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新千夜一夜物語 第27話:大量殺人事件と不動明王(前編)

青年は思議していた。

相模原施設殺傷事件の加害者である、植松聖に死刑判決が下された報道についてである。
この事件は、第二次世界大戦後、最大の大量殺人事件(19名が死亡、26名が重軽症)と言われている。
植松被告は殺害する相手を選んでいたことから、2018年東海道新幹線殺傷事件(※第19話参照)のような無差別殺傷とは異なり、何らかの意図があって犯行に及んだように青年には感じられた。
両者の違いは何なのか。何にせよ、彼にも霊障があるに違いない。

そう思い、青年は陰陽師の元を訪れた。

『先生、こんばんは。本日は大量殺人事件について教えていただけませんか?』

「大量殺人事件とは、また物議を醸すようなテーマじゃな。して、どんな事件かの?」

青年は、相模原施設殺傷事件の内容を陰陽師に伝える。

『この事件のことをいろいろと調べていてふと気になったのですが、大量殺人事件を起こす人物には、魂の種類や霊的特性に何らかの共通点みたいなものがあるのでしょうか?』

「いつも言っているように、人間は複雑な要素が重なって構成された複合体なわけじゃから、大量殺人者はこうといった公式みたいなものは存在しない。じゃが、ワシがみる限り、本来我が国にほとんどいないはずの4-2という属性を持った人物に凶悪犯罪者が多いということは言えるかも知れん」

『え、4−2? 転生回数期が第四期の魂2:制服組(軍人・福祉関係)の一部が連続殺人者ですと?』

そう言い、唸り声を上げる青年を横目に、陰陽師は湯呑みの茶を一口飲んでから声を掛ける。

「どうも合点のいかぬ顔をしているようじゃから、今日は魂2の特徴についてゆっくり説明するにあたり、そなたの知識を再確認するためにも、覚えている範囲でかまわんから、魂2の特徴について、説明してもらえるかの」

青年は湯呑みに注がれた茶を一口飲んで喉を潤わせた後で、口を開く。

『魂2はかつては諸侯・貴族階級を形成していましたが、それらの階級が消滅した現代では制服組(軍人・福祉関係)の多くに分布している属性で病院の看護師、福祉関係、そして防衛装備庁・自衛隊などで活躍しているとお聞きしました』

「うむ、基本的な話は、しっかり理解できているようじゃの」

にっこりと微笑みながら、陰陽師は言葉を続ける。

「して、そなたのその説明にひとつだけ付言すると、魂2の大半は、まだ貴族という階級があった時代においても、たとえば**伯爵のように、世に出て活躍するというよりも、王や皇帝をサポートする役割の人物が多かったという歴史的な事実もあわせて頭の片隅に留めておくとよいじゃろう」

陰陽師の助言に青年は手を打ち、口を開く。

『なるほど。貴族という階級が存在しない現代では、上記以外にも福祉・医療関係の幹部職員、NPO・NGO、WHO等の世界的福祉機関の職員として従事している方が多いという話もそのような歴史的背景からきているのですね?」

「その通りじゃ」

陰陽師は、ふたたび一つ頷いた後で、言葉を続ける。

「さらに、職業と呼べるかどうかはともかく、町内会長、お祭りの実行委員長といった世話役なども、彼らの現代の主要な活動分野となっている。また、魂2の人間は総じて“質実剛健”であるとともに、かつては貴族であったにもかかわらず、ブランド品などの装飾品などにもあまり興味がなく、贅沢をしない人間がほとんどという特徴も合わせ持っておる」

『お話を伺うかぎり、貴族という言葉から想起されるイメージとは裏腹ですね』

ちょっと意外そうな顔をしている青年に、陰陽師が言葉を続ける。

「もちろん、現代に生きる魂2の人々が一様に金持ちというわけではないが、仮に富裕層であったとしても、見栄を張るようなこともない。たとえ、高価な服を身に着けたり厳選された食材を買い求めることがあったとしても、日常の生活は極めて質素なことが多い。一方、性格的に穏やかな人物が多い反面、程度の問題はさておき、魂の属性3を中心として精神疾患を抱える人間が多いのも魂2の特徴の一つとなる」

『つまり、自らの富や名声をこれ見よがしに誇示するのは、魂4の人物が多いわけですね?』

「4-4にはそもそも該当する人物はほぼ存在しないので、そなたが言いたいのは2-4のことなのじゃろうが、自己顕示欲が強いという点では、むしろそなたたちのような魂3が一番じゃろうな」

