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第3回「三河平定戦」1月22日

海道一の弓取りと謳われた今川義元が桶狭間の戦いで織田信長に討たれると、松平元康(家康)は苦渋の選択の後、今川家の支配からの独立をはかります。
ドラマでは、これに怒った義元の嫡男・氏真が、人質だった松平の家臣の妻子を処刑しました。
氏真からすれば、元康は今川家の将来の重臣候補であり、信頼する家臣であり、幼い頃から一緒に学問や武芸を学んできた親友でもあったはずで、最愛の父を殺した信長に味方するなどという裏切りが許せるはずがありません。
これは史実で、氏真は吉田城代小原(大原)肥前守鎮実に、人質13人の処刑を命じました。
龍拈寺の門前で、13人を大きな槍でまとめて串刺しにしたとも言い伝えられています。
13人の遺体は、龍拈寺から離れた現在の豊橋市富本町の寺領に埋葬されました。埋葬地にある石碑は「十三本塚」と呼ばれており、富本町の町名は「十三本(とみもと)」が由来となったとも言われています。

とても悲しいお話ですね。
でも、残念ながら、これが戦国時代です。
現代とは人の命の価値感がまったく違う世界ですので、私たちが現代人の感覚で、惨いとか悲惨だと言うのは、少し違うのかもしれません。
また、氏真はまだ優しいほうです。
家康もこれ以上の酷いことを、氏真の領民に対して行っています。堀川城攻めでは、七百人の農民を斬首にしたと記録が残っています。
信長や秀吉は、もっと酷いことをたくさんしています。
こんな地獄のような戦国乱世を、家康は必死に戦い、そして生き抜き、やがて260年も続く戦のない世を作り上げていくのです。
家康の「どうする」を、しっかりと観ていきたいと思います。

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