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No.018 安全な輸送

先生
フウマさんは飛行機のパイロットになりたいって言ってたけれど、どうしてですか?

フウマ
はい、人を安全に輸送したいからです。

先生
安全に人を運ぶという意味ですね。
おそらく高い技術が必要で、操縦士としての訓練を積む必要があるでしょうね。

フウマ
はい、でもそれだけでは足りません。

先生
うん、よくわかってるね。
ある一定の学力がないと訓練を積むこともできませんからね。
フウマさんは当然高校に行かなくてはなりません。
大学にも行くべきでしょう。

フウマ
はい、でももっと大事なことがあります。

先生
ほう、本当に君はよくわかっている。
英語をはじめとした語学にも通じていないといけないことを。

フウマ
はい、全くその通りだと思います。
英語は勉強していますし、中国語もいろんな種類があって学びがいがあります。
でも、基本的に持っておかなければならない考え方があると思うんですが。

先生
よく言った!君はえらい。私は感服しました。
君が言いたいのは仕事に向き合う考え方、つまり心構えのことだね。
職業パイロットである点を忘れてはならないと。
趣味や好き嫌いだけで関わる訳にはいかないんだと。
そう言いたいんだね、君は。

フウマ
なるほど、ごもっともです。
先生は社会科のご担当ですから、仕事とはどうあるべきかにお詳しく、とて勉強になります。
ところで、自分の夢を叶えるために持ち続けなくてはいけないことがあります。
それが自分の支えになるのです。

先生
ほほう、君はその歳で、誇りやプライドについて言及しようというのかね!
これはたまげた。
なるほど、ここまで話してみてわかったことだが、、、。
君はすでにそれを持ち合わせていると思うよ。
私は君のその上品なプライドが好きだ。
それを忘れずに夢を追いかけなさい。

フウマ
恐れ入ります。
評価していただけて、感動してつい声が震えます。
自分を突き動かすような、心の奥から出てくるあの感覚についても先生にぜひ聞いて頂きたいのですが。

先生
遠慮しなくていいよ。
ズバリ、野心のことだな。
ああ、その領域にまで達しているとは。
すでにあなたは精神的に大人です。
あなたは私にとってかけがえのない生徒であり、誇りです。
いや、むしろ私が君のことを先生と呼ばせてもらおう。
あなたはその野心をもって、世界を動かすほどの力を持つといい。

フウマ
ありがとうございます。
恐縮のあまり、言葉が見つかりません。
しかし、先生、申し上げにくいのですが、ぼくには野心はありません。
ぼくの心にはもっと単純で純粋な何かがありまして、それを抜きに僕の夢は語れないのです。

先生
フウマさん、私が愚かでした、許してください。
君をみくびっていたかもしれません。
逆に気を遣わせてしまいましたね。
で、聞くが、その単純で純粋な何かとはいったい何かね。

フウマ
はい、僕は景色が好きです。
あと空が好き。
みんなを飛行機に乗せて僕が運転するんです。

先生
は?なんと言いましたか?
景色と空が好きって。
運転ではなく、飛行機は操縦と言うのです。
悪いがそのレベルでは夢を追えませんよ。

フウマ
航空関連の用語はもちろん知ってます。
僕は乗客の心を運びたいという思いで、わざと運転という言葉を使いました。
イメージはワンマンバスの運転手さんです。
こころがいつも乗客の近くにあるような。
幼稚な発言をしてすみません。

先生
なるほど、まあいいよ。
せいぜいがんばるんだね。
バスの運転手のほうがもっと楽に実現するんじゃないか?
それに、空が好きなだけなら、別にパイロットにならなくても乗客として飛行機に乗ったっていいんだから。

フウマ
はい。
でも僕が乗客として乗るだけだと、僕が楽しいだけで終わっちゃいます。

先生
それでいいじゃないか、空が好きなら。
君はどうやら自分が楽しむことが仕事になるという錯覚を起こしている。
お客のために働かなきゃならないんだよ、パイロットは。
まあ、中学生にこれを言っても仕方ないか。

フウマ
はい、ありがたい忠告です。
お客さんのため、だからこそ僕は空を好きでいる必要があります。
それを乗客と分かち合うことを最優先の仕事に、先生の言葉をお借りするなら、野心にしておきたいのです。

先生
へっ。それが野心であるもんか!
野心とはそんな生やさしいものではない。
自己実現のためなら手段を選ばないほどの強力な意志のことを言うんだ。
バカにしないでほしいよ、大人を。

フウマ
失礼しました。
とにかく僕は空が好きで、空を見てると苦しいこころが晴れるんです。
世界中の空と海の景色を見たくてワクワクするんです。
そんな僕が運転することで、お客さんを喜ばせたい。
お客さんにも空を見てもらって幸せになってもらいたい。
幸せな旅はいちばん安全なんです。
ほんとうに、生意気ばかりで失礼をお許しください!

