そっちがキミのメインルート#4
ゆるやかな坂道を進みながら
「さっき話した上級者ルートで登った友人はね・・・」と、
歩きながらふいにフー子が同僚のことを話始めた。
同期入社してからずっと同じ部署で仕事をしてきたその同僚は
フー子よりも早くに仕事が認められ、今はチームリーダーを任せられるほどになっていた。
厳しい状況に自分を追い込むのが好きだという同僚についていこうと
フー子も仕事をしていたけれど、実力の差なのか最近はずいぶん離されてしまった気がしていた。
「自分にも他人にも厳しい友人だから、最短で昇級したのかもしれないんだ。私も友人みたいになりたいなって思ってたんだけど・・・」
「でも、その人にはその人のペースがあるよね?
フーちゃんがどういうのが向いているのかにもよると思うよ」
「そうなんだけどね・・・」
「フーちゃん、ほらここ」
と、ダイジョーブタがしゃがんで、草の中を覗き込んでいる。
「どうしたの?」
草をかき分けると、そこには小さな紫色の花が咲いていた。
「ホタルブクロだ」
「よく知ってるね」
「子供の頃、お父さんが山登り好きで、よく連れて行ってもらったの」
フー子はしゃがんだまま、そこから動こうとしないで可憐に咲く花をじーっと見つめていた。
「どうかした?」
「最近・・・こんなふうに、花をじっくり見ることもなかったな〜と思って。」
「仕事のことで頭がいっぱいだったんだよね」
「気づかないだけで、心が揺さぶられるものってたくさんあるのかも」
「そうだね。多分頂上に着くまでにも、フーちゃんのアンテナに引っかかるものがいくつもあると思うよ」
「そうかも。あ、鳥の声も聞こえる!」
ふたりで耳をすましてみると、聞き慣れない鳥のさえずりが聞こえてきた。
「都会では聞けない声・・・なんだか心が落ち着くねーーー」
フー子は思いっきり、周りの空気を吸い込んだ。
「ね!途中に色んな楽しいことがあるんだよ。そっちの方が大事かもしれないよ?」
ダイジョーブタにそう言われ、フー子はまたひとつ、はっとした。
「こんにちはー」
背後から登ってきた登山客に声をかけられ、
フー子は笑顔で「こんにちは!」と挨拶をかわしてからも、
ずっと耳をすましていた。
「町ですれ違っても挨拶なんてしないのに、山だと当たり前に挨拶するよね。なんか新鮮で楽しいね」
「山の挨拶は遭遇した時に早期救助につなげるためって言うけど
でもそれだけじゃないと思うんだ。同じ時間、同じ山に登る同志・・・
みたいな感じかな。」
「たしかに!でも、そんなふうに感じるなんて、ダイジョーブタも登山したことあるの?」
「何言ってんの!こう見えても”山ヤ”なんだよ」
そういって胸を張って言うダイジョーブタに、フー子はキョトンとした表情を見せた。
「・・・・・・・・”山ヤ”ってなあに?」
<つづく>
イラスト:かわい ひろみ
物語作 :今西 祐子
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