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豊島紀 ⑦豊島将之は「あー…」と言った

『SUNTORY 将棋オールスター 東西対抗戦2022解説会』に行った。

会場は明治神宮内明治神宮会館。キャパは千席ぐらいで、なんかやけに懐かしい感じのするホールであった。昔の九段会館みたいな。席種が3種類あってS席A席B席とある。S席は特典で「記念撮影付き」である。

え……まさか…ツーショット……、

ないないない。S席って定員百名だろ。そんな手間のかかることやってられないよ団体戦とはいえ対局当日に。せいぜいS席の人と出場棋士でラストに集合写真でも撮る程度のことだろう。ほら、さいきんよくあるステージ上から客席入れて撮るやつ。あんなやつを一枚撮って、あとで送られてくるみたいなやつでしょ。まあそれも記念になるし、前方席から舞台も見たい、と思ってS席を買った。

チケット買ってしばらくして、その「記念撮影」なるものが「棋士とのツーショット写真」だということが判明した。

マジですか……(°°) 

私は棋士の写真は欲しいが自分の写真なんか見たくもないので「それは要らない」のですが……それよりもいつ撮るんだよそんなの。対局前にそんなことさせるとか滅相もない、対局終わりでそんなことさせるのも申し訳ない。相手が勝ってりゃともかく負けたりしてたら何を言ったらいいのか。そもそもツーショットの相手って誰。まさか「棋士ガチャ」ということはないだろう。本番に近づいてきたらきっと運営本部から「希望の棋士を第1希望から第3希望までをお知らせください」とか言ってくるのだろうと思っていた。それから各種対策(なんのこと)を考えればいいか。

すると本番の二週間前にこんなことを書いたメールがきた(抄出)。

★スケジュール
・09:00 S席受付開始
・09:30 S席特典「棋士とのツーショット撮影会」開始
・10:30 撮影会受付終了
・11:00 撮影会終了
・12:00 開会式

[PassMarket]「SUNTORY将棋オールスター東西対抗戦2022解説会」ご案内

対局前かい! そして朝9時受付開始って早くないか(私は東京都下の実家に泊まってたが朝7時すぎには家を出ねばならなかった。……まあ受付開始一時間以上前に会場に着いちゃったですけどね!)。それよりも撮影開始9時半て。対局前の棋士にそんな朝早くから仕事させていいんでしょうか。

……なんてことに気を取られて、もっと気にすべき齟齬がこのスケジュールの中にはあったことに気づかなかった。いや、当日はちゃんと進行すると思うじゃないですか! そしてけっきょく最後まで、事前に希望の棋士を訊かれることもなく当日を迎えてしまったわけです。

その日、私は原宿駅のまわりをひたすらぐるぐるしてから、受付開始の三十分ぐらい前に明治神宮会館の入口に到着する。前日の前夜祭で、早すぎるんじゃないかと思って余裕ぶっこいて開場時間ぎりぎりに行ったら長蛇の列で遅れをとったので早めにしてみたら……前からn番目(ヒトケタ)でした。早すぎた。そこにいた将棋連盟の職員の人に「気がはやって早く来ちゃいまして…でへへ」と要らぬことを言って職員さんに困ったように「ハハハ…」と返され、あとはもうしゃべることもなく黙って並んで、前後に並ぶ人たちが楽しくしゃべっておられるのを聞くともなく聞いていた(←孤独)。

すると聞こえたのだ。「さっきとよぴが──」

「え゛」衝撃を受けた。「とよぴってほんとに言うんだ……」

いや、豊島の愛称がとよぴってのは知ってましたよ知識として。でもそれって文字上の概念というか……まさかほんとにそう呼ばれているとは思わなかった……とよぴ。……ぴ。新規ファンはこういうことでも動揺する。そうかとよぴか……。

動揺してるうちに開場時間になり、検温されてエラーが出て、次にチケットのバーコードでエラーが出て真っ青になるが何回もやってなんとか突破したら長机の受付で「ツーショットの希望棋士は誰ですか」と、ついに訊ねられた。「とと豊島先生です」

「ではあちらで並んでください」と言われる……が、そのあちらというのが漠然としていてよくわからない。なんとなくその「あちら」のあたりに行き、先にそこで所在なげにしていたファンの人に「あちらに行けと言われたんですがあちらはこちらですか」「私もよくわからなくてどちらなのか」と戸惑い合いながら、ロビーのホール扉の前あたりでうろうろしていた。希望棋士を聞かれて「あちら」と言われたからには、そのあちらであるこちらは「豊島の列」なのだろうか。この先いったいどういう流れなのかさっぱりわからず不安に苛まれていると、

