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『工場』非現実と現実の間

 『工場』
小山田 浩子 著 
新潮文庫・2018年9月
  以前から小山田浩子さんの小説は気になっていた。しかし、パラパラとページを繰ってみて、改行がほとんどない文面に臆していたのか、なかなか手に取ることができなかった。そんな中、図書館の棚でたまたま文庫版を見つけ、ようやく読むことになったのが『工場』である。
 
 作中の語り手は、「工場」で働くことになった牛山佳子、古笛青年、牛山佳子の兄の3人である。牛山佳子は契約社員としてシュレッダーでひたすら紙を粉砕し続け、古笛青年は工場内の屋上緑化を推進する職員として日々を過ごす。牛山佳子の兄は、人材派遣会社に勤務する恋人の口利きで、「工場」の校正を行う部署に派遣社員として勤め始める。
 
 「工場」は牛山佳子に言わせれば、「莫大で広大で、この土地に生活している以上その影響を絶えず受けていて、それゆえに無視せざるをえない存在」で「昔からこの町に住んでいるものなら一族の中に工場の関係者や工場の子会社の関係者、取引先に勤めているものが必ずいた」という場所である。
 ここまで読むと、現実にもありそうな光景に思える。しかし、具体的に何を作っている工場なのか明示されず、その異様な巨大さも相俟ってか不気味な印象を読者に与えている。
 その一方で、牛山佳子が正社員の求人に応募したら契約社員でどうかという話を持ち掛けられる、社員食堂の看板メニューが「わらじコロッケ定食」であるといった、妙に生々しいリアリティを感じさせる描写も随所に見られる。
 
 文庫版の解説で金井美恵子が書いているように、カフカの小説を想起する読者も多いのではないかと思う。どこか寓意的で不気味な「工場」が描かれる一方、先に述べたリアルなディティールが物語を現実と非現実の中間に留め置いているような不思議な感覚を覚えた。
 
 その感覚は、他の作家さんではなかなか味わうことができない、小山田浩子さんの小説を読むことで味わうことができる独自の感覚なのではないだろうか? 【終】


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