『げげ、そうなのですか?!』

思わぬ展開に、驚きの声を上げる青年に、陰陽師が言葉を続ける。

「たとえば、芸能人や、いわゆるセレブと言われる人々がほとんど魂3であることを考えれば、そう驚くことはあるまい」

「たしかに。僕みたいな少数の例外を除けば、世間を牛耳り、ブイブイ言わせている人々はほぼ魂3でした」

頭を掻きながらそう答える青年をおかしそうに眺めながら、陰陽師は紙に輪廻転生回数と各期について書きあげ、脇に“観音”と不動明王“と付け加えた。

<各期と輪廻転生回数>
第一期/老年期……301~400回(61~80歳)
第二期/円熟期……201~300回(41~60歳)
第三期/青年期……101~200回(21~40歳)
第四期/幼年期……1~100回(0~20歳)
※人生を80年と仮定した場合。

陰陽師が筆を止めたのを確認し、青年は問いかけた。

『この、“観音”と“不動明王”とはどういう意味でしょう?』

「この二つは魂2の性格を理解するキーワードとなる言葉なのじゃが、全ての説明を聞けば、おのずと理解できるものじゃから、後にしよう」

陰陽師の言葉に対し、青年は黙ってうなずいてみせる。そんな青年に、陰陽師が説明を続ける。

「この世に転生してきたばかりの第四期の魂は、各魂1〜4に共通する傾向として、人生経験が少なく、魂が未熟であることから、喜怒哀楽の論理構成がきわめて単純であり、いわゆる哲学的/形而上学的な思考回路が未熟である傾向が強い。それ故、物事の判断が極めて即物/短絡的という傾向がどうしても強くなる」

『つまり、植松被告もこの期に該当していると?』

青年の言葉に小さく頷きながら、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

植松聖

青年は陰陽師が書き記した植松被告の鑑定結果に目を通し、口を開く。

『彼の場合、天命運に“5:一般・事件・加害者・死亡”の相がありますし、全体運が3と極端に低いという特徴もあるにはありますが、自らの思想を主張するにあたり、今回のような事件を引き起こしてしまうところが、第四期らしいとも言えそうです』

「そなたの言う通りじゃな」

青年はしばらくスマートフォンを操作し、再び陰陽師に問う。

『ちなみに、他の大量殺人事件、2011年ノルウェー連続テロ事件の犯人であるアンネシュ・ブレイビクと、1938年の“津山三十人殺し”の犯人である都井睦雄と、浅間山荘事件の犯人である坂口弘の魂の属性はいかがでしょうか?』

陰陽師は無言で鑑定結果を書き記し、青年に差し出した。

アンネシュ・ブレイビク
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坂口弘

三人の鑑定結果を見比べ、青年は首を傾げながら口を開く。

『アンネシュ・ブレイビクと都井睦雄は植松被告と同じく第四期の魂2ですが、坂口弘は転生回数が第二期の魂3の武士なのですね。天命運に“5:事件・加害者・死亡”がありますが』

「第四期の魂2の二人は鉄砲玉のように単独で犯行に及んでいるが、坂口弘は徒党を組んで中長期的にテロ活動を行なっていたことから、第二期の魂3という成熟した魂ゆえに成しえた事件という言い方もできなくはないが、この事件は時代が引き起こした事件と考えた方がいいじゃろうな」

『とおっしゃいますと?』

「以前、デモは4-4の専売特許という話をしたと思うが、現在の安倍首相の祖父である岸信介元首相が成立させた日米安全保障条約(安保条約)に反対して国会議員、労働者や学生、市民および批准そのものに反対する左翼や新左翼の運動家が参加した反政府、反米運動とそれに伴う大規模デモ運動である1959年(昭和34年)から1960年(昭和35年)安保闘争、そして1970年(昭和45年)の第2次安保闘争、それに派生する安田講堂事件や日大闘争、左翼団体などは成田闘争、さらには連合赤軍のあさま山荘事件なぞは、4-4ではなく、魂3が中心になって起こした特異な事件ということができるからじゃ」

