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クロ神様は生き残りの信徒がポンコツすぎるせいで大変です。

この漫画はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。それを踏まえて楽しんでください。

第一話 油断大敵


 人が寄り付かないような、ホコリと雑草で溢れた廃墟に甲高い金属音が鳴り響く。それは刃物をぶつけ合っているような、荒々しく美しい殺し合いの音だった。

「ふっ……!」

「がぁっ!!」

 その破滅の音がしばらく鳴り続けたある時、突然音が鳴り止む。なんてことはない。ただ決着がついたのだ。勝者は何も言わず、ただ敗者が朽ち果てるのをじっと待っている。

 そうしてどれぐらいの時が立ったのか。勝者が雑草を抜いて暇つぶしをしていると、敗者は死神に問いかけるのだった。

「なんで……お前みたいなガキがここに賞金首が潜伏していると分かったんだ。誰にもバレないようにしていたのに……」

 男は赤く透き通った血溜まりの中、腹を押さえながら苦痛の声を上げる。見つかるなんてあり得ない。彼は自分を見つけた死神、いや黒髪の純朴な少女に大きな疑問を問いかけた。

 だが、この重大な質問に対し、肝心の少女は首を傾けるだけである。

「さぁ……? ごめんなさい。私にもよく分からないんです。学のない田舎娘ですので、私は」

「なっ、はぁっ! イッッツツツ……」

 賞金首の男はその突拍子もない返答に驚いて大声をだす。そのせいで鈍痛に浸っていると、対面の彼女は辿々しく誰かに尋ねているようにゆっくりと話しだした。

「えっ? お礼を言えと? はぁ……凄腕の……オジサン。あなたを殺すと……今日も私はお腹をいっぱいにできます。あなたのことは……一生忘れません。これで……いいですか、クロ様」

 彼女は誰かに命じられるままに淡々とお礼を言う。一丁前に騎士道精神でも持っているのか少女は戦った相手に敬意を持って接した。そうしてお伺いを立てるが、少女は凹んだ顔をする。

「はぇ〜、違うん……ですか? あ、アレが足りないと。伝統と格式のあるオジギ……ですか。はい……分かりました。なんでいっつもこれ忘れちゃうんだろ。オジサン。ありがとうございました」

 彼女は命を絶っていない相手を前に丁寧なお辞儀をする。その無防備な様子に男はあんぐりと口を開けた。

「じゃあ殺して――えっ? 少し待てって? なんでですか?」

(なんだ、このガキは……? 誰か協力者がいるのか? それにしてもなんの変哲もない素人じゃねぇか。殺気にも気づかねえなんて……)

 少女の様子は殺し合いをしていた先程までと明らかに違う。それはバウンティハンターとは思えないほど頼りない足取りであった。
 筋肉が全くついていない細腕と肉感的な胸と太もも。殺気をこれだけぶつけてもあっけらかんとしている少女。
 催眠や洗脳でもされているのか。戦闘時はあれほど冷徹に全ても見透かすような瞳をしていたのに、今はその残滓すら残っていない。
 
 男はそのまま見過ごせば助かると言うのに、思わず彼女を呼び止めてしまった。

「待て……! お前はどうやって俺を殺したと報告するつもりなんだ。手ぶらじゃ報酬なんて貰えないぞ!!」

 男の二つの傷口はそれほど致命傷ではない。腹部に仕込んでいた、血糊が破けてばらまかれたものである。少女の華美な剣は腹を貫いたが、内臓にはこれっぽちも触れていなかった。男はそのまま立ち上がると、少女を呼び止める。

「証拠なんて……幾らでもでっちあげられます。その点は心配ありません。あなたが生存を黙ってくれるなら。あのお方が言うことに間違いないのです」

「つまり俺を見過ごすと……」

「その代わりにお金ください。お金。まぁ、金貨三枚で許しましょう。さぁ渡してください。えっ? クロ様はこれも間違ってるって言うんですか」

 少女は一点の曇りない瞳で虚空を嬉しそうに見つめる。そうして男のことを眼中にもしていなかったからだろうか。彼が一瞬で距離を詰めて、心臓を突き刺したのに気付かなかったのは……


