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賭ける前に、ゲームは終了

愛犬の余命半年を賭け
80万をテーブルに乗せようとしていた。

なんなら賭け金を引き上げても
このゲームには乗ってやる
そんな強気の勢いだったのに。



ラルゴが入院したのは9月8日
翌日9月9日に検査をしたが
すぐに結果が出るものと
外部に出して結果を待つものとがあった。

ちなみに疑われる病名としていわれた
【血球貪食性組織球肉腫】は
院内で検査結果が分かったものと
提出前の生体細胞を簡易的にみた結果から
先生が推測してくれたものだ。

つまり、9日に相談した今後の治療方針は
全ての検査結果が揃わない時点で
改善の見込みがある手術をしますか?
それとも全ての結果を待ちますか?
そんな内容も、含まれていた。

私は1人で話しを聞いて事態の重さにビビり
帰って主人と相談しますと先生に伝え
その場を一旦、逃げた。

旦那と手術をお願いすることに決め
すぐに病院へ意向を伝えると、先生は了承し
予定が決まり次第、改めて連絡しますと
短い電話を切った。
それが恐らく、午後4時くらいのこと。

前回のnoteに書いたのは
おおよそ、ここまでの流れになる。

今の気持ちを残したかったことや
友人へ近況報告をしたかったこともあって
電話のあと、勢いで書き上げた。

ところが
夕飯の支度に入るタイミングで
先生から電話が入り、ラルゴの手術を
月曜日以降にしないかという提案が
全ての状況を一変させる。

検査結果が全て出揃うのには
大体1週間程度かかると説明されていたが
MRIは画像を外部の専門家が確認し
所見と共に月曜日に返ってくると。

なので、その内容を確認し
手術は火曜日以降でどうかと。

それと月曜日は術前の輸血が必要だけれど
今は特別な処置をしている訳ではないので
一時帰宅も可能ですが、どうしますか
そうも聞かれた。

このまま入院でも構わないんですが
正直お金も、もったいないかなと思います
先生はかなり、ぶっちゃけて下さった。

実際問題として、入院費は1日最低4万円
何もないのに支払うというのは
正直、かなり高い。

何より、手術が失敗する可能性もあるなか
家で過ごせる時間が僅かでも作れるのは
願ったり叶ったりの提案なので
今日中に迎えにいきますと即答し
改めて旦那と迎えにいった。



迎えにいったときの待合室は
今までで1番、人が多かった。
かかりつけ医の診察が終了し
日曜休診の病院も多いから
駆け込んだ飼い主が多かったのだろう。

広くない待合室に空きソファは既になく
私は隅に立ち、中の様子を眺めていた。

待合室脇はガラス張りで見通しがよく
待合室から続く中央の広いスペースは
最初に運ばれる処置室らしい場所で
人間のERと似たような医療機器が並ぶ。

その隣のスペースには、一部だろうが
入院している犬たちのケージがあり
ラルゴもそこにいたので、ケージから出され
点滴を外されていく様子が、ちょうど見えた。

消毒なのか、足に霧吹きで液体を掛けられ
ペーパーで拭き取る間中、唸るラルゴの声が
とてもよく聞こえてくる。

エリザベスカラーが拡声器になってるのか?
自分の声が響いて、ストレスだろうにと
不思議に思いながら眺めていた。

今、思い返せば、私は病院で
くだらない事ばかり考えていたなと思う。

やがて先生に抱えられてきたラルゴは
私たちを確認すると尻尾を激しく振って
ピスピスと鼻を鳴らした。

イタグレの細くて長い尻尾は、ケガが多く
実はラルゴも先っぽが、ちょこんと曲がって
ワンポイントのようになっている。

その少しまぬけな尻尾を見て
ほっと力が抜けるように安心した。

ツルツルとした診察台に降ろされ
ラルゴは屁っ放り腰になりながらも
長い尻尾を振り回しながら抱きついてきた。
すぐ目の前を、尻尾が行き来する。

私が抑えている間にハーネスを着け
暴れないように、体を固定してから
エリザベスカラーを外してもらったのだが
直後、ラルゴを見て固まった

下顎が、奇妙に弛んでいる。
バセットハウンドとビーグルの
ミックスみたいな顔。
実際に、そんなミックスを
見たことはないけれど。

腫れてる?

たぷたぷ… たぷたぷ…
締りのない肉を上下させて
ラルゴの反応を伺う。

飼い主との再会に感激している最中だろうと
この臆病な犬は、痛みに敏感だから
違和感があれば、必ず動きを止めて
すかさず不快表明の威嚇をするはずだが
幸いに、痛みは無いようだった。

顎下たぷたぷは、安西先生なら笑えるけれど
イタグレで、これはない。

さらに言うなら、体重は既に2キロ以上減り
背骨も肋骨も、浮き上がってみえる状態で
顔だけふくよかなはずもなかった。

「先生、顎下が腫れてるみたいなんですが…」

ラルゴを見た先生が、これは…と言った。
エリザベスカラーで気付かなかったが
締め付けによるものとは考えにくいと。

「喉か… 顎下か…」

喉元を触れる先生は眉間に皺を寄せて
慎重に触診しながら続けた。

ラルゴは、またお前か⁈ と言わんばかりに
すぐさまウーッと低く唸り出す。

口の中や、お尻を触られていないので
ギリギリ我慢はしている。
けれど、いつ噛もうとするか分からないので
とにかく気を逸らそうと宥めていた。

そういえば、黒ひげ危機一髪に似た商品で
犬のオモチャがあったなぁ…
トムとジェリーに出てくる
あのブルドッグにそっくりな。

ブルドッグの名前、なんだっけ…
スパイクはスヌーピーのお兄さんか…
スパイキー? スパンク?

