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豊島紀 ⑪敗者には何もくれてやるな

あー負けた負けた!って感じですかねー(©菅井竜也)。第81期将棋名人戦・A級順位戦。

いろんな棋戦がありますがやはり名人戦および順位戦は特別なもので、いくら序列は竜王のほうが上って言われたって「将棋は名人戦」と思っている者としては、このA級順位戦で藤井聡太に負けて3敗(名人戦挑戦者争いから一歩脱落した)。正直痛かった。

朝日新聞囲碁将棋チャンネルのこの動画は夕方以降からの動画だから6時間しかない(!)けど、ABEMAの動画は感想戦入れて15時間(!)。もうプレミアム会員しか見られないけど。

画像に動画リンク張ってます。プレミアム会員でまだご覧になってない方どうぞ

豊島が90分の長考とかしてましたもん。宝塚大劇場のミュージカル1本見られますよ90分あったら。それをただ将棋盤の前でひたすら考え、相手はひたすら待つ。やっぱとんでもない世界ですね将棋。といっても、やってるやつは好きでやってそれで金まで稼いでんだから別にえらくもない。見てるやつも好きで見て勝手に浮かれたり落ち込んだりしてるんだからえらくもない。将棋のことなんかどうでもいい人(日本人のほとんど)にとって、興味は藤井聡太って強いの?ってぐらいのことだろう。ええ、強いよ。強いんだよ! どれぐらい? イヤになるぐらい強いんですよ!

なんなのこの手も足も出ない感じは(私が感じてるだけです)。

暮れに豊島が順位戦で広瀬八段とやって負けた時(今思うと、藤井聡太に負けたのより広瀬戦を落としたののほうが痛かったのかもしれない)、「広瀬って強いよなー」と思いながらも「広瀬とはこれからも勝ったり負けたりしつつそれぞれ棋力を高めていくのだろう」と思ったものですが、藤井聡太とは「もうやりたくねえ……」とイヤになる(私がですよ)ぐらい「行こうと思った道がいきなり途切れて巨大な崖が立ち塞がってる」感が強い。

私が今まで「手も足も出ないぜったい勝てねえ……」と思ったのは、「全盛時の横綱北の湖」と「最優秀救援投手に選ばれた年のジャイアンツの角」だが(古いね)、今の藤井聡太の強さは全盛時の北の湖に近いな。正攻法でいこうが立ち会いで変化しようが、ガシッとまわしを取られて、確実に寄り切られる。相撲は1分に満たない勝負だが、将棋はそれを半日かけてやられる。ええ、きのう豊島も15時間かけてやられましたよ(勝負そのものは14時間だけど、終わったあと1時間、感想戦という名の「なぶり殺しの振り返り」がある。難儀な商売です)。朝から晩までかけて、やられるところを見させられました。

ABEMAの解説に出た佐々木勇気七段(将棋を知らないほとんどの日本人に説明すると29連勝してた藤井聡太の30連勝目を阻止した男。藤井に密着してたミヤネ屋でついでに紹介されていたがミヤネ屋の視聴者がどれだけおぼえてるか。ジュネーブ生まれ。目が大きくてまつげが長い)と阿部光瑠七段(あべ・こうる。将棋界に多い「怜央、怜生」のレオ名を超えるキラキラネームだと思う。ちょっと思いつかないよ光瑠でこうるって。アニメ好き。卑屈な態度で言いたいことを言うキャラ)の二人に、

左が光瑠、右が勇気

「この将棋もう勝負ついてますよ」
「いったいいつまで粘ってんですかね」
「相手にわからせないと」
「いいかげん投げてもいいんじゃ」
「こんなに粘られると感想戦やる時間ないし(笑う)」

とか言われ放題に言われて豊島ファンはABEMAを見られなくなって朝日新聞の実況youtubeに移った人も多かったらしいが(毎日新聞公式youtubeでも実況してたのにそっちに行ったという人を見かけない。毎日も主催社なのに影が薄かった)、

将棋ってのは、人前で指してたらそういうことも言われる

のが宿命である。私は最後まで見たよ。まあ私だって聞きながら「他人に言われる筋合いはねえよ」と思ったけど将棋みたいな、運にまったく作用されない残虐ゲームで筋合いも何もない。豊島は好きで粘るんだし、それを「無駄なあがき」で「迷惑だ」と言うのもひとつの意見ですわな。

あの、嫌われるほど強かった北の湖が晩年、負けがこんできて引退勧告されて肯わなかった時、横綱審議委員長の高橋義孝に、

「往生際が悪い」

と言われてさすがの北の湖も同情されたものだが、同情されるようになっちゃおしまいだよなと、同情されてる北の湖に同情してしまった。最後まで諦めずに勝ち筋への道をさぐる豊島先生は尊い、というのも自由。粘ったって負けてんだろ、というのも自由。強い(今まで何人もの相手を斬り殺してきた棋士)ほど好きなこと言われる。業です。

でもこんな場面に出くわすと自分の気持ちなど簡単かき乱されてしまうものである。単に目を休めながら考えてただけだと思うけど。

豊島将之によって将棋の底なし沼に引きずりこまれた者としては、自分が嫌になるまでは豊島の将棋を見続けるしかない。そして豊島は私が嫌になろうがなるまいがずっと将棋を指していく。「一生将棋指しちゃう呪い」(©灰島紫紅@或るアホウの一生)にかかった光の子なので。

ヒーローインタビューだって受けるのさ


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