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『夢見る帝国図書館』 「記憶」と「記録」を巡る物語

『夢見る帝国図書館』
中島 京子 著
文藝春秋・2019年5月

 中島京子の小説に共通するテーマとして「過去」が挙げられるように思う。本書でも、喜和子さんという一人の女性と帝国図書館にまつわる過去が大きなテーマになっている。
 
 物語のあらすじはこうだ。
 ある晴れた日、上野の国際子ども図書館のベンチの前で、「私」は喜和子さんという老年の女性と出会う。その後も、何度か顔を合わせることになり、緩やかに喜和子さんとの交流は続いていく。
 しかし、しばらくたった時、「私」は喜和子さんが亡くなったことを知る。生前の喜和子さんと交流のあった人々と出会ったことと、喜和子さんから「私」に託された葉書とルーズリーフを受け取ったことから、喜和子さんの生涯を追っていくことになる。
 
 先に中島京子の小説に共通するテーマとして「過去」が挙げられると書いた。同じ過去でも、本作ではあやふやで主観的で時に変容してしまう「記憶」と、客観性を持ち主観によって変容しない「記録」の対比を読み取ることができるように思う。この小説には、喜和子さんから「私」に託された葉書とルーズリーフをはじめ、「としょかんのこじ」という童話、『歩兵第二二八聯隊史』など、様々な「記録」が登場する。そしてそれらは喜和子さんの生涯を明らかにしていくうえで重要な手掛かりとなっている。
 
 『夢見る帝国図書館』は数奇な運命を辿った女性の一代記である。それと同時に、喜和子さんが「自分が自分であるために、必要な物語」を「記録」という形で歴史の中に定着させようと企んだ、そんな物語なのではないかと思う。
 
 喜和子さんという女性の一生を縦糸としながら、国際子ども図書館をはじめ、東京芸術大学や上野恩賜公園、谷中といった周辺の歴史と情緒を横糸として織り込んでいる物語でもある。そういった土地にまつわる描写も、とても魅力的な小説だと思う。【終】
 


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