クロ神様は生き残りの信徒がポンコツ過ぎて大変です。

第十三話 フラグ回収

「ぐぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!」

「――!!」

 死んだと思っていたボスゴブリンは生きていた。そいつは私に向かって紫色の水晶を投げつける。

「お前も道連れだぁぁぁぁ!!」

「甘いです……」

 私は投げられたそれを、コンジキで地面に叩き落とすと、咄嗟にスキルを発動させる。

「さっさと……世界へ還れ! ブレイドダンス!!」

 クロ様との闘いでボスゴブリンは疲弊していたのか。あれほど硬かった体なのにしっかりと骨が砕ける手応えがある。

 私はブレイドダンスで刺突と殴打を浴びせた後、ボスゴブリンの四肢を通常攻撃で素早く断ち切る。そうして、ガラ空きの心臓にシロガネを深く突き刺した。

「ぐふっ! ふふふふっ、ははははは!」

 すぐ死ぬはずである。だけども敵は、不気味なうすら笑いを止めない。

「フハハハハ、俺の勝ちだ! 小娘! 絶望しながら死んでゆけ 己の無力さを噛み締めながらな!!」

「……どういう意味?」

 奇襲を仕掛けるでもなく、攻撃をするわけでもなく、ただ子どものように物を投げつける。それはまるで意味が分からない行為だった。

 首を捻りながら考えていると、エルザが小走りで駆け寄ってくる。

「マリア様! 大丈夫ですか⁉︎ すぐに私が治療を――」

「こっちに来ないで!」

「えっ?」

 地面がボコボコと隆起する。それはこちらを狙った攻撃だった。

「くぅぅぅぅぅっ!」

 朴を抉られながら私はなんとかそれを回避する。大きな大きな手の不意打ちを。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! あっ……あぁ!」

 手は凄まじいスピードでエルザの方へと向かっていく。私は全身に浸透させている神威を足に集中させると彼女をタッチの差で回収する。

「逃げるよ、エルザ!」

「あっ、あれは一体……」

「分かんないけど、逃げる!」

 エルザを腰に抱えると、私は全速力で逃げる。だが手は地面を掘り進みながら物凄い速さで私達に迫ってきた。

(逃げ切れるかな……これ)

 私はクロ様のガチ説教、新たな敵の出現、助けを望めないこの状況にだらだらと冷や汗をかくのだった。

「クロ様、クロ様! 起きて、クロ様!」

「とっくに起きてるよ。だからそんなに焦るな。事態のやばさは僕も分かってる」

 説明を先にすればよかった。あの死体には近づくなと。こういう時には勝手な行動をしないものだと、勘違いしていた。ゲーム脳と一般脳の違いと言えよう。もしくは単純な行き違い。

「どうしよう、どうしよう。私、命令されたこと以外でミスを! ミスを!」

「すいません。私も同罪です。マリア様を止めなかったのですから。どうぞ、お裁きを……」

 最悪一歩手前で最悪ではない。勝手に悲劇のヒロインになってくれるな。

『悲嘆にくれてるところ悪いが……そういう話は後にしてくれ。君たちの懺悔を聞いている余裕はない。今は逃げることだけ考えてくれ」

 説教されたいというなら、後でたっぷりと二人に教え込んでやる。だから、今は真剣に逃げて欲しい。
 蘇生スキルなど高価なものを、僕は持ってないのだから。

「はっ、はい!」

「あの、私はいつでも置き去りにしてくださって構いませんから! 荷物にだけはなりたくないです」

『愛しい信徒のエルザ。マイナスなことはあまり言わないように。神の貴重な所有物である自覚を今から持て。それと愛しい信徒のマリア。これからは僕の指示に全て従え。いいね?」

