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キネマ備忘録

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映画を観て、広がった世界のこと
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#いま私にできること

車窓から覗く胸の痛み (『ドライブ・マイ・カー』考察)

 車の中から、窓の外を見る瞬間が好きだ。  晴れだろうと雨だろうと、私は守られている存在で、一歩引いた姿勢で景色を楽しむことができる。流れゆく折々の場面は、ひとの人生を体現しているようにも思えて、ほんの少し切なくなることもある。高速道路を猛スピードで駆け抜ける車、突如として広がる海の青さ、激しい雨が窓を穿つ音。  自分で運転をすることも好きだけど、誰かが運転をする車に乗ることも同じくらい好きだ。外を眺めることに集中することができる。巡りめく景色の中で、自分がこれまでどのよ

いつから人鳥は空を飛べなくなったのか

いでや、この世に生まれては、願はしかるべきことこそ多かめれ。  ー『徒然草』兼好法師  私が中学生になったばかりのこと。  大人になればくだらない悩みなんて綺麗さっぱりなくて、もう少し呼吸をするにも楽な世界に生きているんだろうと漠然と思っていた。20年後はもっと立居振る舞いもそつなくこなせて、相手との間に軋轢が生まれないようにうまくやるに違いないと、そんな淡い幻想を抱いていたのだ。  それがいざ自分がその歳になると、かつての私自身の理想に指さえも届かない。それどころか、

時間を旅する人たち

水の上に石を落とすと、静かに波紋が揺れる。 ちょうど日常のちょっとした変化に対して、それがまるで波紋のようにだんだんと異なる影響をもたらすことをバタフライエフェクトというそうだ。 そういえば昔『時をかける少女』というアニメ映画を見たことがあるけれど、主人公が過去に起こした出来事によって未来が大きく変わってしまうという、そんな道筋だったように思う。3作品にわたって制作された『Back to the future』もそうだ。 タイムスリップをネタにした話なんてものはこの世の

映画#9. 家族を超えた愛(『湯を沸かすほどの熱い愛』)

このコロナ禍が収まった暁にはやりたいことがいくつかあるが、そのうちのひとつが銭湯にいくことである。 昔ながらの、下町でやっている銭湯がとてもすきで、ネットで調べてはよくふらりと立ち寄っていたものだ。先日見た映画『湯を沸かすほどの熱い愛』では、その舞台が銭湯。友人に紹介されたのだが、そのときには実は見ることを躊躇していた。 というのも、よくあるガンで余命宣告を受けて…という構成の流れで、お涙頂戴的なありふれたエピソードだと思っていたからだ。実際に映画を見てみると、良い意

差別と偏見にまつわる人の心

先月、アメリカ・ミネソタ州にて黒人男性のジョージ・フロイドさんが、無抵抗にもかかわらず白人警察官によって殺される、という事件が起こった。その結果、アメリカ国内でたくさんの人たちが、人種差別に対する抗議デモを行う事態に発展している。 21世紀に入ってからは、20世紀以前に起こった出来事を背景に、「人は皆平等、差別を止めよう」という動きが広がった。だけど、たぶんこの手の問題は依然として解決の糸口が見えていないように思う。 確かに今回の事件は痛ましい出来事であることに変わりはな

#7. 思い悩むこと(『道』)

ふと振り返ってみると、あの時ああすれば良かったのに、と自責の念に駆られることがある。 以前、森川葵主演の『チョコリエッタ』という映画と黒木華主演の『日々是好日』という映画を見ていたときに、どちらの映画にも一つのオマージュ的な役割として巨匠フェデリコ・フェリーニの『道』という映画の存在があった。その時からずっと気にはなっていて、この度晴れて時間ができたために早速鑑賞してみた。 あらすじ 怪力自慢の大道芸人ザンパノが、ジェルソミーナを奴隷として買った。男の粗暴な振る舞いに