クロ神様は生き残りの信徒がポンコツすぎるせいで大変です。

第十四話 dead or alive

 
「ぼおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 トロールは光魔法を何発も食らっているのに意に介さない。それどころか、マリアを踏み潰そうと、巨大な足を踏み下ろした。

「そんな見え見えの攻撃!」

 マリアはトロールの踏み込みをあっさり回避する。そして、背後に回り込むと無防備な足に攻撃を試みた。
 しかし、巨大な体躯から繰り出される一撃は予想外の追加効果があったのか。

「わわわわわっ、ぶっ!」

 マリアはいきなりの振動にトランポリンのように軽く弾む。そして、顔から地面に落ちてしまった。

「うぇぇ……ペッペッ。なんで私ばっかり……」

『ぼっーとしない。すぐに下がる!』

「はっ、はい!」

 放心しているマリアに対し、僕は声かけをすると下がらせる。すると、トロールはマリアを指差しながら大声で鳴いた。

「ばっふぁっふぁっは! げぇっげぇっげぇっげぇっぇ」

 ヒキガエルのようなダミ声はこちらの神経を逆撫でる。

『クソ……汚い声で笑いやがって。マリア、あれは分かりやすい挑発だ。乗るなよ』

「分かってますよ。それぐらい私にも……」

 トロールの言葉など分からないが、こちらを子バカにしていることだけは伝わった。
 僕たちは、なんとか心を落ち着かせようとする。そうして落ち着く前に、トロールはさらなる揺さぶりをかけた。

「ごごごごごご……がぁぁぁぁ……ごごごごごご」

『……はっ?』

 なんとあいつは立ったままグースカいびきをかき始めたのだ。あまりのことに僕は頭が真っ白になる。

『おいおいおい……敵の前で普通眠るか? クソ、なめやがって……』

 精神忍耐力が増した僕でも、腹ワタが煮え繰り返りそうなのだ。マリアが耐えられる訳がない。

「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ほらっ、やっぱり。彼女は顔の汚れも気にせずに咆哮を上げた。

「キレました! 殺っちゃいます!!」

 マリアは姿勢を低くすると、一気にトロールの足元へと一気に駆け抜けようとする。そうして飛び出そうとした瞬間。強烈な悪寒が僕の心に渦巻いた。

『待て、マリア。これは罠だ!」

 僕はマリアの体の制御を奪うと無理やり止める。

「ワナ⁉︎ ぐぎぎぎぎぎ……その理由はなんですか?」

「挑発が的確すぎて罠っぽい。そのまま突っ込むフリをして後ろに引け。相手の手の内が見たい」

「りょ、了解です……」

 マリアは怒りをなんとか抑えると、走り出すフリをする。そしてあたかも特攻するかのような雰囲気を見せながら、さらに下がった。
 するとトロルは先走ったのか。奴の足元から、ドリルのように回転しながら土の槍が何本も射出される。

『ほーら、やっぱり奥の手あっただろう! 警戒しといて正解だ!』

「はい。さすがクロ様です」

 マリアは下がっていたおかげかそれを、余裕を持っていなす。だけでも、余裕があるのはここまでだった。

「嘘……」

『ハッハッハッ……そりゃ反則だろ。トロールがそれするなんて思わないよ』

「げぇっげぇっげっげっげっぇ」

 トロルは手に大きな土玉を作り出すと、僕たちに向かって投げつけようとする。回避もすでに間に合わない。後は足を振り下ろすだけなのだから。

「クロ様! あれ、どうやって避ければ!」

『落ち着け、マリア! こういう時は素数を数えるんだ。1、3、5、7、9、11、13』

 あまりの事態に頭がパニックになる。あんな巨体で投擲なんて的確な選択するとは思わなかった。ユニークモンスターはつくづく埒外だ。

「ソスウってなんですかぁぁぁぁぁ!」

「感じろぉぉぉーーーー! 17、19、23、29、31ーーーーーーーー!」

 正直に言おう。この時僕は完璧に諦めていた。しかし、この場に置いて僕たちは見事に忘れていたのだ。

 もう一人の信徒の存在を。

「足元がお留守ですわよ! このデカブツ!!」

 突然トロールの足元から眩いばかりの白い槍が出現する。それはトロールの振り下ろそうとしている足に根元までぶっ刺さった。
 
 すると、奴は思いっきり叫んだ。

「グォォォォォォーーーーー!!」

「おぉぉ……すご」

 魔法の直撃。それもカウンターで決めたからか、体力の高いトロルのHPが二割ほど削れる。それを武器も、触媒も持ってないヒトがしたことに僕は驚きを隠せなかった。

「ふんっ! 当然の報いです。トロール風情が恩人のクロ神様とマリア様を殺そうとしたのですから。さぁっ、あなたは誰を相手にしているかを理解出来ましたか? そのちっこい脳味噌でも」

