彼女は男性に対し暴言を吐いていましたが、ああいった言動も番組を盛り上げるための演技だったのでしょうか?』

青年の問いに対し、陰陽師はかすかに黙考し、口を開く。

「半分本音で半分演技だったのじゃろうな。つまり、怒ったのは本当だったとしても、怒りの表現方法については、彼女がキャラクターを演じて過剰に行なったと思われる。そして、そこに魂4の偏狭な正義感が反応し、誹謗中傷をしたのじゃろう」

『自分を中心にものを考えると、その時の映像を見ている時に感情が動くこともあるとしても、時間がたつにつれ、あれは番組の演出なんだと気づき、誹謗中傷コメントを残すまでにはならないと思うのですが』

「それは頭が1で魂が3のおぬしだから言えることであって、参加意識が高い魂4の場合は、少々事情が違う。彼らの偏狭な正義感に火がつき、感情の赴くままにコメントを書くわけじゃから、誹謗中傷の方が多くなってしまうのは当然の帰結なのじゃろうな」

陰陽師の言葉を聞き、青年は苦渋の表情を浮かべて腕を組み、黙り込む。
陰陽師はそんな青年を横目に、湯呑みの茶を飲む。
やがて、青年は顔を挙げて陰陽師に声をかけた。

『ふと思ったのですが』

「うむ?」

『インターネットがなかった時代は、政治家や芸能人の悪口や誹謗中傷は自宅や、居酒屋で酒を飲みながらするか、テレビ局などに直接電話するくらいがせいぜいだったものが、ネットを使い、掲示板やSNSにコメントができ、それが公開されるようになった結果、本人にまで直接届いてしまうようになったのですよね』

「うむ。インターネットの存在によって庶民に発言権があたえられ、しかも参加意識が高い魂4がこぞって発言した結果、彼らの意見があたかも大多数の意見として捉えられるようになってしまい、彼らの偏狭な正義感に触れると事実がどうであれ、たちまち炎上し、拡散する困った風潮が定着してしまったことだけは間違いあるまい」

『そして、炎上した出来事に関して、僕たちのような属性分析ができないマスコミもテレビ局も、紙媒体の新聞社も、ネットのコメントに気を遣わざるを得ない現状になりつつあると』

「その通りじゃ」

『さらに言うと、政治家もその例外ではなく、政治家の小粒化が起きている原因の一因も、参加意識が高く、偏狭な正義感を持った魂4のインターネットへの参加が原因なのだと(※第13話参照)』

青年の補足に陰陽師は小さくうなずき、続ける。

「庶民が自由に発信できるようになったといった問題だけでなく、庶民には関係ない情報まで自由に受信できるようになってしまった、という問題もあることを忘れてはならぬぞ」

『そうでした。知識や知恵を共有するという意味では、インターネットには大きなメリットがあり、科学と技術の進歩に必要不可欠な反面、堅強な正義感が、時として暴走をする怖さというものをしっかり認識する必要があるわけですね』

「それだけではなく、魂の属性3(霊媒体質)の人間にとって、そもそもSNS自体が危険であるという認識も忘れてはならぬ」

『そうでした。人間の念、特に負の感情が蔓延するという意味でデメリットがあるとのお話でしたよね』

「その通りじゃ。インターネットの周波数と雑霊のそれとが類似しているために、なおさら個人に対して念が届きやすくなるという危険性については、今回の木村花の事件でそなたもよくわかったことじゃろう」

『はい。大量の誹謗中傷をネット上でのいじめと考えるなら、ネットを介して見知らぬ人物からのいじめによって、有名人が命を絶ってしまったことは大きな問題だと思います』

青年の言葉に陰陽師はうなずいて見せ、再び口を開く。

「とは言え、今回の事件が大きな問題を孕んでいるとしても、インターネット自体の恩恵をいまさら無視することもできんわけじゃし、インターネットなしの世界に戻ることなぞ、なおさら現実的な話ではない。故に、せめて魂4の“大局的見地を欠いた、偏狭な正義感”により先鋭化する意見に“染まる/同調する”ことなく、そなたも含めた魂1〜3の人物が、もっとネットに積極的に参加し、“公正な”意見・主張を繰り広げてほしいと願うばかりじゃ」