「了解……です!」

 さて、準備はなんとか整った。そうしてほっと息を吐くと手がマリアへと襲いかかる。

『左回避』

「ふっ!」

『右回避』

「はっ!」

『減速』

「くっ!」

『ジャンプ』

「はぁっ!」

『加速』

「ほっ!」

 なんとか回避できている。ここからだった。多分恐ろしく早くなる。直感だが……

『指示早くなるから一言も聞き漏らすな。できるな? 君なら』

「はい! 私はクロ様の一番のお気に入りですから! こんなの朝飯前です!」

とは言ったものの。噛まずにきちんと言えるか。緊張で舌の動きがどうしてもぎこちない。  
 残機なし。一回終わりの新規ステージのレースゲーム。さらに人一人を抱える護衛任務のおまけもついている。

 悪夢のようなクソゲーだった。

『すぅーーーーーーーー……左、右、ジャンプ、加速、減速、ジャンプ、加速、減速、加速』

「ふっ、はっ、はぁっ、ほっ、くっ、はぁっ、ほっ、くっ、ほっ」

『ジャンプ、ジャンプ、左、ジャンプ、右、加速、ジャンプ、加速、減速』

「はぁっ、はぁっ、ふっ、はぁっ、はっ、ほっ、はぁっ、ほっ、くっ。はぁはぁ」

「右、左、右、左、右、ジャンプ、減速、加速」

「ふっ、ほっ、ふっ、ほっ、ふっ、はぁっ、くっ、ほっ、ぜぇーぜぇー。キツくないですか⁉︎ いつ終わるんです!」

『変な掛け声のせいでしょ……』

 まぁ、ここまで来れば、後は相場が決まってる。焦れた相手が取ってくる方法なんて一つだけ。

「いっ、いつまで走れば……はぁはぁ」

『これで最後の指示だ。最後までめいっぱい加速し続けろ』

 それにビクッとするマリア。彼女はおどおどしながら言う。

「冗談ですよね? そんなことしたら私の足が壊れます……」

『冗談にできればよかったんだがね。残念ながらそれが真実だ。壊したらエルザに直してもらえ。そらっ、追いつかれそうだぞ。きりきり走れ。マリア』

「クロ様のイジワルぅぅぅぅぅぅぅ!!」

『ハッハッハッ! そういうのは生きてなんぼの感情さ。死にたくなけりゃ走れ! 足がぶっ壊れても走れ! 死んでも走れ!』

 こうして僕の熱烈なエールもあったおかげかマリアは、一度もダメージを喰らうことなく、長い廊下をノーダメージで、駆け抜けた。


「ひぃ、ひぃ、ひぃ。クッ、クロ様……私もう限界」

 ひとまず大広間に出ると襲撃は止んだ。だが、マリアは長期間動き続けた反動か、とうとう地面へと倒れ込む。

『エルザ、マリアを動けるようにしてくれ。どんな手を使ってでも』

「ど、どんな手を使ってもですか?」

『あぁ。マリアもそう望んでる。なぁ、愛しい信徒のマリア』

 多分マリアも、そう思ってるはずだ。このイカレタ狂信者は僕の期待に必ず応えようとする。

「もう、無理です……」

「クロ神様。マリア様は無理と言ってらっしゃるんですが……」

 無理でもやらなければならない。泣き言など許してる場合ではない。

「……耳が最近遠くなってね。君もちょっと聞こえずらかったんじゃないか? もう一度なんて言ったか教えてくれるか。愛しい信徒のエル
ザ」

 するとエルザは唇をわなわなと震わせると、ヒトの癖に僕に意見をする。

「あの、その、あまり横暴なことは……」

『ふむ。確かに横暴だ。でも喰われて死ぬのとどっちが辛いかな? いや単純な興味なんだがね?』

 地面が大きく揺れる。それは謎の何かが這い出ようとしている証拠であり、圧倒的ピンチだった。

 エルザは顔面を蒼白させるとマリアの意見をはっきり代弁してくれた。

「分かりました! マリア様がそう仰られるなら! 危険ですが、動けるようにします!!」

「えぇぇぇぇ……? 義妹のエルザが裏切ったぁ」

「すいません、すいません、すいません! マリア様! いつかこのお詫びは必ず、必ずします」

 赤色に輝く光を浴びると、細かったマリアがさらに痩せ細っていく。それは生命力を気力へと変換する非人道的なスキルであった。

