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こっそり趣味のページ

こんにちは。

肝心の自己紹介?は後程として、久々に随筆でも書こうと思います。

僕は、日本の伝統文化や歴史が好きなのですが、

骨董や茶器、絵画なども、色んな趣が感ぜられて大好きなんです。

美術品や褒美として、茶器や刀剣が重宝されるようになったのは、

政治的な背景等があったりするので、今回こちらは割愛しますが、

そんな中でも、好きだなぁと言うものを紹介させていただきます。


皆さんは、織部焼ってご存知ですか?

僕の出身地である九州にも、有田や伊万里、波佐見、高取、

もっと近くに限定すると、三池焼や小岱焼なんてのもあります。

ちなみに筆者は、小岱焼の酒器が大好きです(笑)

三池焼も、落ち着きがあって大好きですけど。


さて、話を本題に戻しまして、織部焼のお話です。

皆さんご存知でしょうが、むかしむかしに千利休という茶人が

居ましたよね?会った人は居ないでしょうが。

その利休の凄い弟子達の中に、古田織部と言う人が居ました。

この人は武将でありましたが、優れた茶人でもありました。

利休の後を継ぐのは、織部だよねって言う位の。


利休の茶は、わびさびを尊ぶものでした。

派手を好まず、飾らず、身分や地位にとらわれない。

それらは茶器であったり、作法であったり、茶室であったり、

あらゆる所に反映されています。

そんな利休の後を継ぐ程の茶人が成した織部焼とは…?


歴史に詳しい人であれば、へうげものと言う単語も御存知かも

知れません。ひょうげものと発しまして、現代語に直すと、

ひょうきん者と言う意味です。

件の古田織部が、そう呼ばれていました。

彼の作った茶器は様々あるのですが、

何やら歪な不思議な形をしていたり、

わざと割った器を継ぎ接ぎにしていたり。




当時の茶の席と言うのは、物凄く重要性が高いものでした。

なのにわざわざどうして?本当にただのへうげもの?

そう感じる人も居るかも知れません。

でも、何だか面白くて、僕はこの器達をじっと見つめてみたのです。


僕は「人」だと感じました。


整いきらない、未完全なぐにゃりとした器。

びび割れて、それを継いで形を成している、不完全な器。


それらは、どこか危うくて、脆くて…そして愛らしい。


織部は、それを表現したかったのかな?と。

人はそれでいいんだよ。完成形じゃなくていいんだよと。


完全な主観なので、専門家には怒られそうですが(笑)


この器達を見ていると、

例え、今現在や、かつて在った姿や形にとらわれなくても、

そのままの形で、また違った形で、

器として。人として。

ありのままで生きていいんだよ。

そしてどんな形でも、僕やあなたは支え合えるんだよ。

そんな声が聞こえてきます。


焼物の世界も、中々面白いですよ。


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