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『水車小屋のネネ』 日々を誠実に生きていくということ

 津村記久子の小説に含まれる大きなテーマとして、「弱者が不当に扱われていることへの抗議」があるのではないかと思う。本作もそういったテーマとともに、苦しい状況に置かれた主人公姉妹が、日々を誠実に生きていくことで、自分たち自身の人生を生きていく姿が描かれている。
 
 主人公の山下理佐・律の姉妹は、実母との三人暮らしであった。しかし、理佐は短大の入学金を母の恋人の事業資金に回され、律は母の恋人から暴力を受けている。そのことをきっかけに、姉妹は遠くの町での住み込みの働き口を見つけ、(姉妹の言葉を借りるならば)「独立」を果たす。理佐が18歳、律は小学校3年生の時であった。
 「独立」を果たしたことで、姉妹の新たな人生は動き始める。働き口の蕎麦屋には、ネネという名前の鳥が飼われていた。その、ネネの周囲にいる人たちと協力し合いながら、成長していく姉妹の姿が描かれる。
 
 作中で、登場人物が以下のように述懐する場面がある。
「自分はもう、どうでもいいなどと思うことはないだろうということを、強く確信した」
「そして、自分は生きていることはそう悪くないものだということに確信を持ち始めていると律は気が付いた。」
 
 理佐と律を含め、周囲の人々もそれなりに苦しい人生を生きている。しかし、日々を生きていくことで、上のような述懐を抱くところに、この小説の肝要なところがあるのではないかと思った。
 
 『水車小屋のネネ』は、津村記久子の小説らしく淡々とした筆致で描かれている。大きな事件や出来事が起こるわけではない。しかし、一日一日の日常を誠実に生きていくことによって、登場人物たちが自分自身の人生を肯定していく物語なのではないだろうか。【終】


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