掌編小説「土に還るもの」


「あ、落ち葉だ」
 教授はしゃがんで、それを拾い上げた。目の高さまで持ってきて、日に透かす。
「なんの木の葉だろうか。君は知ってる?」
 教授が僕を振り返って聞いた。遮るもののない容赦ない日光が、容赦無く教授の防護服の顔の部分を照らし、教授の顔は見えない。
「何の木って、教授」
 ガラスの中の僕の顔が怯えているのは教授には見えているだろうか。教授はどうしたんだろうか。この異常さに気付いていないのか?
「ここには木なんか生えていません」
「そうだねえ」
 教授の声は、防護服で耳を覆い尽くされたせいでこもって聞こえる。呑気な声。
「木どころか、もう何にも、生えていません。生き物なんか、どこにもいませんよ」
「そうなんだよねえ」
 
某国が落とした最新鋭の新型爆弾がここで炸裂したのは、三ヶ月前。何もかも、生物は全て、蒸発した。としか表現できない。ここにはもう、何もない。そして、生物が生きていける大気は、ここでは消え去った。僕ら研究班は、はやる気持ちを抑えて万全の準備をし、今日やっと現地に入れた。
土肌と岩肌の禍々しい茶色が広がるこの場所で、その落ち葉の黄色は生きていた。輝いていた。白い防護服より、照らす日光より、何よりも。
 教授は真っ白な防護服の腕を下ろし、その落ち葉を土に置いた。そして土をひとすくい、かけた。
「教授、それは持ち帰って分析しなければ」
「いや」
 教授の顔はいまだに見えない。
「これは、これから土に還るから。土が生き返ると、きっとまた、何かが生まれる。」
 教授はずっとうつむいている。まさかとは思うが、その黄色を見て、微笑んでいるようにも見える。僕は土の下に横たわったその落ち葉を見つめた。ここから何かが生まれると、教授は本当にそう思うんだろうか。教授はその黄色に何を見ているんだろうか。

 教授の娘はあの日、ここにいた。いまだに発見されていない。


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掌編小説講座の最初の課題「落ち葉」に投稿したものです。最後の一文が物議をかもしました。なかった方がいいんでは?という意見もありました。でも、今回読み返してみて、教授の絶望も土になって新たな命がうまれればいいな、と思って、残すことにしました。


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