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芸能人って、こんなもの? #2

 ホテルに到着する前に梅田駅のドンキホーテで買った572円のおそらく安価なワックスを手に広げた。どの程度つければ良いのか分からなかったので、慌ててYouTubeで「ワックス つけかた」と検索した。美容師であろう、茶髪の男が解説をしていた。ただ一つ、この男は私の好みではなかった。男は、まず手のひらに伸ばし、トップから豪快につけていきますと言ったので、その通りにした。私の柔らかで脆い髪は簡単に形を変えた。男は続けて「タバ感」を出していきましょうと言う。聞いたこともない単語だ。解説によると、風呂上りに見られる髪が束に纏まったような状態を指すらしい。なるほど、風呂上りに少し格好良く見えるのはそのせいなのかと腑に落ちた。最後に残ったワックスを前髪になじませると言う。私はつけすぎたのか、一つの束が明らかに大きくなり、毛の根元で割れた。鏡を見ると不恰好だった。ここ最近薄毛に悩まされているが、それがこのままだとはっきり分かってしまう。私はまた全身の服を脱いでシャワーを浴びた。3度のシャンプーで、完全にワックスを落とした。そうだ、芸能人は質素であるのだ。そう言い聞かせ、前髪を右に全部流すだけにした。黒マスクをつけるとそれっぽかった。それに黒のタートルネックと黒のスキニーパンツと黒のロングコート。加えて、ドンキホーテで買った黒キャップもかぶってみたが、芸能人というよりは、犯罪者の類に近い装いに見えたので、それはベッドに投げ捨てた。


 準備が整ったので、スマホでウーバーのアプリをダウンロードした。またしてもクレジットカードの登録を要求されたので、一つ一つ情報を打ち込んで予約可能になった。すると画面に「初回限定 5000円以上ご利用の方限定 2000円引クーポン」と出てきた。ウーバーを利用する者は割引なんて気にするのだろうか。金に固執する人間は電車や地下鉄で移動してしまうんじゃないか。クーポンを使うことでドライバーの人間にけち臭いと思われないだろうか。多分、いくら芸能人は質素とはいえクーポンを使うことはないだろう。私はクーポンの画面を無視してホテルの車止めに配車した。5分後に到着するというので、やや急いで財布とスマホだけをコートの内ポケットに入れ、一昨日大阪に出てきたときに買った、イソップの香水をやや多めに振って部屋を出た。


 エレベータの鏡に映る自分は芸能人に見えなくもないと思った。髪はこれで正解だったと思う。スマホのカメラを鏡に向け一枚撮ってみた。狭い空間に大きな音でパシャリと鳴る。「芸能人は自己顕示欲の塊だ」とタクヤは言っていたから、この行動も間違ってはいないはずだ。もっと言うならば、インスタグラムのストーリーズに投稿すべきなのだろうが、あいにくフォロワーは6人しかいない。


 外は思ったよりも寒かった。警備員がそんな寒さを一切気にしない様子で、こちらに会釈をした。客だから会釈をしたのか、芸能人だから会釈をしたのか。後者であると思った。

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