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将棋界における将棋AIからみる、ビジネスでの生成AIとの向き合い方

本記事はデータラーニングギルドアドベントカレンダー12日目の記事です。ゾロ目ゲット🎲!2年ぶりのアドベントカレンダーとなりました。

noteとしては随分と久しぶりの投稿となってしまいました。2023年は様々なチャレンジをしようとしたものの、なかなか成果を掴むことのできなかった年でした。来年こそは!

ということで、今年のトピックといえば、どこもかしこもChatGPTと生成AI (Generative AI)。ぼんやり描いていたいつかくる未来が、突然眼の前に現れて世に普及してきた、という印象です。一方で、ある意味でAI利用が先行している将棋界を一人の観る将として考えてきたことがあるので、これを機にまとめてみました。よろしければお付き合いくださいませ。

※私は、生成AIの専門家でもなければ、将棋も素人です。ただし、テクノロジーのビジネス応用という観点においては比較的長い期間を過ごしてきました。本考察はそのようなバックグラウンドの人間によるものである点ご留意頂けると幸いです。

はじめに

2023年のアドベントカレンダーで書くべき話題は、なんといってもChatGPTをはじめとする生成AIであることに異論はないでしょう。これらのAIは、我々の生活における日々のタスクやビジネス上のコスト判断まで、幅広い分野に革命をもたらそうとしています。テクノロジー業界に身を置きながらも、まさか「人類が知的労働だと思っていた言語領域」からAGIの足がかりができてくるとは思いも寄りませんでした。

私はタイ在住なので、あまり日本での温度感はわからないのですが、おそらくもう1つ盛り上がった話題は藤井聡太八冠の誕生ではないでしょうか。個人的には、彼が最初のタイトルを取ったころから観る将として楽しんできました。これら二つのトピックは、「AI」によって結びついています。


DALL-Eに描いてもらったら、将棋みたいな並びのチェスになった。

特に、将棋界では一般社会に先駆けてAIが普及してきました。2017年頃を分岐点として、将棋界はAIが人間を超える能力を持つことを認識し、共存への道を模索し始めました。近い例として、囲碁界でのAlphaGoが記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。AIはすでに人間のプロ棋士との対局で圧倒的な強さを持つことは周知の事実というより、人々の前提となっています。将棋界が歩んできた「AIとの共存の流れ」は、「生成AIが今後どのような変化をビジネスにもたらすのか」を考察するための手がかりとなるのではないか、というのが私の仮説です。

本記事は、2017年以降に将棋界で起こった変化から、ビジネスではどのような変化が起こりうるのかを類推してみる、という勝手な考察でございます。

ちなみにAI vs 人間という側面で将棋界に何が起こったか、についてはこの記事が詳しいです。

AI普及よって起こった将棋界の変化

1.「評価値ディストピア」という世界線

「評価値ディストピア」とは、将棋ソフトが盤面の状況を数値化して形勢を示すことにより生じた状況の1つです。この用語は、2020年7月のニコニコ生放送で佐藤天彦九段によって初めて使われたとのことです。

どのあたりが「ディストピア」なのかというと、AIによる形勢評価(数値)が棋士の判断に大きく影響していまい、互いに数値に振り回されたゲームになってしまう点だと解釈しています。棋士は、AIの提示する「最善手」に依存する傾向が強まり、将棋の研究や戦術がAI中心のものに急激に変化しました。

ここでの重要なポイントは「人間がテクノロジーに過度に依存し、本質を見失ってしまうこと」だと考えます。異なる側面として「AIへの過度な適応」とも言えるでしょう。さらに、勝負の世界で競争が激化する中で、相手もAIを活用するため、自らもそれに追随せざるを得なくなるという囚人のジレンマ的構造に陥ってしまっていることも恐ろしいです。同様の構造は今後ビジネス界でも到来しうるかもしれません。

例えば、生成AIを活用して業務効率が各社でバク上がりした結果、特定の領域では効率化・生産性合戦となり、いつぞやの牛丼チェーン顔負けの値下げ戦争となることも考えられます。また、「AIのほうが予測精度が良いから」と、その背景情報やロジックを理解せずに、AIの値を鵜呑みにするような現象が起こることは容易に想像できそうです。人一倍、自分の頭で考えることが好きで、負けず嫌いな棋士の集まりでも表面化する課題なので、それが一般人に置き換わったと考えるだけで恐ろしいです。近い将来は「AIがそう言っているので」という説明が合理的な説明になってくるのでしょうか?