「西の棋士を希望された方はホールに入りますので、こちらへ並んでくださーい!」

と女性スタッフの声がかかってホール扉があいた。え、ホール。スタッフさんは客席の通路をどんどん進んでいくからあわててついていくが、「ということは西の棋士とのツーショットはホール内で撮るのか? ということは東の棋士はどっか別の場所で撮るのか? 別の小部屋かなんか?」とどうでもいいことがアタマの中をぐるぐる回るが、先導するスタッフのはるか向こう舞台上に、すでに背広姿の棋士らしい人が立ったりイスに座ったりしているではないか。

「ちょちょちょっと待って、待って! 心の準備が! うわああああ……」

もういるし! 豊島が!

舞台の下手にスタンド花とイスが6脚ぐらい置いてあって、糸谷、稲葉、斎藤、山崎各氏が座ってニタニタ(というとなんかアレだがニコニコ、という感じではなかった)笑いながら雑談しつつこっちを見ている。豊島は立って男性スタッフと何かしゃべってる。

荷物はてきとうな座席に置いて携帯のカメラをオンにしてくださーいと言われ、気がつくとステージ前には二十人?ぐらいのファンがわらわらとタムロしている状態。そしてここから「棋士とツーショット撮影」が開始になったんですがこのオペレーションがけっこうアレだった。ファンはみんな荷物を好き勝手なところに置くためにばらけていて整列もしておらず、舞台に上がる階段が置いてある下手通路寄りのあたりにいる人から撮影開始になる。

「では最初の方、ご希望は」「はい、豊島先生で」「豊島ですね! 豊島先生お願いしまーす」。※私は最初の方ではないです。

そして舞台に上がって連盟の人に携帯なりカメラなり渡し、スタンド花の前に並んだところを撮ってもらう。座席でぼーぜんとしながら撮影が進んでいくのを見ていると、とにかく希望棋士は「豊島先生」「豊島先生お願いします」「あのう豊島先生を」「豊島先生」「豊島先生で」

豊島ばっかかよ!

というか、なんのためにさっき希望棋士聞いたんだ。希望棋士を聞いたからには、希望棋士ごとにファンをまとめて整列させて整然と撮影は進んでいくものだとばかり思ったらそうではないのである。ステージ下に三々五々いるファンにむかって、「次の方どうぞー!」「次の方いませんかー!」と呼ばわって、そこで名乗り出る人が舞台に上がるという感じで、間があいて「次の方どなたかー!」とスタッフが叫び続け、舞台上では豊島がなんとなく突っ立っていたりする事態も起き、私はもういっぺん舞台に上がろうかと思いましたよ! ズルして二回撮りたいっていうんじゃなくて(いやそれもあるが)、舞台の上の棋士の先生をお待たせしたら申し訳ないにもほどがあるじゃないですか! もちろんやってないけど!

豊島先生、豊島先生、豊島先生、たまに「斎藤先生」と「糸谷先生」が混じるが主として豊島先生。山崎先生は一回見たか……稲葉先生はついに見なかった気が……いやわかりません見逃しただけかもしれません。とにかくトヨシマ。豊島ツーショット撮影をイスにすわって手持ち無沙汰の半笑いで待ってる先生がた。豊島希望者が多いんだろうなとは予想してましたけど、まさか他の先生たちがお茶引いてるところを舞台上で見せる演出だとは思わなかったですよ!

手持ち無沙汰な先生がた…

AKB(私が行ったのはHKTですが)の握手会なら、列の並びで握手人気の有る無しがモロに(アイドルにもファンにも)わかるようになっていて、並びの少ないアイドルとそのファンはこの悔しさをバネに「もっと握手券売る(買う)!」とがんばる(or心折れてやめる)という仕組みだけど、棋士がツーショット撮影で人気なくても将棋の成績と関係ないしなあ。「なぜ豊島ばかり……! この恨みは将棋で返す!(男泣き)」とはならんだろう。いや案外そういうモチベーションで研究に励んだりするのだろうか?