「あっ……れ? もしかして……私刺されてます?」

 最初は違和感だけがあった。スルリと何かが胸の奥に入り込む感触。だがそれは、れっきとした攻撃であり命を奪うものだった。冷たく硬質な刃は堅い骨を避けて、柔らかい肉の中を突き進み心臓へと深く突き刺さる。   
 彼女は痛みには自信があったが、これは耐えられるようなものではない。焼けるような激しい痛みと、地獄の苦しみが少女をカカシのように棒立ちにさせた。

「おう、刺したよ。ズッポリと。見逃されるより殺した方が早いんでな。死ね!」

 ダメ押しとばかりに、男は彼女の胸からナイフを抜き取り地面へとけり飛ばす。すると彼女の胸からは噴水のように血のシャワーが降り注ぎ着ているジャケットを真っ赤に染めた。

 その血の抜け方は明らかに致死量であり、少女が助かるはずもない。だが、男は手を休めることなく、少女の重要器官ばかりを狙って滅多刺しにする。それは以上なほどしつこく行われ、ナイフが折れるまで続くのであった。

「はぁ、はぁ。これだけ壊せば術者の命令も肉体が受理しないだろう。くそっ、誰が俺を狙いやがった。組織の連中か? それとも魔道士協会? 冒険者協会? あぁ、イマイチ絞り込めん。とりあえず、このガキの死体の処理をしてから逃げないと――」

「その必要はないよ。お前は僕が殺すから」


 男が死体から目を離したその瞬間、少女だった物は血だけを残して消える。すると背後から金色と銀色の煌びやかな二本の直刀が音もなく男に近づいてくる。

「ぐっ! 二度もやられると思うなよ!!」

 咄嗟に禍々しい殺意を感じた彼は腰から漆黒のダガーを抜き放つと、鋭い二刀の攻撃をなんとか受け止める。そしてバックステップをして、大きく距離を保つのだった。

 アイツだ。アイツが現れた。ボロボロの体を無理やり動かしてアイツが現れたのだ。男の顔は緊張で硬くなる。

 しかし、少女だった物は目を潰されてその表情が分からないのか。一撃で仕留められなかったことを悔しがり、子供のようにじだんだを踏むのだった。

「はぁ〜……! イライラする。やっぱり目も見えない。頭もグチャグチャ、足も千切れかけとなると完璧に不意打ちしても避けれるよねぇ。全くマリア・M・トコヤミは本当に僕の貴重な器の自覚あるのだろうか? ねぇ、千変万化さん」

 少女、マリア・M・トコヤミはガラリと口調を変えると、男に気軽に話しかける。その体は傷がついていない部分はなく、こずけば死にそうなのに人間の放つ圧迫感ではない。近づいて、彼女の首を飛ばす。それだけのことが男にはとてもできなかった。

「お前は誰だ……組織の回し者か?」

「そうだな。クロ様、とでも畏敬の念を持って呼んでくれ。それに組織の回し者ってなに? 君やばいことでもしたのかい? まぁとりあえず僕が君を殺す理由は、一つ。助かる道をわざわざ蹴った。ただこの一点だけだ。裏切る奴は信用するに値しないんでね」

 クロと名乗った少女は千変万化から完璧に目線を外し金色と白金色の刀をバトンのように弄んでいる。それは隙だらけであった。

 にも関わらず、男は指一本動かせない。クロはマリアの残された耳、鼻、触覚で彼のことを識別しているのか。

 男は違和感を覚えるほど、観察されていることを強く自覚するのだった。

「見逃してくれないか? 金ならうんと弾むから……」

 男は少女を操っている者に勝つことを諦めた。あれは人ではない。追いつくことのない遥かな高みに存在する得体の知れないものだ。
 少しでも体を動かせば、その瞬間に死が待っている。彼は命をたぐり寄せるように言葉の通じる化け物に交渉を試みるが、彼女はそれをすげなく却下する。

