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豊島紀 ㉗王座戦準決勝の夜、豊島将之の夜

第71期王座戦挑戦者決定トーナメント準決勝、豊島将之は渡辺明との対決を制した。次は決勝である。藤井聡太が待ち構えている。

対局のあとの豊島という人は、ぞっとするような孤独をまとわりつかせている。なんといったらいいのか、暗殺者が一仕事を終えて、一人でアパートに帰ってきて暗い台所で血のついた手を洗いながら暗いため息をついている、というような風情がある。「なぜ俺は(ココは「俺」)こうして手を血に染めているのか。しかし私はそれをやらなければならないから仕方がない」。べつにその仕事を悔やんでるわけではなく、淡々と仕事をやり遂げているだけなのだが。

──と、いつも対局後のインタビューやら感想戦を見ていて思っていたが、この王座戦挑決トーナメント準決勝後のインタビュー動画は、何か不安になるぐらい静けさと冥(くら)さがあった。

「あー……」静かである

まず、豊島の声がおかしい。どうしたんだろう。声変わりの途中の男子がこんな声になってることがあるが、豊島せんせいそういう年頃ではないし。再びの声変わりを経て子どもの声に戻ったりして。あのカワイイ豊島クンに。そしていつかバケツを胸に抱えるようになるとか……(ならない)。

声のことは気のせいだったとしても、いつもにまして口が重い上に声が小さい。動画のボリュームいくら上げても豊島が何を言っているのかがほとんど聞き取れない。聞き手の北野記者の声も小さかったんで「マイクもっと近づけるとかしてくれよ」と文句言いつつボリュームMAXにしてたら、渡辺がしゃべりだしていきなり大音声になって夜中なのにびっくりしたですよ。口調だけ聞いていたらどっちが勝ったのかわからないぐらい、豊島の声は冥くて小さかった。豊島はいつもそうだ、って言われりゃまあそうなんだけど、それにしたって特別級の冥さだ。この動画を何回も見ているが、豊島が何を言っているのかほんと、聞き取れない。

「……、……」聞こえない…

このインタビューが記事になったのがこれですが、

一昨年に叡王と竜王を奪われた相手である藤井名人との再戦に向け「次も精いっぱい頑張りたい。(藤井名人は)非常に精度の高い将棋をずっと指されている方。自分なりに全力を尽くしたいです」と抱負を述べた。

朝日新聞デジタル

「ここで勝っても次に藤井聡太が出てくるから勝って浮かれてられない」からいつになく静かだった、というのがわかりやすい解釈なのかもしれない、が、なんかそういうものとはちがうような気がする……。じゃあ何なんだ?

ネクタイをはずしボタンも外すのに、ワイシャツは長袖、下にはクルーネックシャツを着込む

……………

話はややそれる。A級順位戦1回戦の豊島将之vs稲葉陽戦(豊島せんせいおめでとうございます)と、同じく1回戦佐藤天彦vs斎藤慎太郎戦(天彦先生おめでとうございます)を見て、思うところがあった。豊島将之と佐藤天彦の違いである。

佐藤天彦はアーチストだなあ。芸術家。将棋は勝ち負けを争うものだが、勝つことだけではなくて「こんなに美しい(or 目の覚める、胸のすく、ぞっとするetc.)手」を「わが手で(なんなら自分との対局中なら、相手の手であっても)現出させる」ことに歓喜を見出しているかのようだ。

(↑これは棋譜を解析した、とかいうものではなくて、私が将棋を見ていての印象の話です↓)

では豊島将之はどうかというと。
豊島という人は、あのルックスや、言動や、対局中のたたずまいなどから、「将棋の美学を静かに追究する」みたいなイメージがあったのだが、そういう人ではない、と思うようになった。誤解を招く書き方かもしれないが、

勝つためならばどんな手段も厭わない


人だと思う。もちろんそれは反則とか将棋でよくあるところの「盤外戦術」でもない(そっち方面はむしろまったく手を触れない)。盤上で、相手の玉を詰ますためならば泥臭いことでも見場のわるいことでもなんでもやりますよそしてそれを対局者や観客がどう思おうが気にしませんよ、という意味です。将棋を芸術と捉えていない。アーチスト志向がない。アーチザン。暗殺者ってのもアーチストじゃなくてアーチザンだよな。佐藤天彦とは対照的である。

ぎり…ぎり…ぎり……

その「勝つためには何をしようが」という職人ぶりが研ぎ澄まされて美の境地に達している、というのが豊島の将棋だろう、と今年度のA級順位戦を二局見て思った。見誤っていたらすみません。

で。
この王座戦挑決準決勝後の豊島を見ていて、あの冥いのは、波動砲発射する前に艦内全電源をいったん落として電力ためてから波動エンジン再始動に行くじゃないですか、あの「全電源オフ」の状態なのかと思ったらいろいろ腑に落ちた。(なんの話をしてるのかというと『宇宙戦艦ヤマト』です)

藤井聡太と挑決決勝、将棋界的にでかいことであるし、藤井聡太豊島将之の対局には過分な意味づけがされがちであるけれど、豊島ファンとしては豊島がどういう仕事を完遂するか、だけを見守りたい。

しかし……

にこにこ
にこにこにこ

同一人物と思えない……。

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