さすがにこれは……ということにスタッフも気づいたか、「棋士の皆さんはいったん控室にいっていただいてけっこうです」で、ファンの希望があったところで呼ばれて出てくる方式に。

と、ここで撮影会の案内メールの文面を思い出していただきたい。

9時  S席受付開始
9時半 S席特典「棋士とツーショット撮影会」開始
10時半 撮影会受付終了
11時  撮影会終了

さっきのメール

9時から10時半までならいつ来てもいい=バラバラに来るってことですよこれ。五月雨式に。まあふつうは、私みたいに気がはやったのが受付開始と同時に押し寄せるんですけど、10時半までオッケーとなればその時間に来る人だっていますよ、それでオッケーなんですから。

だから撮影が一段落して袖に引っ込んですぐ「豊島先生ー!」って呼び出されて豊島先生が袖からひょこひょこ出てきてツーショット撮って「他に豊島先生の方いらっしゃいますか?いませんか? じゃあ豊島先生どうも〜」となって豊島先生がひょこひょこ袖に引っ込んで数分たたないうちにファンの人が来て「豊島先生お願いします」で、また「豊島先生〜!」でひょこひょこ……。

可愛かった///(違)

けどこれオペレーションとしてはダメダメだろう。豊島に何やらせてくれちゃってんですか!

しかしイヤな顔ひとつなさらない豊島先生

あと、西軍の撮影やってる途中で「もうすぐこちらで東の棋士の撮影も始まります」とスタッフの声がかかり、「え? 今まで東軍は別の場所でやってたんじゃなかったのか?」とアタマの中にハテナが飛び交ったが、東の棋士を希望するファンの人たちがわらわらとホールに入ってきて、「え! 東の棋士もここに全員勢揃いすんのか?」と思ったら、なぜか東軍は最初から呼ばれた棋士が一人ずつ出てきて撮る方式だった。そして舞台上に出てきたのは永瀬拓矢と羽生善治だけだったような気がするがはっきりいって東軍のことはあんまり見てなかったのでちゃんと他の棋士の方も出てきてたのかもしれませんすみません。

永瀬王座らしいポーズ(と勝手に私が思っているポーズ)

あと、撮影がはじまってしばらくこっちもいろいろアタマぶっとんでて気づかなかった重要なことがあった。

そこに藤井聡太がいない

え。するとわりとぎりぎりの時間になってホールに駆け込んできた女の子のファンが「藤井竜王でお願いします!」って言ったら、スタッフに「藤井は別室で撮っております」ってどこかに連れて行かれていた。

藤井聡太は一人で別室

すごいなあどんな部屋でやったんだろ。貴賓室的なとこか? こういう会館には必ずあるもんね貴賓室、ましてや明治神宮の会館となれば皇族方がお通りになる特別室とかありそうだからそこに行ったのか? みんな勝手な想像ですけど。前夜祭やツーショット撮影会の画像は「SNSで拡散してください!」って言ってたからいっぱいネットで見たが「藤井の別室」画像は見てないのでわからない。何か秘密にでもなってんのか(たぶん私がいつも見るところじゃないとこで流通してるんだと思う)。

最後に、舞台上に東西出場棋士全員集合して、それをS席客が写真撮りまくるお時間があり、みなさんバズーカ砲みたいなレンズをさらににゅいーんと伸ばしまくって(劣情というコトバをなぜか思い起こす)、ステージ前にはゲリラ豪雨みたいなシャッター音が鳴り響く。オレも新しいレンズ買うかなあと思いながらパシャパシャやって300枚撮ってた……。昔は36枚撮りのフィルム1本撮ると「撮った〜」という気分になったものですが今は良い時代になったものです。

そして私の「豊島将之とのツーショット写真撮影の顛末」はどうなったか。

はたして写真撮る時に話をすることはできるのか、感染症予防の観点から会話厳禁かもしれないなあと思いつつ「言うことは決めておいた」。

あと、「ツーショット撮影はなるべく順番早いうちに終わらせる」というのも決めておいたことの一つ。というのも握手会で終わり頃にダレまくる&目が死んでるアイドルを山ほど見ていたから、棋士が慣れないツーショット撮影会なんかやらされたら後半はもっとお疲れになるだろう。新鮮な気持ちで撮影会に臨んでいる「うちに」撮影を終わらせてしまおうという作戦です。

それでさっさと終わらせたが、「早く終わらせたのはいいとしても、もうちょっと他の人のツーショットの有様を観察してから撮ってもよかったな」と思いました。というのも、けっこういろんな人が「これを持ってください」「こういうポーズしてください」とかリクエストしてて、「う、そういうことができるのか」と気づいても後の祭りだったから。私がいちばん「ちきしょーやられた」と思ったのが、

ツーショット撮影をしたあとオマケに豊島のワンショットも撮る

というやつ。そうなんだよ私もツーショット要らないからワンショットだけ欲しかったんだよ! 頼めばいけたのか……! 後の祭りだ! それに後のほうになると全体にダラダラしてきて(それは予想通り)、なんか撮る時間もダラダラのびてしゃべる時間やら何かしてもらう時間やらものびてたんよな。てっきりAKBの握手会における「剥がしスタッフ」みたいなのが鬼の時間管理をしてさばいていくんだと思い込んでたから、そんな独自行動なんて考えてもみなかった。こんなにユルユルな現場だったらもっといろんなことができたじゃん!

