1年6組

「あと3点!決めていこう!」
「オウス」体育館に響く野太い声。
「安藤、背中、頼むわ」
「はい」
両手を大きく開いて野沢先輩の背中を叩く。
「ありがと」
振り向いた笑顔と
コートに向かう軽い足取りを見て
自分の両手には超能力が
あるんじゃないかとすら思う時がある。

少し息苦しい。
今朝から続く雨は目に見えないけれど、
まだ降っているみたいだった。
昨日切った前髪が張り付いて、
短すぎたことに気づく。

コートの中の戦士たちは皆、肩で息をして
身体からは、ほのかに湯気が出ている。
床と靴底が擦れる音がキュキュと、激しく鳴る。
野沢先輩にボールが渡る。
祈る手には温もりが残っている気がした。
あたしの鼓動がドリブルと重なった。
いける。いける。いける。

空気を切り裂いて、
鼓膜を突き破るようなホイッスルが鳴る。
同時に、白線から投げられたボールは
大きく弧を描いた。
地球上で、今、この場所だけは
無音でスローに時が流れていると思った。
お願い。お願い。お願い。

ガン、とボールを跳ね返した音と同時に、
正面から歓声が上がる。

俯いてる野沢先輩の左手からは、
ぽたぽたと赤い滴が垂れていた。
あたしは、溶けたチョコレートみたいで、
なめたいと思った。

満月の夜なら / あいみょん


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