見出し画像

クロ神様は生き残りのポンコツ信者のせいで大変です。

第四話 倍返し


「ふわぁ〜あ……よく寝た。おはようございます。クロ様」

 私は目覚めると、クロ様に一番最初にあいさつをする。これは五年前から続けている習慣だった。そうして待っていると、いつもと同じように痺れるような重低音が返ってくる。

『おはよう、愛する信徒マリアよ。今日も元気にやっていこう』

「〜〜! はい、私がんばります! クロ様のためにいっぱいお祈りします。命にかけても!」

 さっそくお祈り場所に向かおうとすると、クロ様が追加の一言を加える。

『そうそう。多分君のことだから、朝のお祈りめちゃくちゃ張り切ってるだろうけど。先に体を清めて朝食をしっかり食べなさい。体が満たされている方が、神威の溜まり具合がいいから』

「うっ、当たってる……なんでクロ様の予言こんなに当たるんだろ。私ってそんなに予測しやすい?」

 私はベッドを降りると、血で変色し、ナイフでボロボロになったジャケットを脱ぐ。魔法の糸で作られていたお気に入りの一品が、そこら中に穴が開いていた。

「あぁ……もうこれ、クワドラで買った方が早いのかな。……シャツもボロボロ。こんなんじゃもう、魔法そらさないよ……」

 私は落胆すると、それをもう一度見返す。だけどもボロボロに引き裂かれたそれはちっとも治らない。ジャケットもシャツも普段愛用しているものである。魔法に対する装備は専用の都市でなければ買えない。

 だからたまたま蚤の市で見かけたこれを、結構な金額払って買ったのに……

仕方なく適当な衣服を着ると、私は部屋の鍵をして、階段を降りた。

「ご飯、ご飯、ご飯――」

「ふんっ!」

「いだぁぁぁ〜い」

 上機嫌に宿の一階に降りると、女将さんに強烈なかかと落としを叩き込まれた。神威も纏っていないから物凄く痛い。

「なんで蹴るのぉぉ? 何も悪いことしてないのに……」

「ふんっ、汚れた時は裏口を使えって何回も言ってるだろ! 全く。その鼻が曲がりそうな体さっさと洗ってこい。おっと、横着して水道で水洗うなよ? ちゃんと銭湯行け」

「えぇぇぇ……私おなかペコペコ」

「つべこべ言うな。次はうちも手加減なしで蹴るぞ。ワンワン泣き喚くぐらいに……」

 女将さんは長い耳をピンと立てる。それを見ると、私はさっきの痛みがぶり返してきた。

「わわわ、すぐ洗ってきま〜す!」 

「トコヤミ! 出る時は裏階段使うんだよ。他の客の迷惑になるからね!! 返事ぃぃ!!」

「はぃぃぃ……女将さん」

 いつか亜人が経営するようなここを出て、もっといい宿に泊まってやる。クロ様との新居を買ってやる。そう、私は決心するのだった。

「はぁ。やっぱりまともなものが残ってない……」

 身を清めて朝食を食べお祈りをする。そんなに時間をかければ残されているのは、しょっぱいものしかなかった。

 改めて依頼を端から順に見ていく。

「どぶさらい、孤児院の手伝い、犬の散歩、薬草の納品、ゴブリンの駆除、どれも私向きじゃない。ルーキーのもの……」

 残っているのはどれもお使い程度のものであった。こんなのを持っていけば、また悪評が立つに違いない。そうして立ち去ろうとすると、受付員がニコニコと私の方を見つめていた。

「何かお探しですかぁ? トコヤミさん」

「いや……今帰ろうかと。まともな依頼残ってないし……」

 あまり人に話しかけられるのは苦手である。ギルドの受付嬢は特に苦手であった。男性相手には色仕掛けを仕掛け、同性相手には同情をひかせる。同じ生物とは思えない。

「うーん……確か、トコヤミさんって主神様の権威を復権させるために、色々頑張ってるんでしたっけ? でしたら、こんな依頼はどうでしょうか? 成功報酬に物件がついてますよ」

「こっ、これは! こんなのをどこで!!」

 それは少し古めかしいが、立派な物件の念写だった。中には信者もたくさん住めそうで水場や広大な森もあった。これならクロ様もきっと気にいるだろう。

「ちょっとしたネズミが住み着いてますが掃除したら、大丈夫ですよ。人もちゃんと住めますし」

「そうですね。分かりまし――」

 受付嬢はにこやかな笑みを浮かべる。そうして依頼を受けようとすると、突然右手が口を勝手にふさいだ。

「ふがが……もしかしてクロ様?」
 
『そう、君の敬愛するクロ様だ。分かりまして、ない! 全く……ちょっと目を離した隙にこれだ。よく見ろ、愛する信徒マリアよ。この場所は壁の外だよ。それにするのはネズミ退治じゃない。盗賊退治だ」

「うぇっ? あっ、ほんとだ。おまえ騙そうとしましたな。私を」

「騙すなんて。ちょっとしたジョークじゃ――もう、刀に手かけてるし! ひぃぃぃぃ」

 私はおもむろにコンジキとシロガネを腕を交差させて抜刀しようとした。しかし、それらはガチャガチャと音が鳴るだけで抜けない。刀をよく見ると、透明なクサリが抜刀をジャマしていた。