「恐らく転移の可能性かなと
 こうなったら手術では…」

先生は喉元から手を離し
威嚇するラルゴの頭をそっと撫でてから
今度ははっきりと言った。

「これから顎下の腫れを検査するのは
 時間のロスになります。
 もし転移だとしても、手術では切らず
 予定通りに脾臓と右リンパ節の摘出と
 去勢となります」

ラルゴは、また鼻をピスピス鳴らし始め
私もカートゥーン迷走から現実へと戻る。

「とにかく月曜日には検査結果が出るので
 いずれにしても、もう1度来てください」

ぽかーん、という感じだった。
この状況で検査結果を見る意味は、あるの?

手術はキャンセルも可能ですから
今日・明日、ご自宅で考えてください
別れ際に先生は、そういってくれた。

ラルゴはずっと、人の脇下に鼻先を突っ込み
尻尾を丸めたまま、ぶるぶる震えて
キューキュー鳴き続けている。

これで隠れているつもりなのかなと
ラルゴの垂れた尻尾をボンヤリ見ながら
先生に謝意を伝えた。

このときラルゴの震える後ろ足を見ていたが
先っぽ曲がりの尻尾も細かく上下して
ゼンマイ仕掛けの古いおもちゃのよう。
私は急に笑いが込み上げてくる。

先生や旦那とは、深刻な話をしているのに
頭の中に占めている思考は脈絡がなくて
素っ頓狂だった。

会計でいわれた金額をカードで支払いし
普段ならば、間違いなくその請求額に
血の気が引くところなのだが
私は何も感じず、ヘラヘラしてたと思う。

さぁラルゴ、お家に帰るよー
病院を出て、車に乗り込んだ途端
はぁーっと笑いが収まり
代わって涙が溢れてくる。

許容可能な情報量を軽く超過して
私の思考は錯綜していたに違いない。

運転どころではなくなったので
とにかく落ち着くのを待って車を出し
家に着いたのが、午後11時少し前。

前日に続き、この日は丸1日病院で
本当に、くたくただった。

書いたことを思い出し
noteに投稿をしたのは
お茶を飲んで一息ついた直後の
午後11時を回ったところだと思う。

事態が急転直下し、書いたことと
大きく内容が変わってしまったが
書き直さずにアップした。

削除したら、きっと私は
もう書けなくなる確信があったので
とにかく残さなければ、と。

絶望しかないラルゴの状況に
家事などの、自分がやるべき作業以外で
やりたいと思う事が出来たのは
大きな支えになった。

◆ 

帰還したラルゴは、小走りで部屋へ上がると
ご飯を食べ、旦那の膝で少し寛いでから
寝床のケージに入っていった。

ケージの中にあるペットベッドで
手足を伸ばして寝るラルゴの姿は
リラックスしきっている。

治療を理解できないラルゴにとって
病院がいかに辛かったかは想像に易く
何とも言えない気持ちになった。

骨が浮き上がってきたラルゴを見ながら
手術をどうするべきか考える。

ラルゴの手術は、癌への治療よりむしろ
貧血の根本原因と思われる脾臓を摘出し
進行する貧血を、少しでも改善させること。
目的は決して完治ではない。

そもそもラルゴの病気は検査結果を待っても
「疑いあり」でしかない。

今回、脾臓の一部を針で採取して
細胞組織を調べてもらった。
けれども、それは細胞の異常を
過去のデータと照らし合わせてみて
「この状態は、この病気が予想されます」と
【暫定診断】が出されるに過ぎないそうだ。

病名が確定するのは、摘出した臓器を調べ
「この病気でした」となってかららしい。
医療の厳密な話は、小難しいと思う。

*あくまでも私個人が理解した先生の話し
 正確な説明は関係医療機関に尋ねるなり
 ググるようにしてください

閑話休題
病名が確定しようが、しまいが
ラルゴは1週間に1キロのペースで
みるみる体重が落ちている。

70キロの人が、週に10キロ痩せていき
40キロ目前となっているようなものだ。

ラルゴがどれほど急激に痩せているのか
これが続けばどうなるのかは
火を見るより明らかだろう。

貧血は十中八九、脾臓が関係しているから
たとえ手術が見切り発車だとしても 
充分に有効手段となり得る。

決して無駄にはならないけれど
腫瘍の転移が全身に及んでいれば
半年の余命は、とても望めない。  

顎下や喉のリンパに転移していたら
年内持てば良いくらいだろうか。
手術後の回復が良くなければ
日常生活に戻るのにも時間が掛かる。

最悪、手術のダメージが大き過ぎれば
回復さえ望めないかもしれない。

それでも手術は、ラルゴの為になる?
そう問い詰められたら、私は口籠る。
飼い主の気持ちなんて単純で

死んじゃイヤだよー
悲しいよー
寂しいよー

ラルゴが居なくなったら
どうしたらいいんだよー!
もっと長生きして、一緒にいてよ〜!

それだけしかなかった。
そして、この分かりやすい願いは
飼い犬が何歳だろうと、きっと変わらない。

だからこそ今、何がラルゴの為になるのか
慎重に考えなければならないのに
日曜日は何も考えられず
ラルゴと1日、ゴロゴロして過ごした。





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