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【ショートショート】自販機のVIP



小林さんは、日々仕事に追われ、ストレスが溜まっていた。昼休みに、会社のロビーにある自動販売機でいつもの缶コーヒーを買うのが、彼のささやかな楽しみだった。

ある日、いつものように100円玉を投入し、ボタンを押したが、缶コーヒーは出てこなかった。自動販売機は静かなままだ。イライラしながら、もう一度ボタンを押しても反応なし。「故障かよ…」と、小林さんは心の中でぼやいた。

しかし、次の瞬間、自動販売機のディスプレイが突然光り始め、画面に「次のチャレンジに挑戦しますか?」と表示された。小林さんは驚きつつも、好奇心に負け「はい」と答えた。

すると、画面に「自動販売機とじゃんけんで勝ったら、豪華景品がもらえるよ!」という文字が。小林さんは「なんだこれ?」と半信半疑でじゃんけんに挑んだ。

「最初はグー!じゃんけん…ポン!」

ディスプレイには「パー」が表示された。小林さんは「チョキ」を出して勝った。
次の瞬間、自動販売機からまるで映画のクライマックスシーンを思わせるような、壮大で高揚感のあるオーケストラが流れた。重厚なドラムのビートに乗せて、エレキギターが疾走感を与え、ブラスセクションが勝利のファンファーレを鳴り響かせる。まるで小林さんがヒーローにでもなったかのような演出だ。
画面に「おめでとうございます!究極の景品をお楽しみください!」と表示された。

「景品はどこだ?」と小林さんがキョロキョロしていると、自動販売機からシュルシュルと音がし、なんと金色に輝くキラキラした派手な装飾が施された名刺サイズのカードが出てきた。そこには「VIP顧客」と豪華なフォントで書かれており、カードの周りには宝石のような模様が輝いていた。

小林さんはカードを手に取り、「これが豪華景品?」と首をかしげた。

その翌日から、小林さんが自動販売機に近づくたびに、周りにいる社員たちが急にそわそわし始めた。そして、彼が自販機に向かって100円玉を入れると「VIP顧客」と書かれた小林さん専用のボタンが光り輝き、彼がそれを押すと、再びあの壮大な音楽と共に、缶コーヒーが勢いよく飛び出してきた。

それは今までの普通の缶とは違い、金箔があしらわれた豪華な缶で、表面には精巧なレリーフが施され、真っ赤なリボンが巻かれていた。ラベルには「特選VIPブレンド」と書かれており、その下には「特別に焙煎された最高級豆使用」と記されている。
缶を開けると、中からはふわりと上品な香りが漂ってきた。まるで高級なカフェで飲むような、本格的なコーヒーの香りだった。一口飲んだ小林さんは、その滑らかな味わいと深いコクに驚いた。「これが、自販機のコーヒー?」と驚きながらも、その至福の時間を楽しんだ。

社内では、「小林さんが自販機のVIPに選ばれた」という噂が広まり、彼がコーヒーを買うたびに、みんなが微妙に気を使うようになった。小林さんがロビーに現れると、潮が引くように誰も居なくなった。

結局、小林さんはその特別待遇が恥ずかしくなり、普通のボタンを押して買うようになったが、どのボタンを押しても「VIP顧客モード」に切り替わり、あの壮大な音楽を1分程度聴かなくてはならなかった。




#短編小説 #掌編小説

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