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後で効く 冷酒と 彫刻家の独り言

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彫刻家大黒貴之のオピニオンや独り言をまとめています
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#人生

ある女性作家の作品と60年後のオールドマスター

彫刻家の大黒貴之です。 アート作品の変遷とは実に不思議なものである。 通常、世間に出回っている商品は一定の期限が来ると商品価値は減少していき特売品やバーゲンセールとなるか、それでも残った商品は在庫になっていく。 アート作品が一般商品と決定的に違うのは時間の経過ともに価値が高まっていく可能性があることが1つ挙げられるのではないだろうか。 「彫刻家して仕事をしています」と自己紹介すると、何人かの人たちから、 「美術作品は後世に残っていくからいいねぇ」と言われることが稀にあ

日本文化の根底に流れる「もののあわれ」:女性の感性は素敵だね

彫刻家の大黒貴之です。 自身の作品は日本文化から影響を受けているところがあり、またドイツ滞在時に自分が外国人になることで改めて日本文化について眼差しを向けることがありました。 今回は、夏は墓参り、正月には初詣、12月にはクリスマスというような「神仏習合」文化を持つ、日本の中から醸成された「もののあわれ」について考えてみたいと思います。 それではどうぞよろしくお願い致します。 漢字からひらがなへ。「ひらがな」を生み出したのは女性だった 日本は、宗教や文字、画、料理に至る

専門家とはどういう人のことをいうのだろうか:あと「仕事中の彫刻家」のこと

彫刻家の大黒貴之です ある日ラジオから「専門家とはどういう人のことを言うのか?」という話題が聞こえてきました。 その話によると「専門家とは自分に何ができて、何ができないのかを知っている人」だといいます。 なるほど、それが結果的に1つのことに特化していくことだというのは一理あるなと思いました。 僕が彫刻家と言い始めたのは2002年からでした。ベルリンのギャラリスト、セミヨンさんが「君は彫刻家なんだよ」と言ってくれたのが、大きな切っ掛けの1つでした。 また関西のある彫刻

今あなたが持っているコップの水を一度捨てなさい:自分を変えるということ

彫刻家の大黒貴之です。 何かを改変することは、多くのエネルギーが必要なことです。 生活の一部を変えたり、或いは新天地へ移動したり、もしくは、それまでやっていたことを変えるなど・・・長い人生の中で、一度は自分を変えたいと真剣に考えるときがやってくることがあります。 そのためにはどのようなことを心がければいいのでしょうか。 一緒に考えてみましょう。 自分を変えるための捨てる勇気を持つことある武道家の方がかつてこのようなことを僕に助言してくださいました。 「コップに入っ

事を成し遂げるための最短の道

彫刻家の大黒貴之です。 「器用な人ほど作家の道を続けていくことが少ない。 作家を続けていくには、ある程度の鈍感さがなかったらアカンなぁ」 日本の現代アート界に名を刻む彫刻家F氏から聞いた話。 現代アートの作家を志して20年以上が経ちますが山あり谷ありで現在に至っています。何かを成し遂げるには、地道に続けていくことなのだと実感していますが、何事もこの継続していくことがなかなか難しい。 作家の場合、1か月と1年とかではなく10年20年30年…という超ロングスパンで制作、発

テーブルに「つく」こと、或いはそこから「たつ」こと

彫刻家の大黒貴之です。 「雑感ノート-20190107-」より インターネットが一般向けサービスとして日常に張り巡ったのは確か1995年頃だったと記憶している。 それ以前、情報はテレビ、新聞、書籍などのメディアか人からの見聞など、アナログなものだった。今のようなSNSなどもなかったし、また情報も簡単に手に入る環境でなかった。 学生の頃、「現代アート」とは一体どういうものなのかよくわかっていなかった。美術雑誌やそれに関連する本はあったが、なんだかよくわからない小難しい表

私たちの先人が残してくれた3つのギフト

彫刻家の大黒貴之です。 僕は死んだら全てが無になると考えているのですが、死んでからもこの世にに残るものがあります。 しかし、その後世に残せるものは3つしかないと聞いたことがあります。 今回はこの3つの概念について考えてみたいと思います。 お金流動資産となる現金や預金なども含めて、その人が積み上げてきた資産のことです。 お金は人が作り上げた資本主義の貨幣システムの中でのツールです。 鉄鋼王のカーネギーの莫大な遺産は、世界中に学校やコンサートホールなど様々な施設の建設

人の心理は古今ほどんど変わっていない?できる限り、今、自分がすべきことをしよう!