 そうしていると、いつもとは違ってクロ様の声が外から聞こえる。

『最近ちょっと素行が目に余るようになってきたんでね。枷をしかせてもらった。言葉で済むような会話なら、それ抜けないようにしたから』

「むぅ……クロ様のイジワル。シャキーンと抜きたかったのに……」

「はっ、残念でしたねぇ! お決まりの刀が抜けなきゃ――ぶっ! なっ何、するんですか。頭おかしいんですか⁉︎」

 受付嬢はボタボタと鼻から血を流す。刀が抜けないだけでなぜ安心するのだろうか? 抜けなければ、柄頭で突くだけなのに。

 コンジキとシロガネは普通の刃とはちょっと違う。鈍器的な使い方をした方が強いのだ。カッチカチだから。

『おっと、そういう所はほんとにうまいな。愛する信徒マリアよ。ただし、ルールの裏をつくのはほどほどにな。メリットにもデメリットにもなるから』

「攻めないんですか、主神様! この子無抵抗の私をぶん殴ったんですよ。柄頭で!!」

「殴ってないです。突いたんです」

「こんの、減らず口を……」

「まぁ、まぁ、落ち着きなさいな。君がいきなり突かれたら正式な謝罪と医療費は負担しただろうね。それぐらい失礼な行為だから。辻斬りみたいなもんだしね。下手したら死刑」

「だっ、だったら! そうすべきでしょう。私は被害者なんだから! こんなに血をボタボタたらしてるんですよ!!」

 キャンキャンとよく吠える。こういうゴネにクロ様はいつもフキゲンになるのだった。

『……はぁ〜……また大人に説教するのか。やだなぁ、この仕事』

 ほらっ、すっごい嫌そうな声してる。それでもそれが神の仕事だと言って説教はやめないのであった。

「うーん……25点かな。君から仕掛けた罠だろう? なら、獲物が罠を外して遅いかかってくることも予測しなきゃ。それがハンターをはめようとした報いだろう。違うかい?」

「ひっ。しっ、死のカウントアップ……」

 なぜか、急に尻もちをついた。えっ、どうゆうことですか? これ……

『愛する信徒マリアよ。君、僕の噂とか知ってます?』

「さぁ? そんな変な噂聞いたことありませんけど……」

 どうして、ありがたい教えにそんな変な名前がついているのだろう。怒るまでとまちがったことを点数で教えてくれてるのに。こんなに優しい神は他にいないと思う。

「ど、どうかお許しを……」

『はぁ、もういいよ。それなら、ちゃんと口頭でていねいに彼女に説明してくれ。じゃあ僕は寝るよ。ふわぁ〜あ』

「あなた、まともな交流できなくなるわよ。そんなブチギレ女のままだと」

「それはどうも。じゃあ、いい依頼さっさと選んでくれますか? クロ様の言ったとおりに」

「ハイハイ! 後、この件は上司に報告しますからね!! 暴力を振るわれたと!!」

「どうぞ、どうぞ……」

 やられたらやり返す。なぜ単純なそれを理解できないのか。やっぱりああいう文化人を気取った人は苦手だった。やり返されると、大げさにわめき散らすから。


用語集 『アイテム』


名称 マジックジャケット 

レア度⭐️⭐️⭐️

装備者の魔法耐性を20%増大する
フレーバーテキスト 魔法生物の皮をなめして作られた皮のジャケット。特殊な薬品で生存していた頃の魔法性能を性能を落として疑似再現している。

名称 マジックシャツ

レア度⭐️⭐️

装備者の魔法耐性を10%増大する
魔法に強い糸で編み込まれた純白のシャツ。伸縮性、通気性、肌触りなど素晴らしく普段から愛用する者が後を絶たない。

装備の破損状況

小破 

少額の修繕費用

中破 

損傷具合により素材と修繕費用

大破

元の素材と作成費用


名称 『チェーンロック』 

レア度 ⭐️⭐️⭐️

効果 納刀状態の武器の使用を一定期間封じる。
取得条件 不明
フレーバーテキスト。肝心な時に使用できない。それは敵対者の大いなる隙を招き、無抵抗の者をすぐに葬りされるだろう。

アイテム 神威増大ギプス

レア度⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

効果 使用者の能力を著しく下げる代わりに祈りのエナジー容量を人間の限界を超えて拡張しやすくさせる。
取得条件 不明
フレーバーテキスト 誰が好き好んでこんな物を使うのか。これをつける者は神の哀れな奴隷か、神の為に己の全てを捧げる熱心な教徒だけであろう。

『クロ様のありがたいお説教(俗称 死のカウントアップ)』 

レア度⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

発動条件 これを使用する最中、自分の全ての攻撃行動を封じる。
効果 対象者に四回の問答を繰り返す。最初の一回で拒否すれば失敗判定。また、言語を理解できない。意味が分からない。聞こえない。意味不明な回答を返す。などでも失敗。
 しかし、一回問答に応答すると、その場で質問を答える以外何もできず、残りの三回の問答を嘘なく本音で答えなければならない。そうして質問した後にクロ神に信仰を捧げた場合、対象者の体力、神威、肉体的損傷を条件を無視して全て治癒する。
フレーバーテキスト 口では何とでも言えるよね? ならば心に聞いてみよう。生か死か? 君はどっちに転ぶかなぁ? 

『神の裁き』

発動条件 『クロ様のありがたいお説教』を一度成功させる。
効果 『クロ様のありがたいお説教』で契約しなかった場合に使用できる一日一回のスキル。対象者に回避不能、無敵貫通、防御無視、相性無視の即死攻撃を与える。
フレーバーテキスト これ使いづらいったらありゃしない。言葉通じないと無理なんだよ! 耳栓されたら終わりだよ! 話聞かれなかったら発動できないんだよ! 三回目まで質問しても意味不明なこと叫ばれたらおしまいなんだよ! はぁ、こんなのが切り札とは泣けるね……



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?