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豊島紀 ④あの声で蜥蜴食らうか豊島くん

12月15日(木)には何も予定を入れなかった。
棋聖戦二次予選 豊島将之九段 vs 稲葉陽八段戦
がある。豊島の対局がある時はどうせまともな精神生活を送れないので何もしないでいいようにしておく。(とかかっこつけて書いてるけど毎日なんの予定もないんだ……やることもない…)

豊島と稲葉というと思い出すのが、二人の若き日、豊島が稲葉さんちに行って二人っきりで一日中研究していた時期があり、その二人研究会に稲葉さんが一回お兄さん(アマ強豪棋士)を連れてきたら、「次回からは(お兄さんはヌキで)二人でお願いします」と豊島が言った(そして言った当人はそれを忘れている)といういろいろな意味で素晴らしいひどいエピソード。ほんとヒドイな! 好きですけどねそういうの!

そんなことを考えながら私はまず、『第51回歳末チャリティー美術展』を見るために徳島駅前アミコ東館に自転車で向かった。

なんでそんなもんを、とお思いでしょうがこちら美術系アーティストだけじゃなく各界有名人が参加していて「将棋棋士」の一団もいるのである。その中に豊島将之の名前がある。まさか豊島が「研究の合間に描きました。将棋以外で極めているのはこれぐらいです」とかいってペンギンの絵を出し……たりはしないだろうから、

若き日の夢ペンギン

きっと揮毫入り扇子か色紙だ。このチャリティー美術展の主催が徳島新聞なので、王位戦で徳島に来たときに渭水苑で書いてもらったんであろう。

会場のアミコ東館というのは、むかし『徳島そごう』だったところでそごうが撤退して徳島県は「百貨店がない県2つ」のうちの1つになったんですけど、その撤退してがらんとした、ビンボー神も逃げていきそうなビルの催事場で、この歳末チャリティー美術展は華々しく開催されました! 近所に豊島が来た(違)からには、ということで当然行ったわけです、初日に!

……しかし。

正直舐めてました申し訳ありません。初日で開始三十分で客入りパラパラ程度だったんですけどね画像見てもらえばわかる通り……そのパラパラでも徳島では「大入り」級なんですけど……あのパラパラの人たちの誰かに先んじられてしまったのか。あの中の誰かが出遅れた私を嘲笑っているのか。

というかさ、こんな雑に「販売」されてると思わなかったよ!
長机の上に色紙がバラ撒かれてて値札三千円とか目を疑ったぜ! 

将棋では佐藤会長と里見香奈の揮毫色紙が額装されて壁掛け展示、値段も高かったが、その差はなんなんだ。佐藤会長は会長だから? 里見さんは女流五冠だから? そういえば藤井聡太の色紙も見当たらずだったけど、藤井くんのも三千円で長机で売られてたんだろうか五冠なのに。羽生先生もだ。額装で壁掛けされてるのって、会期が終わるまではそこに展示されると思うので(画廊方式)、壁にないってことは藤井五冠や羽生先生の色紙もきっと長机バラ撒き三千円コースだったのか?……すげえな。でも額装で壁にかけてるやつでもその場で売って渡しちゃったりするのも徳島クオリティなので、もしかしたら額装コースだったかもしれません。とにかく十時開店一番乗りで行って、誰も手をつけてないまっさらの状態を確認しなかった私が悪い。
(今日もアミコの紀伊國屋書店に行ったから、ついでに見てきたが、額装壁掛け、何かをはずしたような配置じゃなかったから、やっぱり藤井五冠の色紙はバラ撒きコースだったと思われる。それにしても失礼だよなー。泉ピン子の色紙も横でバラ蒔かれていて哀しい風が吹いていた)

そんなわけで帰り道の市場で牛の並肉とネギと糸こんと豆腐を買ってしおしおと家に帰り、棋聖戦二次予選を見る。

ネットで中継してないから将棋連盟Liveで見ていた。

映像じゃなくて、「盤面と記者のコメントと評価値」ですけど。それ見て何がわかるんだと言われるとコメントと評価値の文字列しかわかんないですけど。で、こいつをポチポチと見ていたら評価値90パーセントでもう勝つかというところで千日手。え。指し直し。え。

将棋のルールをおぼえて「千日手」ってものも教えてもらった時、てっきり麻雀における九蓮宝燈とかテンホーみたいな、一生に一回出るか出ないかというようなことかと思ってたら(だってそんな感じの語感じゃないですか)ばんばん出るんだよ。豊島もついこないだの銀河戦でやってたよ。そんでその時は99パーセントまで攻め込まれてたのを千日手で指し直しにしておまけに後手番だったのが先手番になっていいことしかなかった(指し直しでも99パーセントまで攻め込まれましたが)。今回は「勝勢です」って言われてたのが千日手でチャラになりおまけに後手番になっておまけに時間は豊島先生(先生呼びにたまになる)のほうが持ち時間使ってるし! いきなり不利なとこからやり直しですよ! どーん……(←ショックを受けている音)

