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晴読雨読

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晴レノ日モ雨ノ日モ、私ハ本ヲ読ム
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2021年2月の記事一覧

記憶は決して色褪せない

 自分の幼少期の頃を、思い出そうとしている。まだ物心つく前のことで、善悪の区別もついていなかった。その頃の自分は、誰かと接するときや何か行動を起こすときなど、そこには一切の偏見や先入観が存在していなかった気がする。確かに、この世界にあるすべての物事は新鮮だった。  今では、ある程度自分の中で経験や知識が蓄積された一方で、どこか物事をフラットな目で見ることができていないのではないかという思いに駆られてしまう。そんなとき、原点に一度戻るために読むのがアメリカ人作家Truman

言葉のマリアージュ

 物語を読んだ衝撃で、しばらく思考停止になってしまうことが時々ある。  これまで読んだ中でいうと、パッと思いつくところでは西加奈子さんの『サラバ!』、百田尚樹さんの『錨を上げよ』など。本当に読み終わった後に、どうしようもなく感情が揺さぶられる。物語が放つ吸引力に、一歩も動けなくなる。  良質な作品というのは、人によってさまざまな定義があると思う。少なくとも、私の中ではその一つの基準としては「カタマリ」が挙げられる。  登場人物が放つ、エネルギーの「カタマリ」。その気に当

自分にないものに憧れる

 昔はどこか現実世界から逃避できるような場所を欲していて、心温まる小説ばかりいっとき読んでいた。それがここ最近だと、割と人の内面だとかその人の行動する理由みたいなところに、焦点を絞った作品を読むことが多くなった気がする。  そんな中で読んだのが、奥田英朗さんの『ナオミとカナコ』という作品。 ■ あらすじ望まない職場で憂鬱な日々を送るOLの直美。 夫の酷い暴力に耐える専業主婦の加奈子。 三十歳を目前にして、受け入れがたい現実に 追いつめられた二人が下した究極の選択……。

感性が消え去った景色の中で

 人は誰しも、強弱の違いはあれど個人的な執着を示すものが1つか2つあるように思う。そして一度固執してしまうと、その場所からどうにも逃げられなくなる。それは時に人生を豊かにもするし、一方で奈落の底に追いやる可能性も示唆している。 *  先日、平山瑞穂さんの『遠い夏、僕らは見ていた』という本を読了した。読んで感じたのは、人はひとつのことに執着すると視野が途端に狭くなるということ。自分の世界を広げてくれるものはこの世にいくらでもあるというのに、ひとつの考えに縛られ、どんな些細な

あたまの中の栞 -睦月-

 ふだん日常的に映画を見たり、本を読んだりしていると、終わった直後はしばらくその内容がふよふよと頭の中を漂っているのだが、料理と同じでしばらく経つ頃には感動経験は残っているのに内容の細かい部分を忘れてしまう。  そんなわけだから、ひと月終わるごとに、その前の月に読んだ映画や小説を棚卸ししようと思い、noteにもまとめることにした。 1. さくら:西加奈子 昔からずっとずっと再読したいと思っていた作品。前回読んだ時は、正直主人公の兄のエピソードと、美しい妹の美貴のエピソード