将棋界での事象からみるに、この事象への対処には2つの方向性がありそうです。1つは、AIの数値を鵜呑みにするのではなく、しっかりとAIが示す結果の裏付けを自らで思考すること。将棋AIでも、最善手は教えてくれますが、「なぜそれが最善なのか?」は教えてくれません。もう1つは、AIがレコメンドしないけれども、自らが信じる価値を突き進むこと。わかりやすいのは「振り飛車」と呼ばれる戦法はAIにも評価されないながらも、今も勝利を重ね続けて、多くの棋士・将棋愛好家に活用されています。

2. 古い戦法の再評価

もちろんAI導入によって悪化したことばかりでは有りません。将棋界ではAIの研究が進む中、予期せぬ発見もありました。過去に流行ったが廃れたと思われていた戦法が、AIによる分析を経て再び注目を集めるようになったのです。昭和初期に流行していた戦法がAI全盛の令和時代に復活したと呼ばれる戦法がいくつかあります。かつては、対策されてしまったものの、それを上回るようなアイディアを発見できるようになったのです。

この事例で示唆的だと思えるのは、過去の手法をそのまま取り入れるのではなく、現代的な解釈や工夫が加えられている点です。以前の手法では既に対策が打たれていたものの、その対策を上回る工夫を見出すことで、新たに有用な戦法として見出されています。

ビジネス界においても、これまで古臭い・淘汰するべきとされていたビジネス構造や風習が見直されることになるかもしれません。
私のバックグラウンドとしてすぐに思い浮かぶのは、垂直統合型のビジネスモデルの再評価です。自動車業界では、電動化によって欧州式の水平分業化が進むと言われてきましたが、現在最も成功しているEVメーカーと言えるTeslaやBYDはどちらも垂直統合型モデルとなっています。
自動車業界以外では、コングロマリット企業の再評価が起こりうるかもしれません。これまでは、各事業を評価・管理しにくいという理由で評価されてこなかったコングロマリット企業ですが、AI導入による検討範囲の拡大によってこれまで見られなかったような価値を見いだせるかもしれません。
または、「昭和的なチームビルディング」として揶揄されているようなことも、いくつかは形を変えて再評価されてくるのかも?

3. 人間同士が取り組むことへの意義

AIのほうが人間よりも将棋が強い、ということが明白になって5年がたった今も、将棋の強さを極める棋士という職業はなくなっていません。それどころか藤井聡太八冠の活躍によって、AI以前よりも注目度が高まっているかもしれません。
そんな藤井先生は2020年の時点で以下のようにインタビューで回答されています。

 ――AIとの共存期において、棋士や人間が持つ可能性についてどう思うか。

 「数年前には棋士とソフトとの対戦が大きな話題になったが、共存という時代に入った。プレーヤーとしてはソフトを活用して成長できる可能性がある。見ている人には、観戦の際の楽しみのひとつにしてもらえたら。今の時代においても盤上の物語というのは不変のもので、その価値を伝えられたら」

読売新聞オンライン

将棋そのものはAIが強いかもしれないけれども、その物語を魅せることには不変な価値がある。我々は様々な要素が有機的に繋がってくる部分に、社会をもつ動物としての面白さを感じているのかもしれません。こんなところに、これからAIとの共存を進める我々にもヒントがあるのでしょうか。

また、著名な将棋AI開発者である杉村達也さんは以下のようにも語られています。つい「対決」というように陥ってしまうことにハッとさせられます。

AI将棋と棋士の共存は始まりつつあるんです。だけど、世間的にはまだ「人間とコンピュータの対決」という時代から抜け出せていないのかな、と感じます。

Number Web

ビジネスにおける「人間同士が取り組む意義」とはなんでしょうか。きっと単なる数字としてのKPIや効率化を追い求めることは、人間よりもAIのほうが得意だと思います。短絡的なお金儲けはAIが実施したほうが上手に行くことになる未来で人間は何に取り組むべきなのか考えさせられます。
将棋における不変な「盤上の物語」とは、ビジネスにおける「パーパス」や「世界観」といった単語に当てはまる気がします。これからは「どんな世界を実現したい/したか」という目的意識がより重要になってくるのではないでしょうか。

まとめ

ここまで読んで頂きありがとうございます。これからAIと人間の共存はもっと様々な分野で進んでいくでしょうし、今の私達には思いもよらない変化をもたらしていくことでしょう。
きっと人間の性として、どうしてもすぐに「AIに負けないように」「AIに仕事を奪われないように」という思考回路をしがちだと思います。(現代西洋哲学の中村昇先生によると「人間の仕事がAIにとられるとかっていう話も、『人間はAIと同じアルゴリズムだ』という認識が根底にある」とのこと)

でも、「AIに負けてしまった」将棋界はその後の5年で新しいムーブメントを作り出してきました。おそらく重要なことは、意固地になって守りに入るよりも、新しい時代のなかで何を追及していくべきなのかを自分なりに定義することだと考えています。こんな激動の時代に生まれてきたことを楽しみながら、「どんな世界を実現したいのか?」ともがき続けながら生きていきたいですね。

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