市場で買った買い物でおわかりの通り、その日の晩めしはすき焼きの予定で肉焼いてネギ焼いて割り下入れて……っていうとこまで用意したのにいきなり食欲ゼロ(ちょうど切ったり焼いたりのそのあたりで千日手になったのだった)。三十分後に指し直し局が始まり味のしないすき焼きを食いながらアプリで見てたがどうも局面いいと思えず、肉はノドを通らず糸こんとネギ食ったらまた気絶が襲ってきたからフトンに倒れ込んだ。これは豊島先生に対して不安があるということではなくひとえに自分の心の弱さからくるものである。畠山鎮先生が、将棋は全勝の世界じゃない、負けて心が折れてその痛みに耐えられないタイプは才能があってもプロの世界では厳しい、と言うておられましたが、私は才能がないうえに痛みにも耐えられないのでダメダメです。プロじゃないのが幸いである。それで2時間ぐらい気絶してましたのですが、意識を取り戻してもへろへろで──

(ここで、この時の自分の気持ちのありようを説明する。私は豊島の徒なので豊島に勝ってほしい。だから勝ちそうだった時には当然うれしい。勝ったらこの豊島紀のタイトルをどうつけようか、何をどう書こうかというようなことまで考える。また一人殺してしまった、殺すことの痛みはいずれ何倍にもなって帰ってきて殺されてのたうちまわるのか……とかなんとか、考えたあとにただちに不安に襲われ、何かっこつけてんだと自分を叱り、こんなふうに調子に乗っていると足元をすくわれる煮え湯を飲まされる、と何も考えないように無の心でいこうと思うが豊島が対局しているからそんなことは到底無理だ。そうしている間に千日手指し直し。人を殺す意味と殺される意味を悶々と考える。そのうち悶々としすぎて気絶。毎回この始末。よっぽど向いてないんだ勝負事が)
(ほんと、めんどくさいことばっか言っててすいません)

──むりやり再び気絶しようとしたけれど心が弱いので震える手で将棋連盟Liveアプリを見てしまったら、

いつのまにこんなことに。それでこのあと勝ったんですけど、けっきょくこの日の対局、10時から始まり昼食休憩はさんで千日手局が17時18分に終わり151手。休憩30分、指し直し局終わったのが22時36分218手。

計369手……

持ち時間3時間の対局は夕食休憩は設定されてないが千日手指し直しがあったから晩めしヌキで23時近くまで将棋指してそのあと感想戦も1時間ぐらいやってると思われ、やはりプロの将棋ってのはある種の異常世界であり、棋士は人外の存在かもしれない。

連盟Liveの中継ブログ(アプリの中にある。最初どこにあるのかわかんなくて死ぬほど探したよwebで)には対局者の「事前」「最中」「事後」の写真が載っていている。この日の豊島将之九段の写真三態が、こんな重量級の対局を終えても朝と終わった時と寸分の違いもないぐらい乱れのないお姿だと評判であった。

並べてみる。時系列わかんなくなっている。

しかしこんなに涼しい顔をして、やった将棋はすごかった。
馬の顔の見分けなどつかなかったのに競馬を始めると強いのから弱いのまで馬の顔も性格もまるでちがうのがわかるようになる、というのと同様に将棋を見始めると盤面を見ただけでどういう殺し合いが行われようとしているのかがわかる。……なんてところまでは到底いってない私でも、この後手番豊島の王様が相手陣地のいちばん奥の端っこまで到達して二方を壁、三方をびったりと自分の手下で囲んで微動だにしないというこれを見た時にはあっけにとられた。うちの猫が引っ越しで、慣れない新居に入ったらパニック起こして部屋の角に頭をくっつけてカチコチのぺったんこになって身を守っていたことがあったがそれを思い出す。いや、ぜんっぜん状況はちがうんですよ!  ただ形が似てたんで思い出しただけで失礼この上ない連想です申し訳ない。豊島の王様は巌の守りなんだから。こうなると稲葉さんちの王様も豊島陣に入るしかないが、ぴし……ぴし……とそれをつぶしていって投了に追い込んだのであった。豊島という人は……す、すごいな。「豊島流〇〇剣」という言葉が思い浮かぶが、〇〇についてはこれもまた誤解をまねきそうなので考えを充分深めた上でなければ発表には至れない。

豊島を究める旅は続く……。

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