先生
ご立派だね。
パイロットが空が好きなのはいいとしても、幸せと安全は関係ないだろう。
そういえば、最初に君は安全とかなんとか言ってたね。

フウマ
はい、幸せな雰囲気を作って乗客を運ぶのが最も安全な輸送方法です。

先生
君のそのファンタジーに対する信念と想像力は好きになったよ。
興奮して悪かった。幼稚なのは私のほうだった。
しかしその上で言うけど、君はやはり大人や社会を小馬鹿にしている。
君にはどうもそんなクセがある。
なんでも思った通りには行かないよ。
パイロットの気持ちも確かに大事だが、安全とは結びつかない。
素人の私でもわかることだが、安全な輸送に必要なのは操縦技術とチームワークなんだよ。

フウマ
はい、僕のクセはやっかいだと自分でも感じるところがあります。
訓練によって技術は得られます。
全員が仕事に真摯に向き合えば、チームワークは自然にできると思うんです。
真摯に、真剣に仕事に向き合い続けるために、純粋な思いが必要だと思いました。

先生
ほう、少しは論理的に考えようとしているようだ。
それで?

フウマ
純粋な思いが実らない世の中なのは知っています。純粋な思いが強いせいで僕はひどく傷ついたことがあります。だからこそ純粋な思いを大事にしていたいんです。つまり僕は僕を大事にします。そして余った力でみんなを大事にします!そうやって社会に影響を与えられるかもしれないし、何かいい方法はないかなって思ったんです!

そうしてひらめいた道がパイロットなんです。
乗客によっては楽しいフライトの人もいるし、悲しいフライトの人もいるでしょう。
どんな事情で乗ってるかは知りませんが、僕の運転で空を見てほしいんです!
皆さんの夢は叶うから、みんなも、純粋な気持ちを持とうよって。

先生
わかった、わかった、そうまくしたてないでくれ。
さっきも言ったが、バスの運転手でもいいじゃないか。
船とか、何か別の乗り物でも同じことだ。

フウマ
はい、もちろん。
運転手に限らず、どんな職業でもいいと思います。
でも、僕に示された道が今のところパイロットだから、それを今がんばって目指すんです。

先生
私も昔、画家を目指そうとした。
でも無理だった。
それで猛勉強して中学の教員になった。
本意ではなかったが、教員の叔父からの勧めで学費も助けてくれて、それで仕方なくそうした。
まあ、そんなことはどうでもいいが。
君もこんな私のようになってしまうぞ、ということを言いたいのだ。
夢やぶれ、偉そうに常識を語るだけの大人に。
私は自分で自分が不憫だ。
まあ、こんな私がまだ夢を叶えられるのなら別だが。

フウマ
そうでしたか。
貴重なお話、ありがとうございます。
先生の夢はなんですか?
今でも画家ですか?

先生
いや、もう画家の夢はないよ。
今の仕事が嫌なわけでもないし。
でも、君と同じく誰かの夢の助けになれるといいな。
強いて言うならそれが夢、いや夢にしてはちっぽけだな。
そういう思いがどこかにあったのかもしれん。
それを君につつかれた。
君にやきもちを焼いたのかな、いい歳して情けない。

フウマ
先生がいてくれたから、僕は夢を追いかける勇気が湧いたんです。
ありがとうございます。
先生はたった今、僕を助けてくれました。
僕のほうが先生の運転する飛行機に乗ったんです、きっと。
先生も僕も、夢は叶うんです。

先生
なるほど、うまいことを言うね。
大人を小馬鹿にしてはいけない。
いや、今はそういう気もしないか。
なんだかスッとした気分だ。
いずれ君の操縦、いや運転する飛行機に乗せてくれよ。

フウマ
はい、喜んで。

先生
私にとってもこの時間はいいフライトだった。
ありがとう。
途中、乱気流でヒヤヒヤしたけれども、考えてみれば私自身が作り出したものかもしれん。
君の安全運転のおかげで、エキサイティングなフライトだったよ。
明日からまたがんばるよ。

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