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掌編小説「ひとつわたしにくださいな」

「皆さん、このままでは私たちの村が鬼たちに潰されてしまいます。皆さんの力を貸してください!」
 何十頭いるだろうか、村の住民たちがひしめく屋敷の一室で、桃太郎が熱弁をふるっている。桃太郎の目の前には、大量のきびだんごが積まれていた。
 右隣の雌の雉は熱っぽい目で桃太郎を見つめている。桃太郎は二十歳の若さで、彼の祖父の後継者として村をまとめていた。見目麗しい人間の若武者。桃から産まれた逸話も彼のカリスマ性を高めていた。
「おい犬、知ってるか」ぼうっときびだんごを見つめる犬に、左隣の猿が小声で言う。
「桃太郎は桃から産まれたって言うのは嘘らしいぞ。本当はあの先代の爺さんの妾の子だとさ」
「そうなのか」知っていたが、犬は話を合わせた。
「隣村との抗争で先代の長男が惨殺されただろ。あの時すぐに跡継ぎを決めないと隣村に乗っ取られそうで、だから妾の子に急遽、跡を継がせたんだと」
「桃から産まれたとか、よく思いついたよな」
「違いない」猿は笑う。

その隣村との抗争で、犬の父は死んだ。父は、村できびだんごの売人をしていた。「先代の爺さん」と猿が言ったこの村の頭領が、山に芝刈りに行く時に採ってくる、秘伝の粉が入っているきびだんごで、頭領は莫大な富と権力を手にした。誰も逆らえないほどの。父はその「先代の爺さん」の忠実な部下だった。

「おい犬、お前もきびだんごを狙ってるんだろ。今回手柄を上げたらきびだんごの販売権が独占できるって噂だぜ。ものすごく儲かるぞ。鬼を殲滅したらきびだんごも正々堂々と売れるようになる」
犬は答えなかった。


父は、家に大量にあるきびだんごを、一度も犬に食べさせてくれなかった。食べたいと言っただけで殴られた。
「お前もお母さんみたいになりたいのか!」
母は父に一室に閉じ込められていた。日に何度も泣き喚いて、だんだん痩せ細って、そして、きびだんご食べさせて、と叫びながら死んでいった。
「じゃあどうしてお父さんはきびだんごを売るんだ」
犬が聞いたら、父は俯いて「生きるためだ」と言った。母と村人達に詫びるように、父も抗争で死んだ。
じゃあどうして犬は今ここにいるのか。桃太郎は父と母の仇だ。でも、答えはわかっていた。破滅するのはわかっている、それでも、きびだんごが食べたい。それだけだった。「食べさせて」母の末期の叫びが犬の耳にはずっとこだましていた。呪いのように。


「さあ皆さん。このきびだんごを持って、鬼ヶ島に向かいましょう!」桃太郎の声が響き渡った。

(了)

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あまり自作に解説を入れるのも野暮なんですが・・・

掌編小説教室のお題は「「桃太郎」の登場人物(桃太郎、犬、猿、雉、誰でもよい)が「なぜ鬼ヶ島に行くのか」の行動理念を考えて、それを一つの場面として小説にしてください」というものでした。

とても面白いテーマでした。みんなが知っている物語をアレンジするというところで、発想の転換や意外性が問われます。教室の他の皆さんの作品を読むのもとても楽しかった。

私はとりあえず「桃太郎」=正義、「鬼」=悪、という概念を反対にするところからはじめました。桃太郎(一族)をめっちゃ悪く設定することで、必然的に鬼は正義の味方サイドになりました。(「鬼ヶ島」には警察のような治安維持組織がいるという想定で書きました)でも、ここにいる桃太郎側から見たら、「鬼」は自分の秩序を崩壊させる「悪」で、自分たちは「正義」なんですよね。だから「鬼退治」しているわけで、結局は昔話と同じ構造になるわけです。そこをどう違和感を持たせて書くか、一つの挑戦でした。

もう一つこだわったのが犬の「動機」でした。

小説教室では、この「犬」の、破滅するとわかってるのにきびだんごを食べたい、という動機について、どうしたら読者側にわかってもらえるだろうか、という投げかけを先生が他の生徒さんを当てて聞いて、「え、そんな難しいこと聞かれるんですか?」と返されたりしていました。結局は、最初の一口には多幸感があるのを知っているから、とか、「俺は大丈夫だ」という根拠のない自信があるから、といった回答があって、それはそれでなるほどと思ったんですが・・

私が書きたかったのはその「説明のつかない」ところを「説明のつかないまま」感覚として伝えていく、というところでしたので、「あー!!難しいなあ!!」と思いました。こんな短い尺じゃ無理ですね。

犬にはプラスの動機なんかひとつもなくて、ただ、母の「呪い」なんです。「なんで?」と聞かれても他に説明はできない。

人は、そういう「何か」で動くものなんじゃないかなあと。人生の岐路にたっても、説明のつかない「何か」で、ものすごい決定を下してしまうことは、あると思うのです。そういうことが、「ありのままに」書けたらすごいなあ、と思うのでした。

とても難しいことを考えていますね。私。

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