クロ神様は生き残りの信徒がポンコツすぎるせいで大変です。

第十七話 嫌よ、嫌よ、も好きなうち


「敵は壊滅させましたよ……」

「えぇ……ここには一匹も残っていません」

 ボロボロの僕たちは砦を出るとゴブリンたちを倒したことを告げる。すると、門の周りを固めていた冒険者の連中は喝采を上げた。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

「俺たちの勝利だぁぁぁぁ!」

「夜更かしした甲斐があったわね」

「今夜は祝杯よ! 朝まで飲み尽くせ〜!」

 皆は国の外敵を滅ぼしたことでわいのわいのと喜んでいるが、僕はあまり喜べない。それどころか、かなり頭を悩ましているのだった。

『二人とも帰ったら説教……いや、説教は明日以降にしようか。とりあえずお疲れ様。僕も鼻が高いよ』

「はい……」

「さっさとベッドで休みたいです」

『よろしい、さぁ帰ろうか。僕たちの宿に」

 そうして抜け出そうとすると、マリアとエルザの二人は冒険者たちに呼び止められる。

「おいおいおい、主役の二人が帰られちゃ困るよ。今回の一番の功労者はあんたらなんだからさ」

「そう言われてもですね……」

「まずは、この器量の乏しいお方を説得してもらわないと。私たちには、選択権なんてないのですから」

 男はマリアたちが見ている方向へと目を向ける。しかし、僕のことが見えないのか。親切な僕は他の人たちにも見れるようにしてあげた。

「誰のこと言ってんだ? あんたら。ここには俺たちしかいないってうぉ⁉︎ どっから現れたんだアンタ!」

「アンタ……? 無礼であるぞ、人間。神である我を前にその言葉遣い。消されたいか?」

 う〜んっ。我ながら神っぽいではないか。カッコいい……!!

「かっ神様⁉︎ ははー! ど、どうかご容赦を。神様とは知らなかったんです。ほらっ、お前らも早く頭を下げろ! ここにおわすのは神様なんだぞ!!」

 ふむ。やはり気持ちいいものだな。ヒトが頭を下げる姿を見るのは。僕は優越感をひとしきり味わうとみんなにごめんなさいと謝るのだった。


「全く驚かさないでくれよ。あんたクロさんじゃねえか。嬢ちゃんの二重人格の。前もって言ってくれよ。知らない仲じゃないんだから」

「はっはっは。いや、すまんね。愛しい未来の信徒クライド。久しぶりに見たかったんだよ。ヒトが頭をこすり付けている姿を」

「全く神様なのにナヨナヨした見た目しやがって。肉を食え、もっと肉を」

 クライドは僕の幻影にシャドーボクシングをする。普段から気軽にやっているのだ。こんなイタズラをできるぐらいにはこの町の冒険者と仲が良かった。

「さて、改めて自己紹介をしよう。僕はこの子たちの保護者で、神様で、名前はクロと言う。早速のお誘い、悪いが返事はNOだ。君たちだけで楽しんでおくれ」

 はっきり言って我が信徒の二人は体力、気力ともに疲れきっている。もみくちゃにされる余裕などはもはやない。

「いやいやいや……クロさん、それはないぜ。あんたらはこの国の英雄だ。国民にこの事実を知ってもらうべきだろ。常識的に考えて」

「そりゃ、僕だって君たちとこの幸せを享受したいさ。だけど、僕が表舞台に立つと誰かさんのメンツが、丸潰れになる。だから、僕はひっそりとここを去った方がいいのさ」

 そう言うと彼らは寂しげな目をする。

「じゃあクロさんたちは何も貰わずに去って行くのか? アラクを……」

「バカ言っちゃいけないよぉ。未来の愛しの信徒クライド。金、経験値、貴重な素材、新たな即戦力の信徒。これだけ手に入れたら今は充分さ」

 しんみりとした空気が流れる。お通夜ではないのだから、騒いで欲しい。その分だけ、僕たちの影が薄くなるから。これは悲しいお別れではない。希望に満ちた門出なのだ。

「じゃあ、さようなら。愉快な冒険者さんたち。それじゃマリア。臨戦態勢でササッと帰るか」

「……エルザ置いて行ってもいいですか? この子、気に入りません」

 ……聞くだけまだマシなんだろう。僕は腕をクロスさせそれを断る。すると、マリアはゲンナリした。

「ふふ、置いて行きたければ置いて行っても構いませんよ。ただ、私の命はクロ神様の物です。マリア様は神の所有物を勝手に捨てるのですか? 罪深い行いですね」

「ぐっ……腹立たしいですね。こんな義妹途中で振り落としてやり――嘘です。嘘ですから折檻しないでください」

 僕が指を立てるとマリアは途端に大人しくなる。それに気が良くなったのだろう。エルザはここぞとばかりにまくし立てた。

「はっ、あなたはクロ神様の奴隷ですか。こんな神様なんか適当に対応していればいいんですよ。プライドをドブに捨ててしまったあなたに払う敬意など――あいたぁぁ⁉︎」

 さすがに言い過ぎだと感じたので僕はエルザの鼻に仕置きをする。そして、彼女の目を覗き込みながら怒った。

「僕は温厚だからね。多少口が過ぎてようが、目を瞑るさ。でも君は、僕越しにマリアを叱った。それはフェアじゃないだろう。そう思わないかい?」

「でっ、ですが。クロ神様は私を大事だと……ひっ! やめてください……」

 怖がりだなぁ。ちょっと睨んだぐらいで。ハリネズミか。君は

「やめない。確かに君は大事さ。でもね? 大事だからって切り捨てないとは限らない」

「わっ、私は……」

 少し迫力を込めると彼女は目をウヨウヨさせ眉を八の字にする。うん、ちょっと興奮状態が冷静になったようだ。これでやっと冷静な会話ができる。

「だから。君もそうマリアにつっけんどんになるな。悪口なら僕に好きなだけ言えばいいから。どう甘えればいいのか分からないんだろう? 可愛い奴め」

「ちっ、違います! 何を勘違いしているのですか! 私は大人です。お酒も呑めます。クロ神様のアホ、ゴミ、クズ、バーカ、え〜と、ジジイ!」

 マリアは、僕に悪態をついているエルザの姿を見ると態度を軟化させる。

「さて、この通りだ、マリア。君も少しだけこの子を見守ってくれ。見てくれに騙されないように。この子は昔の君と同じで甘え下手だ。先輩の君が教えて上げなさい」

「私は最初からクロ様一筋です……」

 おかしいな。確か生贄の振りして暗殺しに来たんだじゃなかったっけ? この子……

「なるほど。好きな相手にナイフを滅多刺しにする文化があったとは知らなかった。じゃああれも親しみを込めて言ったのかい? バケモノ……と」

「クロ様のイジワル……」

 マリアは口をへの字に曲げ、エルザはマリアの背中に猿のようにギュッとしがみつく。それを見ると、僕はこの子たちが五体無事であることに心から感謝をするのだった。

 


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