『そうですね。インターネットのメリットとデメリットをよく理解したうえで活用していこうと思います。また、情報を集める時は信憑性や本質をよく吟味し、自分なりの意見をしっかり主張していこうと思います』

「その意気じゃ。参加意識が高い魂4のコメントだけを拾われて、それが国民の総意にされてしまわないように、ぜひ頑張ってほしい。それともう一つ」

黙って続きを待つ青年と視線を合わせ、陰陽師は続ける。

「インターネットを使用していて心身の不調を感じたら、他者の念/雑霊のお祓いを依頼することも忘れぬようにの」

『はい。何か不調を感じたら、我慢せずに依頼します』

青年は力強い眼差しで大きく頷く。そんな青年の様子に満足したのか、陰陽師はいつもの笑みをたたえてうなずく。
陰陽師は湯呑みの茶を一口飲んだ後、時計を見て口を開いた。

「そろそろ時間のようじゃな。気をつけて帰るのじゃぞ」

『今日もありがとうございました。また、よろしくお願いします』

そう言い、青年は立ち上がって深々と頭を下げる。
陰陽師はいつもの笑みで小さく手を振り、青年を見送る。

帰路の途中、青年はアトピー性皮膚疾患に悩んでいた過去を思い出していた。
現在はほぼ完治しているが、当時はムシャクシャした時に、いけないとわかっていながらも肌を掻きむしってしまい、症状を悪化させていた。あの行動は、他者の念/雑霊の影響によって“15”の症状が顕在化していたのだろう。

雑霊による精神疾患

ほとんどの現代人にとって、SNSを使わない日はないと言っても過言ではない。だからこそ、心身の不調を感じた時は“気のせい”、“すぐに治まる”と思わず、陰陽師に雑霊のお祓いを依頼しようと、青年は決意を新たにするのだった。



帰宅後、どうしても確認したいことがあり、青年は陰陽師に電話をかけた。

「どうした、こんな時間に。何かあったかの?」

『いえ、そうではないのですが、地縛霊化している木村花の魂は、母親である木村響子や他の誰かが救霊の神事をしない限り、ずっとこの世に留まることになるのですよね?』

「正確には、彼女に子孫がいないことから、しばらく時が経った後に親族の中で魂の属性3の人物にかかることになる。もっとも、彼女にかかられた親族が、彼女の魂を救霊できる霊能力者(±1〜3)と出会えなければずっと地縛霊化したままじゃが」

両者の間に沈黙が流れる。
やがて、意を決した青年は真剣な表情で口を開く。

『木村花は僕にとっては赤の他人ですが、そんな僕が彼女の救霊神事の依頼することは可能なのでしょうか?』

青年が取る選択を予想していたのか、いつもと変わらぬ陰陽師の声が返ってきた。

「もちろんじゃとも。というより、そなたならそう言うと思い、今し方神事をしておいたところじゃ」

呆気にとられ、しばらく言葉を失う青年。そんな青年の様子がおかしかったのか、受話器越しに陰陽師が小さく笑っているのが聞こえる。

『先生には敵いませんね』

小さくため息をつきながら、青年はそうつぶやく。

「まあ、ワシの人生にもいろいろあったからのお」

そう言い、さわやかな笑い声を上げる陰陽師に対し、青年は無言で頭を下げて答える。

「あとはどうじゃ。まだ他に聞きたいことはあるかの?」

『いえ、大丈夫です。遅い時間にありがとうございました』

「どういたしまして。おやすみ」

その言葉を最後に、電話は切れた。

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