「うーん……50点ってところかな。愛しの信徒マリアが最初にそれを提案したのに君はすげにした。神が見逃すのは一度だけ。二度目はない」

「くそっ! いきなり出てきて勝手なこと言うな! 勝手に油断したあいつが悪い!」

「ふぅ。君が油断させてだろう? 君、この子にわざわざ声をかけて刺したじゃないか。それはよろしくない。非常によろしくない。はっきり言って不愉快だ」

 操っている者の意見は一見筋が通っているように聞こえる。だが、男は諦めなかった。自分の命がかかっているのだから。

「あれは仕方がなかった! あいつが完璧に俺を屈服させなかったからだ。まだ戦闘中だったのに! 

 この痺れるような視線の持ち主が背中を向けても決して襲ったりはしない。むしろ寛大な感謝を感じて逃げたものだ。
 それなのに術者はあろうことか少女に体を返した。そんなことをすれば襲わざるを追えない。殺せる時に殺す。

 それが殺し合いにおける鉄則だったからだ。だから自分は悪くないと男は主張するも、少女の顔は渋い。

「今度は75点かなぁ……特定の条件満たせば強くなる相手に普通もう一回挑む? それに僕が現れたのは今回が初めてだ。あれは紛れもなくマリア・M・トコヤミ本人だよ」

「あんたが乗っ取って操ったんじゃないのか⁉︎ 明らかに様子がおかしかったぞ!」

 男は激しく狼狽する。どう見てもアレとこれは違う。こいつが出す雰囲気を戦闘中マリアはずっと出していたのだ。そうなると、自分は年端も行かない少女に実力で負けたことになる。

 そんな無様なこと、男は素直に受け止められなかった。それにクロは多少の同情を見せた。

「まぁ、ムラが大きすぎるのと普段から気が抜けているのは認めるがね。実力はピカイチだ。しかし、軽率で我慢が効かない。実力の分別もろくにできない。おまけに大人で偏屈ときたもんか。これじゃ教化も上手くいきそうにない。悩み所だね」

 クロは顎を撫でながら、思い悩む。だが、得点はどんどん上がっていく。もしかしたら100点になれば助かるかも知れない。そうして男は四度目の問答に答えてしまった。

「そうだ! あんたほどの術者にそんなボロボロで壊れかけの体はもったいない。俺が奴隷商にかけあってもっといい肉体を差し出してやる! どいつがいい? ありとあらゆる肉体が手に入るぞ!!」

 クロはそれにため息をつくと、刀の先を千変万化に向けた。

「結局謝罪はなし、か。やれやれ、謝れば考えも変わるかも知れなかったが、愛する信徒をボロボロにされたんだ。僕が直々に罰を下してやる。こいよ。神に楯突いた愚者」

「くっそぉぉぉぉ! こんなところで、こんなところで俺はぁぁぁぁぁ!!」

 マリアは男と交差する瞬間、刀のリーチを存分に活かして首を刎ねる。本来直刀は斬るには適していないが、これはクロがある一族のために直々に作った神器。それを持ってすれば、使い方なぞお手の物だった。