『なるほど』

小さく頷く青年を見ながら、陰陽師が説明を続ける。

「次に、第三期の魂2(3-2)じゃが、この時期の魂2は、魂3・4などと違い、社会的な上昇志向よりも魂2が持つ優しさ、奥ゆかしさ、慈愛といった側面が最大限に発揮されるという特徴を持つ。ワシが独り身のクライアントに、3−2の女性を見つけたら土下座してでも結婚してもらうようにと勧めるのもそのあたりの理由による」

『先生がそこまでおっしゃるとは! 3-2の女性はまるで観音のような存在というわけですね』

陰陽師の言葉に驚き、青年は思わず声をうわずらせる。

「当然のこととして、これらの法則は人間のみならず動物にもあてはまることから、たとえば、ペットとして猫を飼うような場合にも、3−2の猫を飼うようクライアントに勧めておる。実際ワシのところの猫の一匹も3-2なのじゃが、見ての通りとても大人しく、猫の可愛い部分だけを集めた様な猫であるわけじゃから、間違いなくベストの選択となることじゃろう」

『猫にも輪廻転生と魂の種類があるということは、猫には猫の修行があるのですね! 僕も猫を飼う機会があれば、絶対3−2にします』

「ああ、それがいい」

ちょうど、立ち耳のスコティッシュフォールドがテーブルに飛び乗り、陰陽師の手に体をすり寄せてきた。そんな猫の様子を見、二人は微笑み合う。
件(くだん)の猫を優しくなでながら、ふたたび陰陽師は口を開く。

「他にも、3−2の人物に関する逸話として、平成27年栃木県の鬼怒川が氾濫した際の被災者が挙げられる」

『那須の温泉街をふくめた鬼怒川流域で、多くの方々が被災した災害のことですね』

「その通りじゃ」

青年の言葉に、陰陽師は小さくうなずいて続ける。

「被災の報を受け、各局のテレビレポーターが被災地の避難所に急行し、被災者へインタビューを行なっていたのは報道の常であるが、この地域の被災者の方々の沈着冷静、かつ、自らのことを二の次として他者を思いやる応答/態度に、“感銘”を通り越し、“違和感”に近い感覚があった」

『避難所に避難した被災者と言えば、特に家族の安否がわからないような場合、泣き崩れたり、当局の対応の遅さや甘さを非難したりする人が多いと思いますが、そうした人々とはまったく異なる印象があったわけですね』

そう問いかける青年に、陰陽師はうなずいて同意の意思を示してから続ける。

「三日間に渡る一連の報道でインタビューに応じた被災者のほとんどが、非常時にこのような対応ができるものであろうか、と思うほどの模範的な応答を繰り返していたのじゃから、この対応の理由を探るべく、途中からその方々の属性を調べてみた」

『まさか・・・』

「そのまさかじゃ。鑑定の結果、老若男女の別なく、そのほとんどが3-2であることがわかったわけじゃが、その中でも、感情を抑えて話すひとりの老婦人の横顔を見ながら、これこそが3-2のなせる発言、と感銘を受けたことを昨日のことのように覚えておる」

陰陽師の言葉に、青年は納得顔で何度もうなずいて見せる。
そんな青年を横目に、陰陽師は説明を続ける。

「次に第二期じゃが、魂2の特徴の一方がはっきりと顕現するという意味では、この時期が最もわかりやすい。人間にたとえれば41~60歳にあたるこの時期は、現世での円熟期に相当しているわけじゃが、魂1:“先導者”を除く各魂がこの世で各々の魂の特徴を最も明確に体現するのがこの時期となる。魂2を例にとるとすれば、軍隊の制服組幹部に参画するのもこの時期じゃし、我が国の防衛大学をみても、毎年の卒業生の少なくとも5割が魂2というわけじゃ」

うなずいて納得の意を示す青年を横目に、陰陽師は続ける。

「また、第二期(2-2)の彼らは、福祉と軍隊という一見矛盾した職業分布を持っておるが、戦争というものを交戦現場の最前線という狭義の捉え方からもう少し広義の意味で考えてみると、納得のいく構図が見えてくるというくだりは、以前説明した通りじゃ」

『以前(※第4話参照)説明していただいた、戦争のメカニズムの件ですね。話し合いによる二国間の問題の解決が困難になった場合に、最終手段として戦争が行われるという』

「さよう。戦争が不可避となった場合でも、開戦に至るまでの諸手続き、具体的交戦方法とそれに対応する作戦立案、戦闘範囲の策定、そして、どのような状況をもって雌雄を決したかを判断する終結時期の確定と具体的な停戦/終戦方法の確定といった、実に広範囲の職務領域を軍隊の制服組幹部は持っておるわけじゃな」

