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掌編小説「十人目の転機」

「あーもう、なんなん、いいかげんにして」

キレてはいけない場所だった。のに、私は叫んでしまった。目の前にいる、真新しいスーツがまるで似合っていない男子学生がフリーズしている。私の隣に座る課長は私を凝視した。もう叫んでしまったので仕方がない。やけくそで私は続けた。

「もう、朝からずっと面接してんのよこっちは。みんな「志望動機は?」って聞いたら、「御社の環境への取組が素晴らしい」とか言うのよ。それうちのホームページの経営理念をまるまるしゃべってんのよ。あんたで十人目よ。「サスティナビリティ」ってあんた言ってたけど意味わかって言ってんの?」

男子学生が何か言いたげにしたので私は遮った。

「私にもわからんわ。どうでもええねんそんなん。こっちは文房具作ってんのよ。あんた、別に、うちの会社じゃなくたって、どこでもええんやろ?」

もう始末書は覚悟して、私はふんぞりかえって答えを待った。隣の課長は少し腰を浮かせて私の暴走を警戒していたようだが、また座り直した。男子学生と私を交互に見ている。ふん、急遽予定が入った主任の代役で、採用担当でもない私をこんなところで閉じ込めて一日中学生の面接させるからこんなことになるのよ。と、やけくそで課長をみたら、あれ、課長の目が笑ってる?

「消しゴム!」

突然男子学生が叫んで私はびくっとした。

「消しゴム?」

「あの、御社の消しゴムで、いくら消してもカドが出るやつがあったじゃないっすか、あれすげーな、ってちっちゃい時に思ってて、就活はじまった時に会社名見てあの消しゴムの会社!ってテンションあがってたんすよ。ああいうちょっとした便利さで人って簡単にしあわせになれるじゃないですか」

敬語も忘れて一気に喋った男子の目は、さきほどの目と全然違った。大群でひたすら泳ぎ続ける魚の目をしていたのに、一人だけ違うルートで海面を目指し始めたようだった。

課長が横で座りなおして背筋を伸ばしたのがわかった。

「部下の暴言をお詫びします。もう一度お尋ねします。御社を希望した志望動機を教えていただけますか?」


翌日、始末書を書いて課長に提出した。課長はぽかんと私を見て、それから笑った。「頼んでないけど」

「反省しましたので。申し訳ありません」

「このフォーマットじゃないよ、始末書」課長はもう爆笑している。

「あ、失礼しました」

「まあ、昨日のは、「圧迫面接だ」ってTwitterにあげられたらアウトだったかもしれないけどね、彼、三次面接受けてもらうことにしたから、大丈夫でしょ」

「え、そうなんですか」それはよかった。「いい顔してましたものね」

「あなたも今日から正式に採用を担当してください」

「え」

課長はまた笑っていた。「あなたにも彼にも転機になりましたね、昨日は」



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掌編小説の教室で、「転機」というテーマで書いた掌編です。その日の授業は、テーマをその場で決めて、1時間以内に原稿用紙2枚分を書く、というもの。なんとか書けましたが、今回はその時のものを少し丁寧に書き直しています。

「転機」といえば就活しか浮かばなかったので安易な発想で書きましたが、就活あるあるが書けたかなという気はしています。最後、主人公は出世することにしてたら「それはさすがにないやろ」と授業でアドバイスを受けて、ちょっと変えてみました。

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