 エルザは自分の頭をグリグリした後、トロールを指差す。それは見事な意向返しだった。

「ぐるるるるるる……ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

『ははははは……こっわぁ』

「はい……エルザは怒らせないようにします』

 彼女はなんでゴブリン如きに捕まったのか、分からないぐらい、圧倒的な強さであった。



「なんでエルザ……捕まったの?」

 マリアはエルザ相手に放たれる土槍を斜めに逸らしながら質問する。すると、彼女は顔を真っ赤にする。

「マリア様。それは言わないでくださぃぃ。みんなを逃すところまでは上手く闘っていたのです。しかし、他勢に無勢。消耗したところを袋叩きにされてしまいました。あぁ、お恥ずかしい……」

 複数の魔物相手に一人で立ち向かうのもすごいと思うが……目の前にそれを成し遂げた人物がいることで恥ずかしくなったのだろう。彼女は顔を手で覆う。

『まぁ、一人だからなぁ。いくらエルザが強くても普通は負けるか……』

 僕はその普通でない偉業を成し遂げたマリアのことを、改めて誇らしく感じる。そうすると彼女はへにゃっと照れたように笑った。

 感覚トコトン鋭いなぁ……心読まんでくれよ。

(しかし、1VS70000で勝つとかもはや兵器だよな。マリアは。しかも才能じゃなくて正真正銘の努力。この子が最初に来た時はこんな強さになるなんて想像もしなかったよ)

 そうして雑談していると、エルザの手が眩く光を放つ。どうやら魔法が完成したらしい。

「貯まりました! 撃ちます!!」

 彼女は手から巨大な光剣を作り出すと、それを何本も飛ばす。その威力は距離が離れていようが構わないらしくトロールの体を怯ませた。

「ぐぉぉぉぉぉーーーー!!」

 トロールは苦悶の声を上げる。だが、僕にはちょっとした不安があるのだった。

『二人とも。これは僕の個人的見解だが……アイツタフ過ぎると思わない?」

「……そうですか? 私はあんまりかち合ってないので分かりません」

 マリアは不思議そうに首を捻る。それに対しエルザは、真剣な眼差しでトロールを見据えるのだった。

「確かにタフ過ぎますね。私の魔法も何度か直撃しているので、そろそろ倒せてもいい頃合いなのですが……」

 そう。あまりにも離れるとHPバーはダメージを与えた瞬間にしか可視化されなくなる。だから勘違いであって欲しい。HPバーがちょいちょい回復してるなんて。

『マリア。ちょっと君の体貸してくれ。確かめたいことがある』

「……? はい、どうぞ」

 僕は三人称視点から、マリアの体へと乗り移って一人称視点に切り替える。すると、最悪な予感は当たった。

「マジかよ。自動再生付きとか勘弁してくれ。それされると、意味ないじゃん」

 通りでピンピンしている筈だ。いくらダメージを与えても、秒間2000のペースで回復しているのだ。これではトロールはいつまで経っても倒せない。

『だったら私の出番ですね。回復なんて罪過で吹き飛ばします』

 マリアは心象風景の中で、ファイティングポーズを取る。それは確かに妙案であった。マリアがもう一人いるのであれば。

「その間の護衛はどうするんだい? 愛しい信徒のマリア。愛しい信徒のエルザは僕たちの最大火力だ。彼女がやられるだけでおしまいだぞ」

『……それは分かってます。でも早くアイツを倒さないと。エルザが倒れちゃいます』

 マリアが他人を慮るなんて。それはとても珍しいのであった。

「うーん……君の言ってることも確かに正しい。でもなぁ……どうしたもんか」
 
 はっきり言って手詰まりだ。いくら瞬間ダメージが爆発的でも、エルザに頼りきりのこの状態はまずい。現に殆ど動いてないにも関わらず、彼女はヘトヘトになっている。

「とりあえず、自動再生切れるまで待ちでいよう。それが懸命だ」 

 この手のパッシブスキルは大概限界がある。それを踏まえたら待つ選択が最もリスクが少ない。決して間違ってはいない。
 そう自分に言い聞かせていると、エルザは僕が触れていない点をあえて指摘した。

