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クロ神様は生き残りの信徒がポンコツすぎるせいで大変です。

第十五話 姉妹喧嘩


「ふぅぅぅぅぅぅぅ……」

 私は神威を振り絞りながら魔法を貯めます。さっきはお二人方の手前ああ言いましたが、闘いはあまり得意ではありません。むしろ苦手な部類です。

 しかし、手放しで褒められたのが嬉しくて。私はつい嘘をついてしまいました。本当はゴブリンとの闘いでは魔法の一つも放っていません。殺されるのが怖くて、私は全く動けなかったのです。

「はぁ!」

「がぁぁぁぁ!」

 よし。光剣が急所に当たりました。感じられる生命力がグッと減ります。これもマリア様が削ってくれているおかげですね。確実にトロールは弱っています。

「ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 でもトロールも、ただでやられるほどバカではありません。奴は無防備の私に向かって何十本も土槍を飛ばしてきました。マリア様の攻撃を気にも止めずに。

「ぐっ!」

 私はその攻撃に対して、とっさに障壁を貼ります。ですが、土槍の勢いは凄まじく。障壁を突き破りながら私の体にかすっていきます。

「はぁぁぁぁ!」

 なぜ臆病な私がここまで勇気を出せるのか。それはお二人に対する強さへの憧れでもありました。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 ゴブリンに捕まったことをなんで? と聞かれた時に私は察してしまいました。あぁ、この人にとってゴブリンなどものの数ではないのだと。恥ずかしくなりました。自分の弱さが。

「だから、このぐらい私一人で乗り越えませんと……いけません! 耐えきってみせないと」

 もはや障壁はボロボロです。ですが、致命傷だけを防げればいいのです。そうして力を込めようとしましたが――

『セイゴカクスイ』

 私の脳内に聞き慣れない単語が響きます。それと共に私はある記憶を思い出します。

 そして障壁の形を平面から、正五角錐へと変えました。それは土槍の勢いを止めるのではなくいなす形です。
 魔法学院で耳が痛くなるほど教えられた、実戦での障壁活用のテクニックでした。

「……クロ神様はひどいお方です。私を信頼すると言ったのにお側で見守っていたなんて……やはり私は信用できませんか?」

『愛しい信徒のエルザ。そう言うことではないんだけどなぁ……』

 クロ神様は拗ねた私に困ったような声をあげます。それは冷淡で、私を身内として扱わない父よりも、よっぽど温かみが感じられる声でした。


「まずは壊れかけの障壁から直そうか。追加で神威上げるから。はい」

 なんてことのないようにクロ神様は上限まで神威を渡します。ですが、このお方はこれがどれだけ尊いのかを分かっていらっしゃるのでしょうか?
 そもそも貴紳様が、巫女様以外のただの信徒に憑依すること自体が異常なのですが。

「あの、クロ神様は普段マリア様にも手渡しで渡されているのですか?」

「うん、そうだよ。ちょっと込み入った事情があってね。僕の信徒はマリアと君だけなのさ」

 ……信徒が二人だけ? どういうことでしょうか。振る舞いや受け答えからさぞや高名な神とお見受けしたのですが……まさか私をからかわれておられます?

「ご冗談を。クロ神様ほどの神様ならば、十万、いや百万人信徒がいると聞かされても私は驚きません。私の眼はそこまで曇っていませんよ」

 私は胸を張って自信満々に告げる。すると私のクロ神様は、ケラケラと楽しそうに笑った。

『はっはっはっは、それはない。僕は昔ちょっと有名だった落ちぶれた神様さ。だから、君ももっと気軽になりなよ。僕は君らと運命を共にしてる仲間なんだからさ』

「左様でございますか。ぜっ、善処致します」

 意訳すると、私にもっと砕けろということでしょうか。どうしましょう。どんな無理難題もこなすつもりでしたが、これはちょっと難しすぎます。

 そうして悩んでいると、私は唐突に思い出しました。

「はっ、クロ神様! 私を騙そうとしても無駄ですよ。はっきりおっしゃってくださいませ。私はお荷物だと」

 私が不甲斐ないからクロ神様は私を見守っておられたのです。きっとそうなのです。でなければ、マリア様より私を優先するはずがありません。そう、唇を硬くひき結んでいると、クロ神様は鷹揚とした声で私に説明をします。

『いやいや。君は僕の想像以上によくやってくれている。ただ、魔法使いという駒を最大限活用するためにはさ、サポートがどうしても必要なんだよ』

「それは……私が弱いからですか?」

『うーん……個人の強さは関係なくてね。あー……どう説明したもんか』

 再三した質問にクロ神様は少しの間を置く。そうして、私の疑問に答えた。

『戦術的観点……いや、こっちの方が単純か。愛しい信徒のエルザ。君は自分の周りを飛び回る毒バチと少し離れた場所にいるボウガンを持った悪漢。どっちの対処を優先する?』

