痛飲
高校生の時から知っている出版業界の先輩で、ほんと偶然一緒に仕事をすることになった。打ち合わせに出向いた相手の会社で、会議室に遅れて入ってきたのがその人で、「えー! どうしたの!?」ってな具合に再会した。せっかくなので飲もうということになり、渋谷の焼き鳥屋で三時間ほどふたりで飲んだ。
その人とは僕が最初に入った会社が隣にあったり、フリー時代に受けた仕事がその人の隣の編集部だったりと、なんでかなにかと縁があった。今回もたまたま昨年末に転職したばかりだったらしく、面白いめぐり合わせですねえなんて話で盛り上がった。
ビール二杯に、サワー二杯、いつもより少し多めに飲んだかな、くらいの酒量だったんだけど、なんでか死ぬほど酔っ払ってしまった。解散するまでは正気のふりをできていたと思うけど、そのあと駅まで道でまっすぐ歩けず、閉店した東急のシャッターにもたれかかってしまう。時間は11時過ぎ。ここでへたり込んで寝てしまったら終電を逃してしまうかもしれない。
吐く寸前でなんとかこらえて銀座線へ。呼吸が荒い。こめかみがドクドクと脈打っている。車内で吐くなんて最低だ。とにかく寝てしまえ。今思うと、急性アル中ならそのまま死んでたかもしれない。でも正常な判断なんてできないから、とにかく寝ることが最善だと思った。
仮に降車駅を寝過ごしても、銀座線の終点浅草駅からなら、上野まで歩いて帰れる。電車が動いているなら折り返せばいい。そんなことを思いながら眠った。
「終点です。続けてのご乗車はできません」
車内アナウンスで無事目を覚ました。ああ、やっぱり寝過ごした。寝て少し回復したのか、気持ち悪さが薄らいでいた。折り返しはまだあるかな。そんなことを思って電車を降りると、いつもの浅草駅と雰囲気が違う。でもどこか見慣れた風景。壁には「渋谷駅」と書かれていた。
そっか。やばいな、こんな体調悪いのに。つかオフィスで酒入ってんのバレたら怒られそう。今日打ち合わせあったっけ? この体調で酒の臭いさせてたら絶対やばい。会社休ませてもらおうか。
違う違う。混乱して1秒くらい今出勤してきたと思い込んだ。向こうの終点浅草でも目を覚まさないで、そのまま折り返して渋谷まで来たんだ。ここまでで2秒。銀座線はもう終電がないのでJRはあるか? 時間を見たらぴったり終電の時間。やばい。これで3秒。JRの改札に急ぐ。地面を踏みしめる一歩一歩が頭に響く。衝撃を緩和するためすり足で走る。公家である。山手線の終電が遅れていてなんとか間に合った。
走ったせいで息が切れてまた気持ち悪くなる。終電の満員電車の中で呼吸の荒い男。変態である。なんとか口をふさいで耐えていると、池袋でようやく座れた。しかし戦いはここからだ。体調悪いし、疲労困憊。今すぐにでもお布団に入りたい状態だから、寝たら絶対に乗り過ごす。上野まで15分、絶対に耐え抜く。俺は3ヶ月に渡る歯科治療も耐え抜いた男。ここぞというときに発揮する力には定評がある。夏休み最終日に眼前にした手付かずの宿題にだって動じない。それでも徹夜したり、先生に謝ったりしてこれまで乗り切ってきた。この力には、自分の中で定評がある。案の定寝た。
秋葉原で目が覚めて、30分くらいかけて歩いて帰った。家に着いたらへとへとになって、コートのまま寝てしまった。しばらく酒は飲まないと決めた。
お金よりも大切なものがあるとは思いますが、お金の大切さがなくなるわけではありません。