『実際の戦場で、命のやり取りの末、血に飢えた殺戮マシーンと化した魂3・4の軍人たちに、モチベーションを保たてつつ、婦女子を中心とした民間人に危害を加えさせないよう最大限の努力をする任務を負っているのも、現場の魂2の将校ということをお聞きしました』

青年の説明に対し、陰陽師は小さくうなずき、付言する。

「そのような状況の中、兵士の士気を鼓舞しつつ、戦況を有利に進めると同時に暴走は許さないという、まさに二律背反の難業に取り組むことこそが魂2の真骨頂というわけじゃな」

『そして、福祉関係の有名人では、たしかナイチンゲールが魂2でしたね』

ナイチンゲール

「さよう。彼女の経歴なぞも、第二期の70回代の“大山”(2(7)-2)だからこそ可能な偉業というわけじゃな」

『なるほど。とてもわかりやすいです』

「最後は第一期の説明になるが、現世でも、老年期に差しかかった61~80歳の人間の最大公約数的な特徴を三つあげるとすれば、“保守的・幼児帰り・頑固”ということになる。これらの特徴は、残り100回を切った貴族の流れをくむ1-2にもしっかり当てはまり、4-2に犯罪者が多いのと同様、性格的にエキセントリックというか、屈折した人間が多く輩出されている」

『なるほど』

「魂2の人々が正反対の顔を有する理由を考えるにあたり、彼らが貴族をルーツに持つということも大きな問題なのじゃろう。何しろ貴族とは、世襲を基本としたステータスである以上、そのすべてが人格者であるとは限らない。それどころか、数々の特権を盾にした彼らの傍若無人な振る舞いの実例は、中世・近代の歴史を振り返るかぎり、枚挙にいとまがない」

『つまり、特権を人のために活かす貴族もいれば、自分の欲望のために活かして悪事を働く貴族もいたというわけですね。説明を聞くかぎり、魂2の輪廻転生は、現世的に考えても波瀾万丈という言葉が、正にぴったりですね。まるで、別の魂の属性の人物のような印象を受けます』

「いつも説明しておるように、この世が“修行の場”である以上、そのような魂2の波乱万丈の輪廻転生の一つ一つを捉えて批判的なコメントを加えることは厳に慎むべきじゃが、頭が2の1-2なぞは、一見頭が2の2-4とクロスオーバーする部分が強く、3-2の時代のやさしさ、奥ゆかしさ、慈愛に満ちた雰囲気はどこに行ってしまったのかと思うほどの変貌を遂げしてしまうのも、また事実ではあるんじゃが」

そんな陰陽師の言葉に対し、青年が一言一言言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。

『つまり、そのあたりが、第一期と第四期の魂2の人物が“不動明王”としての側面を、第二期と第三期の魂2の人物が“観音”としての側面を顕現していることになるわけですね』

「まあ、そういうことじゃ」

そう陰陽師は言い、壁時計に目をやる。
青年も、スマートフォンで現在時刻を確認する。

『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

「気をつけて帰るのじゃぞ」

陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送る。

帰路の途中、青年は複雑な心境だった。仮に自分が植松被告と同じ魂の属性だったとして、運良く先生に会えたところで、天命が大量殺人事件を起こすこと、と言われて受け入れられるのだろうか?
おそらく、自分の天命を果たすためとは言え、他人を手にかけることはできないと思う。今生の自分の天命の内容に感謝し、魂磨きの修行に励もうといっそう強く決意するのであった。



帰宅後、どうしても確認したいことがあり、青年は陰陽師に電話をかけた。

「どうした、こんな時間に。何かあったかの?」

『いえ、そうではないのですが、先程鑑定していただいたノルウェー連続テロ事件の犯人、アンネシュ・ブレイビクについて、どうしても気になることが出てきてしまいまして。夜分遅くにすみませんが、ちょっと質問させていただいてもかまいませんでしょうか?』

「もちろんじゃとも。して、具体的にはどういったことを聞きたいのかの?」

『彼は、単独犯としては現在世界最大の大量殺人事件を犯していますが、先祖霊の霊障にも天命運にも“5:事故/事件”の相がなかったのに、なぜあのような事件を起こしたのでしょうか?』

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