彫刻家の大黒貴之です。 「今日の一針明日の十針!」 一緒に仕事場の改装工事を手伝ってくれている近所のおじさんが言います。 「今日やってしまえば、一針で済むほどのことだけどいつかまたやろうと後回しにしてしまうと十針も縫わないといけなくなって、余計に手間がかかってしまう」 例えば、家の瓦に小さなヒビが入っていてそこから雨が漏れてきています。 少しくらいの雨漏りだからまぁいいやまたいつか今度直そうと思っているとそれが一年経ち、二年経ちそして気が付くと梅雨の長引く雨で柱が腐

人生100年時代:カッコイイ老年の秘訣「老にして学べば・・・」江戸時代の儒学者・佐藤一斎の言葉から「学ぶ」こと

「少(わか)くして学べば、即(すなわ)ち壮にして為すことあり。 壮にして学べば、即ち老いて衰えず。 老にして学べば、即ち死して朽ちず。」 その印象的な言葉を知ったのは、もう10年ほど前になるでしょうか。 「青年期に学べば、30代、40代の元気な壮年に何事かの結果を残すことができる。壮年期に学べば、人生の晩年になっても気力が衰えることがない。老年期になり、より学べば、あなたの言動は次の時代に引き継がれ、死んでもなお朽ちることはない」 その洗練された鋭刃のような言葉は、江戸

【苦境の考え方】冬の時期はエネルギーを増やしている時「ふゆ」「ふゆる」「ふえる」

彫刻家の大黒貴之です 長い人生、順風満帆に人生を謳歌し続けることは極めて難しいものだと思います。歴史や時代にも、波があるように人生にもまた波があるのでしょう。誰もが山あり谷ありの経験を積んでこられているものだと思います。 「苦しい時期は1000日以上は続かない」と誰から聞いたことを憶えています。また、冬の語源は、「ふゆる」。そして、「ふゆる」は、「ふえる(増える)」から成った言葉だと聞いたこともあります。 なかなか前に進むことができない冬の時期は次の春に向けて開花するた

【時間の有限】死の後、その人の生きた証が初めて現れるのではないだろうか

彫刻家の大黒貴之です。 30歳の時に父が他界し、それから「死」について考えることが多くなりました。 祖母が死んだ時、彼女の白骨を観て人のはかなさを知りました。 親父が死んだ時、初めて「死」について真剣に考え始める自分がいました。 「死」について考えることは「生」について考えることと同義なのかもしれません。 人生も中盤に差し掛かると知人の訃報を知ったり、病でその人と接することができる時間が差し迫っていることを感じることが増えてきました。 そのようなことを通じて、自分

出会いと別れは「引力」

彫刻家の大黒貴之です。 「人と人との出会いは、引力である」とは 僕の好きな漫画、JOJOの奇妙な冒険のセリフの一つ。 人生を歩んでいく中で、出会いと別れが必ずあります。 出会いがあれば別れがあり、 別れがあればまた出会いがあるのです。 人生は生まれた瞬間から出会いの連続 人はその誕生した直後から、親と出会うことから始まり、 兄弟親戚、同じ町内の人、学校の友人や先生、先輩後輩、 旅行先で行動を共にした人、勤務する会社で仕事を共にする人・・・ まさしく出会いの連続です

あなたのモノやコトが後世に残るためのたった1つの必要なこと

彫刻家の大黒貴之です。 僕は「何十年、何百年と長い時間の圧力に耐えて
残っていくものが本物である」と考えています。ですので、現時点で、それが「本物」がどうかは、実のところわからないというのが正しいのだと思います。 マーケット上でまるで株券のように
アート作品を売買す様子や100万円単位で値段が吊り上がっていく
オークションの様子には確かに違和感がありますが、
マーケットとは、何千万円、何億円もする作品が
売買されてる市場のことだけではありません。 アートマーケットという

【しなやかに生きる】勝ちを急ぐときほど勝ちが遠のく-赤ちょうちんの大将のこと-

京都三条。 三条大橋近くの赤く光る赤ちょうちんの大衆居酒屋。 暖簾をくぐって年季の入った店内に入ると 何とも言えないごちゃごちゃ感。 けっして小奇麗だと言えないが なんだか不思議な居心地良さが漂っている。 小さな店の中をグルリと囲むようにカウンターがあって その中の厨房で大将が一人、料理と接客をしている。 「いらっしゃい!」 にこやかな笑顔でぼくを迎えてくれる。 そんな三条大橋の赤ちょうちん。 僕が20代の頃、よくそのお店に連れていってくださった方がいて その