 緊急事態に置いて、実に打ってつけのスキルと言える。

「あぁ、愛しい信徒のマリア。君はなんて立派な神への献身を持っているんだ。素晴らしい。僕は君が生きている間は君への愛を浴びるほど浴びせよう!」

 空虚で薄っぺらい言葉なのはマリアにも分かったのか。彼女はふらふらと立ち上がると気だるげに抜刀する。

「私はクロ様の道具ですから。でも……エルザは後で覚えといてね」

 そしてエルザの方を振り向くと軽い殺気を向けた。

「クッ、クロ神様。わっ、私は貴方様の指示に従っただけ……」

『OK、OK。後で僕がマリアに口添えしてあげよう。だから、君はマリアをサポートしてくれ。さっきと同じように』

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 脅し過ぎるのは良くない。でも、それをしなければ、この危機は乗り越えらそうになかった。

「ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 地面から飛び出てきた大きな怪物はマリア達を見ると咆哮を上げる。その口の周りは不自然に赤く染まっていた。

「なんでトロールがこんなところに! ゴブリンが制御できるものでもないのに!!」

 エルザはあまりの怖さに小さな水たまりを作った。大きい方を漏らさないだけマシだ。命を狙われる感覚は予想以上に怖いものだから。

「それだけヒトに近づいてたんだろうさ。コントロールできないものをしようとするのがヒトの常だからね」

 トロールが土の中を泳ぐスキルや称号を持っているなど聞いたことがない。

 ということは、こいつはユニークモンスターのトロルということだった。だが、今回はマリアの方がレベルが高いので勝算は比較的に高い。

『さて愛しい信徒のマリア。僕はちゃんとボスゴブリンを倒したんだ。君も倒せよ? 僕の信徒を名乗るなら。まぁ、バックアップぐらいはするが……』

「心配しなくても倒します。クロ様と……裏切りもののエルザの為にも……」

「マリア様! それは誤解です。私はちゃんと――」

『愛しい信徒のエルザ。そんなに構えなくてもいい。あの子本気で怒ってないから』

「ほっ、本当ですか! クロ神様」

罪過が溜まり切っているのにエルザに襲いかからない。その時点で彼女がエルザを受け入れていることは明白だった。

「あの子気に入らないとなんでもかんでも、おや虫ケラ扱いするから。名前を呼んでる時点で全然気にしてない。それよりも君はマリアを攻撃魔法で援護してくれ。属性はなんでもいいから』

「分かりました! 微力ながらお手伝いさせていただきます」

 エルザは杖や魔法書を介していないのに高威力の光魔法を手から乱発する。その威力は下手な魔法使いの攻撃よりも高く牽制として充分過ぎるものだった。

(とんだ拾い物だな。母体としての才能も充分満たしてる。こんなのマリアがいなけりゃ手に入れられなかった)

 マリアは実際良く尽くしてくれている。そう考えるとジャムのようにデロデロに甘やかすべきなのかも知れない。

(でもなぁ、甘やかすと依存がこれまで以上に強まるしなぁ。うーん……どうしたものか。リーダーシップもちょっと目覚めてきたから戦死させるのはちょっと……)

 理想は、通常の信徒たちを雑兵。マリアたちを上級信徒として配置。成果を出した雑兵に僕が乗り移って子どもを作らせるのが一番手っ取り早いが……

(ヒトを家畜扱いするのはホーマルド条約で禁止されてるし、気分がどうも悪い。はぁ〜……信徒一人一人に情を持つと碌なことにならないな。あいつらみたいに信徒をNPCだと思えば良かった。失敗、失敗)

 そうぼやきながらも、僕はトロルの予備動作や癖のパターンをマリアの目を通した、視覚情報から解析しだすのだった。





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