「それは……ボウガンを持ってる悪漢です。毒バチ刺されても死ぬかもしれませんが、鉄の矢は確実に死にます。なんとしても防がなくてはいけま――あっ……」

 そう。決意とかそんなものは関係ない。トロールを殺せる可能性が一番高いのは私だ。つまり、私を排除したらトロールは勝率をぐっと高めることになる。

『うん。一回で理解できたか。偉いぞ。愛しい信徒のエルザ。要は君の危険性が高いから僕はここにいるわけさ。君を軽んじたわけではなくて』

「それはそうですが……ならば私の決断は一体……」

 なぜでしょうか? とても簡潔で納得する説明なのですが、すごくバカにされている気がします。もう少し複雑な例えをしてもよいのではないのでしょうか。これではまるで子どもです。

 いじけているとクロ神様はバカにすることなく、私に真剣な声色で言います。

『それはちゃんと理解しているよ。だから、君の知らない技術は使っていないだろう? 僕がしたことはただ思い出させただけ』

「それは承知しております。ただどうしようもなく悔しいのです。クロ神様のお手を煩わさしていることに」

 そもそも習った技術を戦闘中に出せないなど論外である。これではあの時と一緒だ。そうして嘆いていると、頭を撫でられるような不思議な心地よさが私に訪れる。

「そんなにしょげなくても大丈夫さ。ネジがぶっ飛んでるマリアもしょっちゅう戦闘の基本忘れるから。こればっかりは慣れとかそういう次元じゃない。だから元気を出そう」

「どうして、クロ神様は知り合ったばかりの私をここまで贔屓するのですか? 私はその……魔物に地位も名誉も体も汚されました。それなのに、どうして……」

 あまりにも優し過ぎるので、不安になってしまいます。これは夢ではないのかと。ですが、それは杞憂だったようです。クロ神様はいやらしい声で理由を語ります。

「そりゃなぁ……男が女に優しくする理由ってのは、その、そういうことさ。因みに僕はあまりそういうのは気にしない性質でね。美人で品があって、いい体してたら、それだけで優しくするさ。煩悩の塊なんだから」

 それはあまりにも品のない回答でした。今私の中に存在する、クロ神様のプラスイメージはガラガラと音を立てて崩れていった気がします。

「……今ちょっとだけ、いや普通にクロ神様を気色悪いと思いました。あぁ、殿方とはどうしてそういう欲しかないのでしょうか……? 台無しです」

 なんというか、自分が真面目に考えていたことがバカらしいです。確かにクロ神様は変な神様です。とても人間臭くてダメダメな雰囲気のする神様なのです。

 そうしてクスッと笑うと、クロ神様はここぞとばかりに威張ります。

「おっ、なんだかんだで落ち着いた? 僕の冗談も中々面白いだろう。こうセンスがある、的な?」

「そこら辺にしといた方がよろしいのではないですか? あまりそういう寒い発言を繰り返されると、私の心は離れていく一方ですよ? クロ神様」

「ふっ、契約しちまえばどう騒ごうが、こっちのもんさ。君も口の利き方に注意した方がいいよ。下手したら君は一生僕の子どもを産み続ける母体に――」

 私はクロ神様の戯言を無視すると、トロールに向かって魔法を放つます。それは、今日撃った中では一番手応えがあり、トロールはけたたましい鳴き声をあげるのでした。

「何か言いましたか? 堕神様」

「いーえ……何も言ってません」

 クロ神様はしょんぼりとした声を脳内に響かせます。あぁ、どうしましょうか。いけない趣味に目覚めてしまいそうです。
 神様が、尊き神様がよりにもよって下賤な私の体に心奪われるなど。神様なのになんて原始的な欲望をお持ちなのでしょうか。

「ふふふふふふ! あははははは!」

「あの……セイレムさん?」

 それは恋と言うほど憧れの気持ちはなく、愛というには冷めすぎた感情でした。
 はっきり言ってこのお方はあまり好みではありません。
 あぁ、でも、このお方は大切なことを気づかせてくれました。人の顔色を伺うのはバカ丸出しで滑稽だと。
 それもその愚行をするのはよりにもよって私たちが尊敬と崇拝を捧げる神! 

 正直笑いが止まりません。このお方は。なんて素晴らしい道化なのでしょうか。

「はっ! こっちを見ないで下さい。目線がいやらしいですよ」

『そっ、そこまで言うのか? 君は……中々手厳しいなぁ……』

 あぁ、本当にこのお方は私の一挙一同に反応するようです。もし……もしもですよ。このお方の心からの褒め言葉をバッサリ切り捨てたらどうなるのでしょうか? 

 無様に泣くのでしょうか? 私をあらん限りの言葉で罵るのでしょうか? 叫ぶ私の唇を塞いで無理やり犯すのでしょうか? それとも羽虫のように殺すのでしょうか? 物のように、私の魂まで壊して未来永劫消し去るのでしょうか?
 