……とはいっても、そんな余裕が与えられて何かしようとしたってぜったいスベるので(でもワンショット撮影はお願いしたかった……ギリギリギリ←歯ぎしりの音)、余裕なくてよかったかもしれない。で、私が豊島にお伝えしたのは以下のようなことでした。

「あのう私、徳島から来まして」
「あー…」(←「あー」って言ったあの声で! あの「あー」だ!)
「家が渭水苑の近所なんです」
「あー……そうなんですね」(←え……ニコッと……した…!?)
「ですから来年もぜひ渭水苑に来てください」
「あー…はい」(←え!え! も、もしかして笑ってる!?)
「ぜったい来てください、応援に行きますので」
「あー…ありがとうございます」(←笑ってはる! 笑ってはる(T^T))

ということで「王位戦の挑戦者となって渭水苑に来て対局をしてください」ということはちゃんと伝えることができました。私は人に話しかけるとだいたい相手がぎょっとしてやや体を引かれる、そして何かしゃべっても聞き取ってもらえず「は?」となる、というのがデフォルトになっている人間なので、豊島さんに怖い思いをさせないよう、そして警戒されないように、まず二人で並んだ時に「豊島のほうを見ないでカメラのほうを見ながらさりげなくカニ歩きでにじり寄って、私徳島から来まして、となるべくはっきり聞こえるように言う」というのを敢行したが、これ今から思うとけっこう不気味な行動だったかもしれない。だって「そっぽ向いたおばさんがじりじり近寄って話しかけてくる」ってどうよ。それに私は「さりげなく行動」と思った瞬間から不穏な行動しか取れなくなるのでそうとうな不審者だったと思われる。

が、豊島さんは大人であり、笑って聞いてくれてよかったです。ずっと応援しています!

で、このツーショット撮影会が終わったあとに『SUNTORY将棋オールスター東西対抗戦』の本番がはじまって、朝8時ごろ原宿についてこの本戦が終わった夜7時までの長丁場を、サントリーがくれたペットボトルのお茶だけで乗り切ったのだった。休憩時間あるけど、神宮内苑なので売店とかも見当たらないんですよ! 後半は空腹で目まいがしそうでしたが、去年参加されてたとおぼしきファンの皆さん(S席にいるのはほとんどそういう方たちだった模様)はサンドイッチとかお菓子とか持ってきて食べているので「すみませんそれわけてもらえませんか」と言いたくなったがそんなことをしてはますます不審者となること必定なのでなんとか耐えた。次回このイベントに来るなら食料持参必須である。

閉会式でやれやれやっと終わったと思っておられる豊島九段(邪推です)

あと会場内がやけに寒いんで(終了まぎわになったらなぜかあったかくなったが)トイレが長蛇の列で、やっと入ったら、この会館でこんなにいちどに全トイレを使われることなどないのか、水流しても「へろへろへろ……」としか流れてくれず、トイレそのものはとてもきれいでしたがいくらきれいでも水が流れない水洗トイレは詰む。これで何回も水を流そうとして時間がよけいかかって長蛇はさらに伸びた模様でした。私はこのイベントでも、ひたすらぼっちでだーれとも何もしゃべらなかったが、このトイレの帰りにだけは、同年輩のファンの人と「水が流れませんねえ」「いちどにみんな流してるからですかねえ」という会話ができた。

あと、運営の人は、ツーショット撮影会やるなら特典チケット持ってる人に事前に希望棋士を聞いておいて棋士ごとにまとめて時間も決めて撮影したほうがいいんじゃないでしょうか。そうすればもっとスムーズに、棋士の方にも負担かけないでやれると思うのですが。まあ今回はこのバタバタが面白かったから良しです。やっぱイベントはこういうバタバタがないとねー(ってどっちなんだよオマエは)。

あ……肝心の、本戦のこともトークショーのことも何も書いてない……けどこの記事の主旨は本戦のことを書くことではないのでいいのだ(と開き直って終わる)。

アンタさっきから豊島のことばっか撮ってるでしょこっちなんか見向きもしないでしょ、と言わんばかりの山崎さんと「どうかしたんですか」という豊島さん(すべて邪推)

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