「切れるかもしれない……だったら逆もあるのではないですか?」

「……少ない可能性だけどね。ない、とは残念ながら言い切れない」

「でしたら――」

「おい、あまり無理をすると」

「大丈夫です。鉄火場は割と経験していますので……!」

 エルザは荒い呼吸を吐きながら、汗を袖で拭う。そんなひどい状態なのに、彼女は僕たちに向けて痛いぐらいの明るい笑顔を見せる。

「マリア様、クロ神様。どうぞ、私のことはお気になさらないでください。どの道、武器なし、触媒なしでは最大威力で撃てる回数などたかが知れています。それならば、いっそのこと私を守らないのもいい手ではないでしょうか?」

「しかしなぁ……君をフリーにするのは危険すぎる。あの魔法スキルは突っ立ってると、確実に当たる。少し考え直してはどうだろうか?」

 どうにもそのカードは取りたくない。そうしているとエルザはつかつかとこちらに歩いてくる。

「ご無礼を失礼致します。クロ神様』

『はい? ぶほぉ⁉︎』

 突然エルザは僕にスナップの効いたビンタをした。驚く僕だが、マリアは声も出さない。それどころか、不安そうな声でエルザに呼びかける。

『エルザ。指……大丈夫? 私って見た目以上に硬いから……」

 実際には硬いで済ませられないくらい頑丈である。冷静に考えたら子どもでも分かることだが、分厚い鉄板を想像して欲しい。そんなもの叩いたら痛いに決まっているだろう。

 なぜ、そんな愚行をしたのか悩んでいると彼女は泣きそうな顔で言う。

「ふぅー、ふぅー。こっ、このくらい大丈夫です。マリア様。そっ、それよりも、クロ神様。目は覚めたでしょうか?」

 彼女はぷるぷると震えながら、懇願する様に目をうるうるとさせる。あーあー、痛いのに我慢しちゃって。

 エルザを抱きしめようとすると、彼女は手を突き出して抱擁を拒む。

「私を道具扱いするのならば、存分に使ってください。壊れても愛情を持って神に使われたのならば少しも後悔いたしません。それとも神に見初められること嘆くような罰当たりな女。そんな風に私は見えますか?」

「うぐっ……」

 その芯の通り方に僕は少々面食らってしまう。それはマリアと同等の確固たる信念を持ったヒトだったからだ。

「いや、道具ってのは建前で実際は家族のように僕は思って――」

「それならば。私のことも少しは信用してくださいませんか? マリア様のように」

『……』

 マリアはエルザの発言で何を思ったのか。彼女は僕を強引に弾き飛ばした。

『ちょっ⁉︎ 勝手に僕を追い出すな。まだ話は終わってない』

 するとマリアは僕にガンを垂れる。その目はやめてくれ。トラウマが蘇る。そうしてたじろいでいるとマリアは一方的にまくし立てる。

「避けれるって本人が言ってるからいいじゃないですか。いざとなったら、私の腕が千切れようが足が弾けようが、エルザの盾になります。エルザは私の初めての義妹ですから」

 彼女は言い切る。でも僕は大事なところで発動するこの子のポンコツをどうしても信用できなかった。

「はぁ〜〜……そんな希望的観測でね。僕がエルザをフリーにするとでも?」

 対局的な視点ではこの選択肢は見だ。動くタイミングではない。それでも彼女たちは僕に訴えかける。

「クロ神様! どうかご決断を!」

「私が護ります。この命に代えても!」

 だから二人ともどうして博打みたいな危険な方法を進めてくるのだ。お陰で僕もそうした方がいいと洗脳されてきたではないか。

「ふぅ……どっちも死なない。それが君らの提案を受け入れる条件だ。危ないと思ったらすぐに戻すぞ。分かったな」

 そう言うと二人はハイタッチをして喜ぶ。やれやれ。勝ったわけでもないのにすっかり喜んじゃって。気が抜けすぎてるよ。君ら。

 僕がジト目で彼女たちを観察していると、二人は僕に感謝の祈りを捧げる。

「あぁ、クロ神様。私の願いを聞き入れてくださり誠に感謝いたします」

「クロ様ありがとうございます。私たちを信用してくれて」

 二人は膝をついて僕に感謝を述べる。危ないから。相手から目を離すの。

「そんなことは後でいいから、さっさと前を向きなさい。これからするのは大穴狙いの大博打なんだから」
 
 これから始まるのは僕たちの命をかけた最大のギャンブルだ。それは極めて心臓に悪い。

 だが、この時の僕は未来など知らない。だから信徒が増えるたびに、ドタバタが増えるなど想像も出来ないのだった。


 

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