「ふぅ……相手見ないで戦わせるとか神経を使わせやがって……今日はとことん説教して ――えっ、いいんですか? ってなに勘違いしてるんだ、君は?」

 久々に顕現したクロは愛すべき信徒のとんちんかんな発言に頭が痛くなるのだった。

「いいか? よく聞けよ。そもそも今日の敗因はなぁ、山のようにあるだぞ。それを君はちゃんと分かってるのかい」

『だって私……クロ様に見逃せって言われました』

「普通手渡しで金は受け取らないよ……近づいてブッスリされるじゃないか」

『あーじゃあ近づくなって言ったのは……』

「危ないからだ。君下手したら死んでたぞ。間一髪乗り移ったから良いものを……もう少し慎重になってくれ。君の悪い癖だ。他人に関心がなさすぎる』

 ここに誰もいなくて正解だっただろう。そうでなければ、僕は一人で電波を受信している不思議ちゃん認定をされてしまう。

「不幸なことに体もボロボロのズタズタだからな。帰るまで適当に話してやる。神である僕からの貴重な教えだ。耳の穴、かっぽじって聞くように」

『やったーーーー! クロ様とおしゃべりできる!!』

 力が弱まっているのか、滅多にマリアの体に顕現しようとしなかったからか、彼女の声がキンキン響く。

「ハイハイ。あまり大きな声出さないでくれ。死んどいから。全く……能天気だなぁ。君は。もうちょっとまともなトコヤミの信者が欲しいよ、僕は。これじゃいつになったら力を取り戻せるのか。分かったもんじゃない」

 僕は千切れた千変万化の首をリュックに詰めるとそれを背中に背負う。そうして廃墟を後にしてひたすら歩いて行くのだった。


用語集 アイテム

名称 『金色(コンジキ)』 

レア度⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

性能 クロ神がゼロから作った金色の直刀。兄弟刀として銀色の直刀が存在する。折れず、曲がらず、錆びず、切りにくい。日本刀の内部構造をよく調べずにふわっとした想像でクロが初めて作った神器。ただ使うだけでは刀のような鈍器。しかし、莫大な神威を使うことにより、解放されるギミックがある。

名称 『白銀(シロガネ)』

レア度⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

性能 クロ神がゼロから作った銀色の直刀。兄弟刀として金色の直刀が存在する。折れず、曲がらず、錆びず、切りにくい。刀の内部構造をよく調べずにふわっとした想像でクロが初めて作った神器である。ただ使うだけでは刀のような鈍器。しかし、莫大な神威を使うことにより、解放されるギミックがある。

名称 ブラッディナイフ

レア度⭐️⭐️⭐️⭐️

 千変万化がマリアを滅多刺しにしたもの。耐久度がなくなったのか壊れてしまった。

性能 高名な職人が作った切れ味抜群のナイフ。特殊能力があり、傷つけた相手を出血させ続ける。また、所有者の血液を一定量刃に垂らすことで、血の刃を形成しナイフのリーチを伸ばしたり、弓矢のように飛ばしたりもできる。

スキル 用語集

名称 補助スキル 『臨戦態勢(りんせんたいせい)』

効果 これを使用した場合、これ以外に対象者にかかっている全ての効果は無効化される。対象者の全パラメーター500%UP。更にスキルが追加される。
フレーバーテキスト こんなやり方はとても危険なんだけどね? どうしても力を得たいって言うから気まぐれに教えたんだ。すぐに音を上げると思ってたらほんとにこの娘、できちゃったよ。いやはや、才能がないのに無茶をするよ。

名称 補助スキル 『千変万化(千変万化)』

効果 対象者が三十万歩歩くまでに敵とエンカウントしなくなる。
フレーバーテキスト 誰も彼には気づかない なぜならば通り過ぎた後には違う顔、性別、に移ろっているのだから。

名称 攻撃スキル 『奇襲(きしゅう)』

発動条件 敵が通常攻撃か攻撃スキル以外を選んだ場合発動可能。それ以外だと失敗。
効果 相手に300%の攻撃。また、クリティカルが出やすい。攻撃が成功したさいに追加行動ができる
フレーバーテキスト 気が抜けた瞬間は特に注意しなければならない。そうしないと足元をすくわれるから。

名称 攻撃スキル 『滅多刺し』

攻撃力150%×5の斬撃攻撃。またクリティカルが出やすい。
フレーバーテキスト 技術もへったくれもないただの攻撃。しかし、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。致命傷とは案外あっけないものだ。




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