もしも村上春樹が、とある講座に参加したら。
僕は特別なことは何もなく育った。
今までも特別なことは何もしなかったし、
何かを言う権利もない。
そこは四ツ谷駅からちょうど1983歩目のところにあった。
ここは、とある講座のファシリ養成
_つまりファシリテーター養成の場_であるが
みんながみんな、ファシリテーターになるわけではない。
さとちん(※①)はファシリテーターにならなくていいと言う。
「自分の封印されたニーズとつながって」というようなことを
_ごく簡単に言うと_述べた。
何者として世界に立つかを問う_彼女との航海がここから始まった。
「うまくできない自分に失望したっていうのは村上さんの思考。そこから何が聞こえる?」
「何が聞こえる。」
わからないな。
「その時、欲しかったものは何?」
「その時、欲しかったものは、何。」
「ああ。」
僕は頷いた。
うまく言葉が出てこなかった。
まるで初めて外に出された室内犬のようだった。
「それは_あなたの言葉で言ってほしい。」
「僕の言葉で_言ってほしい。」
彼女の声は誰かに似ていた。
それが、現在は消息不明の_銀座では伝説だった_あのママだということに
この時気がついた。
だからといって状況は何も変わらなかった。
僕は自分のニーズとつながりたい。
それは純然たる事実として、そこにあった。
隣の男性は手帳を、大事そうに持つ人だった。
ふと目をやると、そこには「聡子さんは駅伝のコーチ」とだけ書いてあった。
あるいは、僕にだけ、そう見えていたのかもしれない。
時計の針は、午後三時半、を差していた。
僕は時計のねじを、巻いた。
そうやってこの世界の矛盾を少しずつ元に、戻すのだ。
しかしだからといって、自分のニーズがわかるわけではなかった。
「もう一つだけいい?」
「あなたの感情が聞こえてこないの。」
「僕の感情が_ 聞こえて_こない?」
わからないな。
自分の感情が湧き上がってくるまで、
僕は待つしかない。
僕はここに生きている。
それ以上でもそれ以下でもない。
ああ、悪くない状況だ。
やれやれと僕は首を、振った。
ただひとつだけ言いたい。
完璧な人間など存在しない。
完璧な絶望が存在しないようにね。
※①エグゼクティブコーチの愛称
ベルリン行きの飛行機・・・じゃなかった、東京行きの中央線を待つ朝に。
フィクションです。
尊敬するコーチ、さとちんに捧ぐ。
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