 あぁ、いけない考えです。こんな破滅思考の考え方。でもそれはあまりにも甘美で、酩酊しそうな、私にしか味わえないとっておきの美酒でした。我慢など、出来るはずもありません。
 私は体の内側から込み上げてくる衝動のままに、クロ神様に甘く囁きました。

「はぁ、はぁ、もしトロールを倒せたら……クロ神様は私を褒めてくださりますか? 私を大事だと思いますか? 私を手放したくないと思いますか?」

『あぁ、褒めるよ。なんなら褒美も取らせよう。何がいい?』

 あぁ、汚したい。神様を私の手で思い切り汚したい。あなたは汚いです。おぞましいです。悪辣です。獣です。ありとあらゆる手を使って、あなたの体を、あなたの心を、あなたの魂をあなたの全てを。嬲ってしゃぶって噛み砕きたい。

 欲望を私は必死にコントロールします。クロ神様にバレないように。

「ごほん。ご自分で想像してください。殿方ならば女性をエスコートするのはマナーですよ? 神なのに分からないのですか?」

『……もうちょっと優しくしてくれると嬉しいんだけどなぁ……』

「それはクロ神様次第ですね……」

『バッサリだね。カミソリみたいな切れ味だ』

 クロ神様は私が冗談で言っていると思っているのでしょうか? 本当にこのお方は……自分に都合のいい考えをするようです。

そうすると私は興奮のあまり、吐血をしました。おっと、いけません。まだ、いけません。耐えるのです。もっと褒めさせてから地の底まで落とすのです。
 そうすれば、私はこれまでにないほどのエクスタシーに達せるかも知れません。
 そうして私は、自らの快楽を得るためにマリア様がいるにも関わらず、高威力の魔法を乱発するのでした。


「もう少しで倒せるかな……ってまた来た。いい加減鬱陶しいなぁ……」

 最初は良かった。ちゃんと照準を絞ってくれていたから。しかし、トロールが弱ってきてからは私を気にしないで魔法を撃っているような気がしてならない。

「何考えてるの? エルザはぁ……それに微妙にイラつくような……」

 なんというか、クロ様がだらしなく舌を出して尻尾を降っている気がした。なんだろう。このモヤモヤ感は……

 別にエルザがクロ様の子どもを産むことにイラついたのではない。なんか深いところでモヤっとしたのだ。私のクロ様がどんどんうすよごれていくような気がして。

 いけない、戦闘中だった。またクロ様に叱られてしまう。そうして、私はぶんぶん首を振ると生命力が無くなりそうなトロールを見つめる。

「お前を倒せば消えますかね? このモヤモヤは」

「げぇぇぇ……」

 トロールはなんとか立ち上がると私から距離を取ろうとする。だが、もう無駄である。そうすると私ごと射抜こうと光の光線が放たれる。もう、我慢の限界だった。

 私はそれをコンジキとシロガネで反射させると、エルザに大声で伝える。

「ちゃんと狙え! 私に向かって撃つな!」

 もはや、私だけでも倒せそうだ。だからエルザはもはや不要である。

 そうして止めを出そうとすると、エルザは気にせずにまた光球を撃って来た。これは私に対する嫌がらせだ。

 そう確信した私はトロールへと乱発される魔法を全て弾くとエルザに戦線布告をする。

「おい、義妹。このトロールは私のものだ。攻撃をやめろ」

「あらあら、お義姉様。年上には敬意を持って接しなさいと教えてもらいませんでしたか?」

 はぁ……少し優しくしてやったらすぐにこれだ。やはり調教をしなければならないのか。

「エルザ、お前邪魔だ。ちょっと寝てろ」

「ふふっ。それはこちらのセリフです。姉は妹に欲しい物を譲るもの。それを弁えていないガキは目障りです。退いて下さい」

 私たちの不穏な気配を感じ取ったのか。クロ様は素早く仲介に入る。

『まだ敵は倒れていないから……さっさと――』

「「倒せばいいんですか?」」

 私とエルザは一緒の声を出す。どうやら、考えていることは一緒らしい。

「あ〜……うーん。そうだよ。とりあえず倒せばうん。そこから口出しはしないかな……色々イザコザがあろうとも……」

 クロ様は凹んでいるようだ。見るからに弱々しくなっている。叱るのがヘタな神様なのだ。しっかり者の私が早く解放してあげなければ。

「かわいそうなクロ様。魔物に股を開いた売女の体に閉じ込められてるなんて。待っててください。すぐにあなたで染め上げられた私の清らかな体に戻してあげます」

「それはあまりにも酷ですよ。お子ちゃま様。そんな貧相な体でどうやってクロ神様の下品で醜悪な獣欲を抑えられるのですか。それに……知っていますか? クロ神様は私の体に惚れたそうです。魔物に犯された私を美しいと。品があると。孕ませたいと。うふふふ……変態ですねぇ……ヘ・ン・タ・イ」

 よし、殺そう。こいつもクロ様を大好きなようだが、ベクトルがちょっと違う。
 同じ趣味だと思っていたが、間違えた。こいつは私の家族にするのは不適切である。

「覚悟はいいか? 虫ケラ」

「そっちこそちゃんと負ける準備は出来ていますか? 胡桃様」

 私たちの間で殺気が飛び交う。だが、それを邪魔する敵がいた。

「ばぁぁぁぁ――」

「うっさい」

「頼みますから永眠してください」

 女の喧嘩に水を差した。それだけで、私たちはあれだけ苦労していたトロールを秒殺すると、殺し合いを始めるのだった。


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